あらすじ
現代の戯作者・井上ひさしが30年以上にわたり書きついだエッセイの中から、とりわけユーモアに富む珠玉を取り出し一冊にまとめる。人生の転機になにをしでかしたか? 時代を映す鏡は本当は何処にあるのか? なにげなく使っている日本語の意味は? 文字通り抱腹絶倒体験の中から幾多な「世の中」が見えてくる。エッセイで綴る鬼才の半生。
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Posted by ブクログ
2000年刊。井上ひさし『パロディ志願』や『風景はなみだにゆすれ』など11冊のエッセイ集(1977-94年)から、自伝的要素の強い33篇を自選。いま読むと、笑いよりも先に、懐かしさが来る。
「昭和二十二年の井伏さん」――井伏鱒二のエッセイによると、昭和30年の春、初めて山形県の「川西町小松といふ物悲しい町」を訪れ、井上という旧家で美術品を見せてもらったという。その旧家は井上ひさしの本家。しかし、ひさしは、その8年前の昭和22年の冬に、本家の障子の隙間越しに、東京から訪ねてきた井伏という有名な小説家を覗き見していた。ふっくらとした丸顔、にこにこしながら盃をゆっくり口に運んでいた。いったいあれはだれだったのか。
「わが人生の時刻表」――Boys, be ambitious! 肝要なのは明るい未来の計画を立てること。東大在学中にイタリア留学、その後下積みをせずに映画監督、そして女優若尾文子と結婚する。数年すると、実現困難とわかり、計画変更、でも最後は若尾と結婚。さらにその数年後、計画はさらに凋むが、最後は若尾と結婚。(仙台の高校時代、若尾は男子生徒みなのマドンナだった。)
「捨て子」――少年時代に世話になった仙台の孤児院。マイケルというカナダ人修道士がいた。子どもを預けに来る親にいつもしつこく説教していた。彼が亡くなった時に、井上はそのしつこい説教のわけを知る。33篇の感動的なラスト。
表紙カバーは、なんと「井上家・若尾家」の結婚式の画。新郎はいかにも井上ひさし、でも新婦は若尾文子には見えない。安野光雅画伯らしいお遊び。