あらすじ
2011年3月11日、福島第二原発も未曽有の危機に立たされていた。彼らはなぜ、発電所を守り抜くことができたのか!? 『M8』『TSUNAMI 津波』など、クライシス小説の旗手が描く、緊迫のノンフィクション。福島第一原発同様、冷却機能を失い暴走しかかる原子炉を間一髪のところで食い止めた人たちがいた。そこには、増田所長をはじめ、職員の人々の重大な決断、咄嗟の機転、そして決死の行動の数々があった。本書は、当時事故収束にあたった関係者たちに幅広く取材し、未曽有の大災害にもかかわらず「全基冷温停止」という偉業を成し遂げた福島第二原発の奇跡。偉業を達成しながらも、福島第一原発の陰に隠れ、これまで語られることのなかったぎりぎりの行動と決断をルポルタージュする。
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東日本大震災による原発事故。どうしても爆発を起こした第一ばかりに目が行きがちであるし、マスコミも第二をあまり取り上げない。第一の過酷な事故の裏で第二でも奮闘していた人たちが多くいたことを忘れてはならない。
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福島第一原発から、わずか12キロしか離れていない福島第二原発は、巨大な津波の被害にあったが、最悪の事態を免れ「冷温停止」に至った。なぜ、福島第一原発のメルトダウン事故という事態を避けることができたのか?福島第二原発における、第一章は、3月11日からの緊迫した四日間の闘いを描いた本だ。日本原子力研究所で働いた経験がある著者が、その謎について、解明する。
福島第二原発は、楢葉町に1、2号機、富岡町に3、4号機がある。四基とも出力は110万キロワット。計440万キロワットの大型発電所だ。東電の社員約700人、協力企業の2000人余りが働く。
原発は地震・津波の被害などの異常事態が起こると、「止める」「冷やす」「閉じ込める」の3段階によって安全性が保たれる。
本書は、第二原発の「残された命綱」と「現場の迅速な判断・総力戦」の両面から描き出している。
第一原発がすべての電源を失う「全電源喪失」に陥ったのに対し、第二原発は4回線ある外部電源のうち「富岡線」の1回線だけが奇跡的に持ちこたえた。その偶然が、奇跡を引き寄せることになる。
中央制御室の照明や計器の電源が維持されたため、原子炉の圧力や水位、温度などの正確なデータを常に把握し続けることができた。暗闇の中で手探りの対応を迫られた第一原発とは、この時点で差が生まれた。
「現場を目視しないと気が済まない性分だし、日頃から解決の糸口は必ず現場にあるという信念で動いていた。」と増田所長は思っていた。ベントに対する大山の確率論的リスク評価の考え方は、合理的でもある。
第二原発の指揮を執っていた増田所長の、冷静かつ泥臭いロジックに基づくリーダーシップがあった。また増田所長が電気屋でよかったと本書でいう。今回の事故は全電源喪失も含めて、多くの部分が電気関係の故障だった。
津波で海水を循環させる「海水ポンプ」が全滅したため、最終的に熱を海に逃がす手段がなくなった。増田所長らは、バッテリーと蒸気で動く「原子炉隔離時冷却系:RCIC」という暫定的な冷却装置を限界まで動かし続け、数日間の「時間稼ぎ」に成功する。時間稼ぎをしている間に、津波で水没した海水ポンプのモーターを交換し、電源を繋ぎ直す必要があった。超重量級の頑丈な高圧電源ケーブルの総延長約9キロを、重機が使えないガレキの中で、東電社員や協力企業の作業員ら約200名が総出になり、人力で夜通し運び、敷設した。これがタイムリミット寸前で間に合い、冷却機能が復旧した。
3月14日、原災法第十条該当事象、原子炉除熱機能喪失の状況から回復し、原災法第十五条第1項の規定に基づく特定事象、圧力抑制機能喪失の状況から回復したと増田所長は官庁などに報告。ベントする必要がなくなった。そして、福島第1原発は、1号機建屋に続き、3号機建屋が水素爆発した。
第二原発では津波の恐怖が続く現場へ作業員を送り出す際、増田所長が「必ず生きて帰る」ことを大前提とした明確な指示を出していた。リーダーと現場の信頼関係、そして協力企業が一体となった「総力戦」が結実した。第二原発は計器が生きていたからこそ「あと何時間持ちこたえられるか」の計算が成り立ち、逆算してケーブル敷設の作戦を立てることができた。
一歩間違えれば第二原発も水素爆発していた可能性が極めて高く、紙一重の幸運である外部電源の残存に依存していた。絶望的な状況下で諦めずにシステムを復旧させた「人間の底力と組織の連携」を記録した本だ。偶然とそのありのままの状況を受け入れながら、必死に闘った人々の物語。
この物語は、原発の詳細な知識がないと描けない筆力があった。4日間の描写は息もつかせぬほどの展開。そして、増田所長以下のリーダーたちの必死なる知恵と経験に基づいて、現状を打開していった。
著者はいう「原発は絶対に安全という言葉で、その努力を怠ったのだ。原発で、想定外にも対処できないなら運転すべきではない」
そして、被災にあった人々の具体的な行動がつぶさに書かれる。地震、津波、原発事故で、不安の中に押し込まれていく人々の群像。看護する人。なんでもする総務の人。避難する人。残るもの。喪失による精神的ダメージを受けながらも、懸命に復旧に力を注ぐ。あーぁ。こんなことが、あっていいわけない。
増田所長の前の石崎所長が、広報マンだった。どう世間に理解してもらうかという発信することの重傷性をみにしみてわかっていた。そして、地元の人たちと膝を交え、サーフィンを覚え、交流した。そういう基礎が、電気屋の増田所長に受け継がれた。
確かに、現場の必死さは、よく伝わる本だった。ただその時、東電の経営者は、どうしていたのか?そのことが、全く書かれていない。そのことについて、もっと知りたいなぁ。なぜなら、経産省は、2040年代までに、最大5基を建て替える数値目標案を出している。果たして、安全を確保できるのか?そのことは、福島の現実を注視し教訓を汲み出しながら、検討されるべきだ。
Posted by ブクログ
3月12日午後12時15分、3号機が冷温停止。
3月14日午後5時、1号機が冷温停止。
3月14日午後6時、2号機が冷温停止。
3月15日午前7時15分、最後の4号機が冷温停止。
2011年3月11日に発災した東日本大震災後、大震災と津波による
被害と、全電源交流電源を喪失した福島第一原子力発電所の事故
がメディアを埋め尽くした。
なかでも原子炉建屋が水素爆発を起こした福島第一原子力発電に
関しては日本のみならず世界中がその推移を見守っていた。
しかし、危機を迎えていたのは福島第一原子力発電所だけでは
なかった。茨城県東海村に立地する東海第二、そして福島第二も
危険な状態に陥っていた。
本書はこれまで福島第一原子力発電所事故関連のなかでしか語ら
れなかった福島第二の緊迫の4日間と、対応に係わった人々の「そ
の後」を追っている。
福島第一と福島第二の一番の大きな違いは、第一が外部電源の
全てを失ったことに対して、第二では富岡線2回線のうち1回線が
かろうじて生き残ていたことだ。のちに、首都圏の停電解消の為に、
東電本店はこの唯一の回線を「切ってもいいですか?」と当時の
第二原発所長・増田氏に聞いて「ふざけるな」と却下されている
のだが。
「扉1枚向こうは地獄」。高い放射線量の中で原子炉の暴走を止め
ようとした第一の現場も壮絶だったが、第二も危険と隣り合合わせ
だったことに変わりはないんだな。
なによりも電気を復旧させること。これには電気工学を学んだ電気屋
である増田氏が所長だったことが幸いしているのだろう。
重たいケーブルを人力だけを頼りに9kmに渡って敷き、原子炉を
冷やす為の水が足りなくなれば「あとで役場に報告すればいい」と
近くの川からポンプでくみ上げる。
危機に直面した時の判断力。第一の吉田所長にしろ、第二の増田
所長にしろ、それが出来る人だったのだな。だから、本店も政府も
横からあれこれ言わず、現場にすべて任せればよかったんじゃない
のだろうか。
本書の後半は増田氏の前任であった第二所長・石崎氏のことに紙数
が割かれている。これは著者が個人的に石崎氏を知っていることも
あるのだろうが、広報出身の異色の所長として石崎氏が築いた人脈
が、あの緊迫の4日間の第二全体の一致協力に繋がったのだろう。
東電の人たちばかりではなく、協力会社の人々の思いもカバーして
おり、これまでほとんど報道されなかった福島第二の状態が克明に
描かれている。
改めて思う。福島第二が、東海第二が、福島第一と同じ状況に陥って
いたならば日本は今、どうなっていたのかと。
私は東京電力という会社自体は信用していない。福島第一の事故
当時、頑なに「メルトダウン」との言葉を使おうとせず、ほとぼりが
冷めたのを見定めたように「実はあの時、メルトダウンしてました。
事故3日後にはその測定も可能でした」なんて後出しばっかりして
いるから。
でも、現場は必死だった。この思いはくみ取りたいし、忘れないで
いたいと思う。福島第一の廃炉作業も大事だけれど、本店と現場
の温度差の解消こそ、東京電力に必要なものではないのだろうか。
Posted by ブクログ
福島第一原発の事故については様々な書籍が出版されています。ところが、福島第二原発を扱った書籍はほとんど見当たりません。東日本大震災のあの日、ほぼ同じ立地状況で津波の遡上を受けた二つの原発のうち、福島第二原発はメルトダウンの危機を脱して冷温停止に成功し、現在も安定した状態に管理されています。
福島第一原発の状況と比較すると、いくつかの幸運があったにせよ、震災からの数日間は状況がどちらに転んでもおかしくない瀬戸際であり、さらに福島第一原発に世間の注目が集まる中で、ほとんど外部からの支援を受けることができない状況で見事に事態を収束してみせた福島第二原発。そこに従事ししていた関係者の証言をまとめた記録です。
本書前半は当時の原発所長や運転員の方の証言を中心に、そして後半は原発に関わる様々な協力企業や地元の人の証言をまとめてあります。いかに際どい状況であったのかが伝わってくる内容でした。
危機的状況を切り抜けた貴重な成功事例である福島第二原発のこの記録は、原発を今後運転するのであれば見つめなおす貴重な資料との印象を受けました。
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福島第一原発事故に関する書籍は、
玉石混淆、様々に上梓され…、また、
今もなお、報道され続けていますが…、
福島第一原発(1F)から10km離れた、
福島第二原発(2F)に関する書籍は、
ほとんど見られず、地震発生当初から、
ほとんど報道もされておりません…。
それは、偏に、2Fが、
1Fのよぅな重大事故に至らなかった、
といぅ所以ではありますが…、
その裏には、奇跡的とも言える幸運と、
職員の懸命で献身的な努力があります。
本作品は、
2Fにおける事故対応の模様をまとめた、
ノンフィクションです。
作品の前半は、
地震発生から、全原子炉が冷温停止した、
5日間の様子が綴られています。
また、後半は、
女性職員や総務部門、協力企業など、
事故対応が行われている最前線で働いた、
裏方の方々の様子が綴られています。
どちらも、これまでに、
ほとんど報道されてこなかった現実です。
それだけでも、貴重な記録だと思います。
1Fと2Fの運命を分けたモノ…、それは、
1回線だけ生き残った「外部電源」でした。
その虎の子の外部電源を護り抜き、
2Fの重大事故を防ぎ、無い余力を絞って、
1Fのサポートまで行った、2Fの仕事は、
もっと報道されてしかるべきことでそぅ…。
私たちも含めて、
大切なことは、正しぃ情報と正しぃ理解、
そして、技術者たる者、原点は現場主義、
このことを、改めて感じました。
本作品の著者、高嶋哲夫さんは、
ジャーナリストではなく、
自然災害を題材としたクライシス小説、
で有名な、作家さんです。
加えて、原子力発電の技術者でもあります。
それ故か?、
読者の勘所を押さえたネタや構成は上手く、
ご自身の小説で散見される蛇足もなぃため、
小説としては、盛り上がりに欠けますが、
ルポルタージュとしては、とても読み易ぃ。
ノンフィクションとしては、最良でそぅ…。
原発賛否のプロパガンダもなく、
美辞麗句もなく、余談や蛇足もなく、
かと言って、ドライな感じでもなく、
人間味のある作風も含め、良著です。