あらすじ
心配性の作家がつづる地方都市生活の魅力と希望。震災で都市機能がマヒしてしまった体験を持つ仙台。そこに暮らすちょっと心配性で、ちょっと自意識過剰な作家の、軽妙で味わい深いエッセイ。途方に暮れた後にたどり着いたのは「楽しい話を書きたい」という思い。日常のすきまの希望をつづって、読後感も爽やか――。短編小説「ブックモビール」も収録。
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Posted by ブクログ
仙台での日常を楽しくまとめた1冊。
著者が心配性な事もあって、そんな事まで気にしなくていいのでは……?みたいな話がいくつも出てきてとてもおもしろい。
私は仙台という街には縁もゆかりも無く(強いて言うなら小学生の頃仙台から転校してきた友達がいた事くらい)、普段暮らしている中であまり意識した事はなかったのだが、このエッセイに出てくる仙台とそこに住む人々がとても魅力的で次にどこか旅行に行くなら仙台もいいな〜と思い始めている。
後半には東日本大震災の話も出てくるのだが、著者自信が「この本を震災関連本にしたくない。」と言っているように、震災の本だとはあまり感じなかった。
いつか仙台に行ってみたい。
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いつものコーヒーブレイクが100倍
楽しくなりました。
ミルクコーラ、どんな味なのか気になる。
いつか何処かで
「見知らぬ知人」の一人になれたらいいな。
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大好きな作家、伊坂幸太郎さんのエッセイ。
あんなにハラハラ面白いストーリーを作る作家の普段の顔を見られる気がして、ワクワク読み始めた。
伊坂さんの作品に度々出てくる、心配性のキャラは伊坂さんがモデルなんだなと知った(笑)
今度仙台に行ったら、珈琲チェーン店に伊坂さんがいるかもしれない、と探してしまいそう。
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伊坂幸太郎では珍しいエッセイ集。伊坂さんって不思議な人なんだな〜っていうのが伝わってきて面白い。もちろん普通の人の感性も持ってるんだけど、小説家になる人が持ち合わせるであろう独特の感性も人一倍持ち合わせているなと感じた。
震災については、伊坂さんなりに考えることもあるみたいで色々興味深かった。仙台に少しでもゆかりがある人はサラッと読んでみてほしい一冊。
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エッセイは苦手と言いつつもすごく伊坂ワールドらしいエッセイだった。見知らぬ知人が多すぎるIIIもとっても好きだし、見知らぬ知人が多すぎるIIの顎を触らせてくるおじさんのところはすごく好き。
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やっぱり伊坂さんの書き方や文体が好きだと改めて思いました(語弊のないように補足をつけるところや、心配性なところ)。日々を送っていると、嫌になることにも大変なことにも遭遇するけれど、好きな作家さんの本を手に取れることが、日々の支え・潤い・彩りになる。
Posted by ブクログ
あんなに物騒なお話を書く方なのにやたらと心配性な一面にほっこりしたり、震災の時の話にちょっと泣いちゃったり、同じ東北の地で暮らす生活者としての伊坂さんにぐっと親近感が湧きました。伊坂さんの書く文章とその雰囲気が好きだなぁと改めて再認識◎
Posted by ブクログ
「3652」よりも著者の心配性が目立っていたのと、著者による注釈がない分、こっちのほうが幾分「固い」感じがした。
いつものユーモアは至る所にあるし、仙台での暮らしにフォーカスされているものだから新鮮だった。
震災の様子や当時の生活のことが書かれていて、小説家として震災とどう向き合っていくのかなどの苦悩が吐露されていて、伊坂さんの内面をより深く知ることができた気がする。
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伊坂幸太郎さんのエッセイ。
仙台ぐらしという題名だけど、
仙台という県を大きく取り上げるよりも
伊坂さんの内面的な感情を少し触れることが
できる本だとおもいました。
そして、伊坂さんの飾らない人柄にも
すごく魅力を感じました。
最近エッセイを読んで感じるのは、
そんなに面白い人に話せるような日常、
そうそうないよ〜です。
もっとアンテナ高く生きていたら普段の日常に
面白いことを見つけられるのかな〜
Posted by ブクログ
苦手とおっしゃるけど、なんのなんの、エッセイもやっぱり十分面白いのであった。東日本大震災前のエッセイはちょっとドキッとするけど、心配性の著者ならでは、ってことかな。
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『砂漠』が良すぎて、伊坂幸太郎と仙台の話ということで飛びついた。おもしろエッセイです。こんなおもしろエッセイストになりたい。
ミルクコーラ
峩々温泉
Posted by ブクログ
仙台の街、を全体の題材に、言葉遊びやこれフィクションじゃなくて本当にあったのか、と思うような周りの人の行動を綴るエッセイ。仙台は勿論実在する街で地名も色々出てきて、当たり前だけどエッセイだから生活の中の一コマ的な話題が多いのに、小説での世界観に通じるような独特の浮遊感のような、フッとSFか何かを読んでいる気分になる感覚がある。
Posted by ブクログ
エッセイと小説、対談と色々楽しめた。
最初は伊坂幸太郎を通して現代の仙台の姿を知ることが出来るのでは?と思ったけど、タクシーが多いことくらいしか分からなかった。
まあ「仙台で暮らしている“伊坂幸太郎のくらし”」だと思えばそうなるだろうけど。
少しのことでも心配性な伊坂さん。こんな人があんなに死体がゴロゴロ出てくる話を書くんだな、と思うと少し意外だった。
震災の話は読んでるこちらも辛かったけど、あんなに些細なことにでも心配せずにいられない伊坂さんが、1000年に一度の大災害なんてとうなってしまうんだ、と思ったけど、色々大変そうでも頑張って日常を過ごしている伊坂さんの姿が読めて、何か泣けてしまった。
このエッセイは2005年が一番古くて、もう20年前の話になってしまったのが残念。
もう少しこの本を早く手に取っていれば、少しはリアルタイム感?を味わえたのかな。
小説「ブックモビール」で渡邉さんのセリフ「光景を見に来るんじゃなくて、人の心を見に来いよ」わ名台詞だと思った。
しかし、実在の人物をスリにするとか大丈夫だったんだろうか。
Posted by ブクログ
伊坂幸太郎さんの小説が好きでエッセイも結構前から読んでみたかった。仙台市民だったらカフェで執筆中の伊坂さんに会ってみたかった。ソンソン弁当箱さん気になる。
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エッセイは苦手。だからフィクションを交えたエッセイもどきにすると豪語した作者がギブアップして、結局自分の身の回りのことを書くという、何周してるんだ?の一冊。
それにしても心配性で地震を恐れていたと思ったら・・・。
『クジラアタマの王様』でウィルスを書いたと思ったら・・・。
作者はこれからネガティブなことが書けなくなってしまうのではないか?予知能力が高過ぎて
どうも読みながら朝井リョウが頭に浮かんでしまっていかんいかん。
Posted by ブクログ
私が仙台に住む前の仙台の話だったため、当時を想像しながら読むのを楽しめた
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僕の人生は永遠に、心配事が尽きないのだろうか?心配だ。
この地震でへこたれるために、今まで生きてきたわけではないのだ
人が、住み着いた場所を離れるのは、何か大事なものをぴりぴり引き裂くようなものじゃないか
丁寧にうまくやらないと、シールは綺麗に剥がれないんだ。慎重に。どれだけの覚悟がいると思ってるんだ
Posted by ブクログ
もはや伊坂幸太郎が主人公。フィクションとノンフィクションの境目なんていらないですよね。本って読んでて面白ければそれで良いと思います。だって読書って究極娯楽ですもの。
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初めて伊坂さんのエッセイを読みました。
思っていた以上に心配性で、小心者w
そりゃ、自分の心配にさせる"悪"の根元を小説で研究したくなるのも分かる。
分からないことを分かっていないと、
分からないことが分からない…の境地なんだろう。なかなか面白い人柄だと思った。
Posted by ブクログ
伊坂さんのエッセイ初めて読みました!
伊坂さんの書くキャラクターは面白い人が多いですが、エッセイを読んで伊坂さん自身が面白いキャラクターだなと感じました。
日常の出来事をこんなに面白く書くことができるのはやっぱりすごいと思いました。
Posted by ブクログ
伊坂幸太郎さんの初エッセイ。
作者の人となりがよくわかるよか面白かった。
峩々温泉のところで、自分以外の上位の存在を思うからこそ、謙虚でいられる、みないな言葉が大好きになった。
最近自分自身が傲慢になっていないか、すぐイライラしている気がするので心に留めたい。
Posted by ブクログ
お風呂本。
エッセイが苦手という伊坂さんが書く、エッセイのようなフィクションのようなエッセイ、らしい。
結構過剰な心配症なエピソードがあったが、わかるなぁ〜と思いながら楽しく読みました。
震災の時のお話や、それを題材にした短編小説もあり、伊坂さんらしさを感じることが出来た。
Posted by ブクログ
全てエッセイだとおもってた。
半分くらいはエッセイ風小説。
読みすすめるうちに小説になってた(笑)
好きな作家さん、伊坂幸太郎さんのことが知れて良かった。
Posted by ブクログ
口を付け、飲んでみる。コーラの味が少し、マイルドになり、美味しい。
うん、美味しい、と内心で呟きながらも、やはりどこか、昔飲んだものとは異なっているようにも感じる。記憶というものは、常に変化し、誇張や嘘が混じるものなのだ。
今回、このエッセイの序盤に、「仙台という街の大きな流れのようなものが観測できるかもしれない」と大きいことを書いたにもかかわらず、最終的には、小さな喫茶店の、ミルクコーラなどという、強末な話題になってしまい、少々、ばつが悪い気分ではある。
ただ、様々な物が新しくなり、消えゆく中で、ミルクコーラが残ってたよ、というのもそんなに悪い話ではない。
Posted by ブクログ
仙台。僕は仙台市の、隣りの隣りのまちに住んでいます。仙台市の南の方です。震災があって、僕のまちにも海岸線があって、ということは沿岸の集落は当然のように津波の被害を受けました。僕の父親の父親、つまり祖父は、その集落の出身で、ということは縁をたどれば、遠い親戚も居たわけです。現在その集落は内陸部への集団移転の対象区域になり、縁者たちは、思い思いにそれぞれの地で生活を再建したと“思われます”。
“思われます”…ということは、すなわち現時点において、もはや彼らの消息すら定かではありません。いまどこに暮らしているのか、などまったく知る術がありません。それぞれの立場で、それぞれが遠慮し、互いに本心を明かさずに、そっとしておこう、などと手前に都合の良い言い訳などを用意して、集団移転を期に縁が切れたと言っても過言ではない現状に至りました。同じ被災地に居ながらも、被害の度合いはさまざまです。そのことについては、著者も悩んでおられますね。被災地の住民としては、有り余るほど共感します。僕も、何もできなかったし、言えなかった。僕よりも苦しい方々ばかりなのですから。僕だって苦労はしたけれど、僕より苦しまれた方々のことを思うと、かける言葉も見つかりませんでした。
仙台という地理のコンパクトさ加減については、僕も常々思っています。一方的な膨張を良しとしない、バランス感覚というか、潔さのような、東北の人の、まちの気質であるともいえるでしょう。
コンパクトな仙台だからこそ起こりうる日常の出来事が、愛おしく描かれておりました。仙台ならでは、どこか僕自身も思い当たる節が…?
著者の本を読むのは初めて。これから長い付き合いになりそうです。仙台のまちで、いつか僕も著者に出会うことはできるかな。多すぎる見知らぬ知人の一員になれるかな。その日を楽しみに!
Posted by ブクログ
『仙台で暮らすということのすべて』
仙台といえば・・・と聞かれたら、牛タンと萩の月と、七夕祭りくらいしか答えられなかった私。
この本を読んだあと、タクシーの数が日本一多い場所と伊坂幸太郎が住んでる街が追加された。
Posted by ブクログ
仙台に拠点をおく伊坂幸太郎氏のエッセイ。
震災をはさみ、足掛け8年の仙台にまつわる氏のエッセイ集。飄々としつつ、若干小心?考えすぎ?な性格がユーモラスに描かれています。
・・・
「〇〇が多すぎる」の定型タイトルが9つもあり、途中で強引?な印象も見え隠れ。自ら設定したマイルールに縛られ相当苦労された様子。
なかでも印象的なのは「見知らぬ人が多すぎる」で、声をかけてくる見覚えのない人と氏とのやり取りを描きます。ある時はファンであったり(当然伊坂氏は知らない)、またある時は単なる隣人が声をかけてきただけだったりします(これまた「有名人になったかも?」という自意識過剰感を恥ずかしく思う)。仙台というコンパクトな町を愛し、自らの立ち位置をユーモラスに描きます。
そんな仙台での最大のびっくりは、最後の「文庫版あとがき もしくは、見知らぬ知人が多すぎるIII」に表われています。偶然声をかけてくれたファンに手渡されたCD。その名も「ソンソン弁当箱」。さらに翌日、子供の手を引いて入った喫茶店で初老の店員から声を掛けられる。「昨日息子に会っていただいたようで」。なんと偶然にも「ソンソン弁当箱」メンバーのお父様がその店員。さらに、こうしたことを文庫版あとがきに載せたいと編集者に話すと、「あ、ソンソン弁当箱?知ってますよ」との返答。その理由については読んでからのお楽しみ。
・・・
ということで伊坂氏のエッセイでした。
得意ではないということですが、どうしてなかなか、面白いですね(プロですからねえ)。スリラーのようにツイストを期待するわけでもないし、むしろ筆者の人となり、仙台愛が伝わってくる、ほのぼのエッセイであったと思います。
仙台に暮らしたことのある方、お仕事でご縁のある方、今後暮らしてみたい方、伊坂幸太郎氏のファン等々にはお勧めできると思います。