あらすじ
「道徳教育は決して難しくてつまらないものではない。難しくつまらなくさせているのは、教師や大人が生き方の手本を子供たちに示さないからだ」と著者は言う。道徳の授業イコール人権教育ではないし、テレビを見せて「ハイ、感想文」だけでは教師の怠慢である。また善い話でも、先生の説明を延々と聞かされるような授業では子供たちの心に響かないし、話し合いばかりでも子供の思考は深められない。本書で示す道徳教育は、著者が勤務する中学校で行った授業実践記録である。著書『道徳の教科書』(PHP研究所、PHP文庫)をテキスト(授業では複写プリントを使用)に、「生き方の手本や道徳的価値」を伝え、生きることの意味を考えさせることに主眼を置いた授業だ。教師の問いや指示、説明を具体的に記し、生徒の反応や感想文も掲載しているので、学校の先生方にも参考にしていただける。家庭における大人の「道徳教育ガイドブック」としても有用な一冊。
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Posted by ブクログ
歴史の偉人から学ぶ道徳の意義
道徳教育においては、歴史上の偉人から学ぶことが重要であると感じた。
さまざまな場面を想定するだけでなく、実際に困難な状況を生き抜き、行動として成し遂げた人間が存在すること、その人物について学ぶことに大きな意味がある。
言葉ではなく、生き方から学ぶ道徳
道徳は、美しい言葉や飾り立てた表現を並べるだけでは身に付かない。
むしろ、その言葉を実際の行動として体現した人々を知り、彼らと同じ、あるいは近い状況を想定しながら、日常生活に結び付けて考えることが大切である。
そのような具体的な姿を語れる教師であるためには、幅広い知識と深い理解が求められる。
教師とは、知識を伝えるだけでなく、生き方を示し、子どもたちを導く存在であると考える。
失われつつある社会的な道徳の担い手
かつては、社会や地域における大人たち――近所のおじさんやおばさん――が、子どもたちに自然と道徳を伝える役割を担っていた面があった。
しかし現在では、そうした関わりが「干渉」や「嫌がらせ」と受け取られやすくなり、過度なコンプライアンスによって規制される社会になっている。
その結果として、日本全体の教育力は低下しているのではないかという危機感を覚える。
学校でこそ担う、日本の美しい教育
それでも、学校という場には、まだ教育を行う力がある。
日本の美しい価値観や道徳を学ばせることができる場所であり、同時に教師自身も学び続ける場である。
その可能性を信じ、教育の本質に向き合い続けていきたい。