あらすじ
勝新太郎主演で話題を呼んだ痛快な兵隊物語――ビンタも、階級も、軍律も通じない一等兵・大宮貴三郎が、満州の荒野にくりひろげるユニークで、無頼の軍隊生活。戦争にゆがめられながらも、なお人間性を失わない人々の姿を活写する。三年有余にわたる直木賞作家みずからの軍隊体験に裏打ちされた感動の代表作。
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Posted by ブクログ
有馬頼義の『兵隊やくざ 新装版 貴三郎一代』を読んでいるあいだ、私は何度か、冬の乾いた空気のことを考えていた。理由はうまく説明できない。ただ、この物語に流れている時間が、そういう空気を必要としているように思えたからだ。
貴三郎は一本気な男で、しばしば暴力に訴える。だがその暴力は、どこか壊れかけのストーブのように、不器用で、しかし確かな熱を放っている。それは弱いものを守ろうとする衝動であり、義侠心と呼ばれる種類の感情に近い。彼は優しさを別の形に変換する術を知らなかっただけなのかもしれない。拳が先に出るのは、言葉が追いつかないからだ。
有田はその逆の位置に立っている。理屈を持ち、考え、距離を測ることができる人間だ。それでも彼は、貴三郎の粗さを拒絶しない。二人のあいだには多くの沈黙があり、その沈黙が関係を支えている。まるで、違う速度で回る二つの時計が、たまたま同じ時刻を指し示しているようだった。
関東軍の描写には、暴力が制度として組み込まれている冷たさがある。その暴力は目的を見失い、ただ惰性で繰り返されていく。その結果として、戦争は長引き、人は消耗していく。個人の感情や倫理は、そうした構造の中で簡単に踏み潰されてしまう。
それでも貴三郎は、有田――上等兵殿のために怒り、動く。そこには説明されない友情がある。熱く、危うく、しかし疑いようのないものだ。その感情は、戦争という巨大な装置の歯車にはならない。ただ小さく、しかし確実に燃えている。
この物語は、戦争について語りながら、同時に人間について語っている。暴力とやさしさが同じ場所から生まれること、そして友情が理屈を超えて存在しうることを、静かに示している。その事実は読み終えたあとも、しばらく私の中に残り続けた。乾いた空気のように。