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増田レポートと呼ばれる「地方消滅」とセットで読むべき本。
増田レポートが「選択と集中」という経済原理をベースにしているのに対して、こちらは社会学の観点から分析しているところに特徴がある。
個人的にはこちらの意見に賛成。選択と集中によって多様性を失うことは国益を失うことに繋がる。
多様性がないところからイノベーションは起きない。
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増田レポートは少子化の現実を明らかにした意味で素晴らしかった。しかしその対策は都会人の都会中心のそれであった。
本書は少子化が何故起きたのかを、その慧眼できちんと見抜いているように思う。論じている対策が適当かどうかは別にして、ただ答えはいくつもある訳だから。
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『地方消滅』が提起した「人口減少問題」…何十年かで顕在化した問題である以上、“問題”が「何らかの解決」というようになるまでに永い時間を要するのであろうが…この『地方消滅の罠』のような、反論含みの考え方も学ぶ必要が、多分在るだろう…個人的には『地方消滅』に触れた際に禁じ得なかった「些かの違和感」について、本作を通じて輪郭を与えられたような気もした…
既に…来る4月の統一地方選挙を巡って、「“人口減少問題”は争点」とする話しも聞こえないではない…少し勉強しなければなるまい…
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「経済の原理」か「共生の原理」か
「選択と集中」か「多様性の共生」か
循環、持続、協動、自立
ちょっと読むのに疲れ、時間が掛かった。
そのため、最初の方は忘れたわ。
都合が悪くなったら社会学者だからと逃げ、
(学者の浅知恵と書いてる人もあったな(笑))
途中では、産まないから悪い。もっと産め。と読めるし。
家庭と言いながら、その辺の取り組みや突っこみは、ペラッペラだし。
お上と下僕が出てくるし、
いやいや。現実には制度もあり、そうなのかも知れないが、
地方分権論においては、そこに上下関係はないはずだ。
それを置いといて、それはないだろう。と。
それと、これが一番大きいのが、今の政治・政治家の利権主義と、官僚の自己中心・自省庁権益主義を、ドラスチックに変えないと、ちょっと今の流れは、変わらないかなー。
ま、も一回、読み直してみないと、正確な書評はできないでしょうが。
ちょっとアチコチ引っ掛かったわ。
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「2040年までに全国の市町村の半数が消滅する」「すべての町は救えない」とセンセーショナルな増田レポートが世に出た。
その論理の根幹は「選択と集中」だ。まず、誰のための「選択と集中」なのか、また、他に目指すべき方法、価値観はないのか?
明治維新以降、日本が追い求めて来て行きついたもの。もう一度、日本社会は歴史的に培ってきた価値観とは?、まで掘り下げ、考え直さなくてはならないということが諄々と描かれていたような気がする。
小さいながらもそこには厳然として人々の生活がある。小さいながらも人間らしい生活がある農山村漁村。
そういう集落があって、また、大消費地の大都会がある。
著者の持論の二重登録の住民票。増田レポートに対するアンチテーゼ。
ものごと、色んな角度で見なくてはなりません。
心ある霞が関官僚もいるはずです。安易に増田レポートに引きずられないよう祈るばかりです(笑)。
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「選択と集中」「人口ダム」を唱える増田レポートの批判本であり、結局はネガキャンに過ぎない。それでも『地方消滅』を一つの提案として捉え、それを補完していると素直に読み進めるなら学ぶべきことは多い。地方自治体、自治会、そして家庭といった末端の実情を酌んで、地方再生策を「多様性の共生」論で説く。しかし、増田レポートはまったく相反するものではなく、それを土台に持論を展開しているわけでしょ。日本を憂うる気持ちが同じなら、異論を受け入れる鷹揚さが欲しい。平成の大合併を大失敗と簡単に斬り捨てることは見識が甘い、と思う。
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全国の自治体の約半数が、将来消滅する可能性がある―。
昨年5月に、そんな内容のレポートを発表して衝撃を与えた日本創成会議(増田寛也座長)。
増田さんはその後、「地方消滅 東京一極集中が招く人口急減」(中公新書)を著し、こちらも注目を集めました。
増田さんの主張は、たとえば、本来は東京へ向かうはずだった人口を地方中核都市でせき止める「人口ダム論」など、「選択と集中」を志向しているところにその特徴があります。
これに対し、「選択肢は多様だ」として反論しているのが本書です。
たとえば、現にいま生じている人口減少、少子高齢化を地域で工夫して乗り切る「人口減少適応戦略」。
バス路線を減らしてデマンド交通に替える、スクールバスや学童保育を充実させるなどして学校の統廃合は最低限守る、などの例を本書では紹介しています。
「増田レポート」で「消滅可能性」「消滅する」と名指しされた地域の一部では、若者や団塊世代を中心に「ふるさと回帰」「田園回帰」が進展していることにも注目します。
実は、「増田レポート」は2010年までのデータを利用していますが、「前回の2010年国勢調査以降に見られる人口回帰の動きが見逃せない」(藤山浩島根県立大学連携大学院教授)のだそうです。
重要な指摘です。
ですから本書では、こうした大きな流れになりつつある「ふるさと回帰」「田園回帰」を、事業や制度などで後押しする必要にも言及しています。
「選択と集中」で一部の地域の犠牲もいとわない増田氏に対して、「循環と持続」を対置して全ての自治体が生き残るべきという山下氏の主張は、地方にとって受け入れやすいものでしょう。
「増田レポート」について、「~といっているかのようだ」「~ということのようだ」など、推測で批判している個所も散見されますが、日本社会の重要テーマとして急速に浮上した人口減少問題を読み解くための参考になります。
増田さんの著書「地方消滅 東京一極集中が招く人口急減」と合わせてお読みください。
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「選択と集中」の合理化は、依存する市民を増やすから決してコスト低下になるわけではない。地方切り捨てに待ったをかける社会論。
ただ、反論として、明確な対抗策を出しているわけでない。今までの灰色の世の中に白黒をつける危険性を説いているだけ。だから気に喰わない読者が多いと思う。でも興味深い記述もあるので一読の価値はある。
地方切り捨てという選択肢が現実味を帯びてきているのは、日本国民に「諦めモード」が出始めているからのようだ。
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p18 路線変更こそ
地方の人口減少問題が根本にある。その対応策を何もしてこなかったわけではない。効果が無い物ばかりだったのだ。今度の地方の「選択と集中」は従来同様、場当たり的な対策の究極策なだけである。「どんな対策もきっと無駄だから、いっそ切り捨てよう!」ということである。
そうではなく、従来の企業誘致やダム・原発建造といったお膳立てではない、路線変更した政策が必要なのである。
p20 政府介入はアカン
少子高齢化問題は日本の大問題である。しかし、これがいつの間にか「政府が何とかしろ!」という論調になってしまっている。政治家が(特に野党)が「少子高齢化のために政治が活躍しなくてはならない。我が党なら何とかできる!」という風に焚き付けるから国民が煽られている。とはいえ、人口問題は若い国民が産むか産まないかの問題である。究極的に政府が国民の家庭に介入するようになったらお仕舞である。
国民は、気を付けなくてはならない。徐々に全体主義の靴音が聞こえ始めている。
p29 出生率がやはり問題
人口変動問題の要素は①出生②死亡③転入④転出の変化が要因になる。人口が減少局面に入った日本では、どの要素を重点的に考えるべきか。当然①である。
②は死亡年齢を引き延ばす。ということだが、日本はすでに最長寿の国である。しかし、死なない社会を作っても生産性はないので経済的にアンバランスになる。
③は移民である。現在のヨーロッパで移民の格差と差別が問題になっている。日本でもそれは避けられない。
④転出は、高齢者と若者の数的バランスを取るため、年配者が国外転出するということかな。これは違うだろ。
やはり、生むようにしなくてはならない。少なくとも、カップルで二人の子供を産めば人口減少はしない。なんとかせにゃあならん。
p38 経済力と出生率
若者は経済力が無いから子供を産まないのだろうか。それは間違いである。発展途上国で人口爆発が起きている現状と失業率の高い沖縄県の出生率が高いというデータとの整合性が取れない。
かつては確かに旦那一人の稼ぎで家族を養えた。しかし現代では物価も上がり、相対的に給料が目減りしたので夫婦共働きでないとやっていけないらしい。少なくとも裕福な暮らしには夫婦共働きが必要になった。
p39 時間と出生率
子育ての必要なものはおカネではなく「時間」である。現在、夫婦共働きがスタンダードになっている。それは家計的にも、女性の社会進出的にもである。そうなれば、当然子育ての時間はなく、子供を作ろうというインセンティブは生まれない。
経済的に余裕があっても時間がないため子作りに至らない家庭がいっぱいあるはずである。
労働における余裕の創出、子育てのコスト低下が急務である。とりあえず、子育て費用のための労働を無くすことが必要。次に、仕事をつづけながら子育てもできる労働環境を作る社会が必要。
p41 単純な失敗
女性の社会参加は賃金の低下を招き、同時に家庭環境の悪化を招いた。もしこのまま、雇用拡大+保育所の確保という対策で人口減少に臨めば、さらに労働によって子育ての時間が減り、人口減少は進むと思われる。
さらに、一人っ子が多くなり、兄弟で互いに助け合うということが無くなり、親の子育ての負担が重い。また、寿命が延びたので親の資産は老後の資金になり子供世代に相続されない。相続資産はかつての子育て資金だった。
あらゆることが子育てのハードルになっている。経済成長に走ったが故の単純な失敗である。
経済成長は必要である。しかし、それで他とのバランスが調整できなければ本末転倒である。
p51 すでにハブはできている
選択と集中の政策をしなくとも、地方には郊外都市がすでに出来ていて、人口の集中が起きている。わざわざそれを勧めなくてはいけないのは、限界集落の息の根を止めるためだ。限界集落の人口が減って、そのインフラ維持が非効率になれば、その村は潰した方が良いとなる。外堀から埋めていくのが「選択と集中」の政策である。地方都市の発展が魅力的だからではない。
p53 人生設計力の低下
社会が経済成長に偏重した結果、人生の多様性が失われた。人々が忙しく金を稼いでも、それを消費する時間と機会がない。忙しさとともに、家族イベント・地域とのつながり・文化的趣味は無くなりつつある。
そのため若者は人生設計できなくなり、それとともに子作りというイベントも無くなってきている。
うーん、、、若者は自由に戸惑ってんだろ?
p62 公教育が過疎を生む
子供の数が減ると、学校の統合が進む。そうなると、過疎地域の子供たちは進学のために地域を出る。過疎地域出身の子供が親になった時、学校のない不便な故郷に帰って子育てをしたいと思うだろうか。学校という教育制度が地域の衰退を助長しているという切なさ。
p63 少子と過疎地域教育
子供が少ないから学校を無くすという発想が良くない。事実、少人数教育の方が効果的だし、勉強は一人でもできる。それでも子供のいない学校が廃校になるのは、学校運営の高コスト面と子供の社会性の成長を憂いてである。
確かに子供が過疎地域にとどまり閉鎖的になってしまうのは問題だろうが、そこは自治体内の学校間で連携し、協同して行事を行う時と、自分の学校で黙々と勉強をする時とをフレキシブルに教育課程を汲むことでなんとかできそうな気もする。
全国で一律のカリキュラムで行われる教育制度の弊害でもある。ここいらで柔軟性も必要になる。
p82 公共廃村事業
ダム建設、原発建設、巨大科学実験場建設、これらの国家事業の地方誘致は、その土地がその事業に依存する結果になる。もしその事業が終われば、それとともにその地域の経済は立ち行かなくなる。
公共事業は地方の息を止める、公共廃村事業でもあるのだ。大した経済力のない地域は、国家事業のための犠牲になれという思いが見え隠れする。
p86 原発と同じ構造
岩手県一関市で誘致がすすめられているILC(高速リニアコライダー:原子の高速衝突を起こして物理実験をする)の科学事業は、原発と同じ構造である。関連産業がやってくるというが、地域の自立は果たされず、持続可能な産業は生まれない。
p95 大は小を兼ねるか
大規模自治体は小規模自治体よりも行政効率が良いというのは本当か?
都市を維持するには、大規模発電所がいる。大規模水管理施設がいる。大規模廃棄物処理施設がいる。これらは自然を破壊して莫大な費用を投下して設置・運営される。大都市一極集中はそれだけコストがかかる。
確かに人の少なりすぎた地域は行政コストが非効率になる。しかし、各地で人口密度が分散されるのが一番効率が良いはずである。
地方で集中政策を行えば、次はそこから大都市集中が始まり、さらに非効率が生まれる気がする。
p104 成長のジレンマ
現代社会は成長のプレッシャーでおかしくなっている。成長は必要である。しかし、目的のない成長になっている事例が多い。
とにかく「金を稼ぐ」成長を目指すから、一次産業や二次産業は切り捨てる。それは多様で相互補完が可能な良い社会を目指すうえではマイナスである。成長のせいでマイナスになるという矛盾。
成長を目指せばそりゃあ結婚も子育ても邪魔でしかないわ。成長ってなんなんだろうね!
p121 選択の危険性
「選択」には「排除」が伴うことを忘れてはいけない。これは戦争前夜の空気を感じる…。
国家はこういった競争からはじかれた人々を救済するために存在するのに、率先して切り捨てを行うのは、、、危険だ。
p131 介護職の非未来性
少子高齢化社会。お年寄りが増えるのだからみんな介護職に就けばいいじゃない。そんな簡単な問題ではない。数の多いジジババが居なくなったら、介護職は不要な産業になる。それに短期的視野で大量に人員を割いたら、将来失業者にあふれる。持続可能な産業が無いことが問題である。
p134 国家=外貨獲得機構
明治維新で近代化を果たしてから、日本は「国家とは国際貿易で外貨を稼いで国内経済を豊かにするための組織である。」という帝国主義の気分がいまだに抜けていない。この考え方は司馬遼太郎先生も言ってた!
国家は経済戦略も仕事の一つだが、それが大きくなりすぎて他の部分を犠牲にしているから、かなわん。
p136 Gated Community(ゲーテッド・コミュニティ)
アメリカの高級住宅街では、地区に門が作られ居住者しか入れないようになっている。格差の象徴。
選択と集中は、「守りきれない人は排除する」政策である。金の集まる都市部にインフラのゲートを作る政策と言える。やばい。
p139 依存する人間
依存する人間こそ最大のコストである。
現段階では年金受給者が国家財政の圧迫者である。もし選択と集中を実現すれば職にあぶれるものが発生する。そういう者たちを養うようになれば、財政の非効率なんじゃないんですか??
地方の村落も、農業だろうとなんだろうと自足ができていればコストは低い。
とはいえ、生活保護者や災害難民などの社会福祉コストを考えれば、都市集中がコスト低いというのも疑わしい。
p145 「生まれない」という戦死
戦争を放棄した現代の日本には戦死というものは存在しない。しかし、現代は経済競争という新たな戦争の中にいる。そんな中で、本来は生まれてくる命が生まれずにいる。機会費用的な見方をすれば、いま生まれてこない子供たちは「生まれないという死」を強いられているのだ!
経済競争は異色の戦死を生み出しているという面白い観点。
p152 自立とは
現代の多くの人は、自立とは経済的な力があることと思っている。しかし、金融投資家は本当に自立しているだろうか。彼らは何が作れるだろう。どんな面白いことをしてくれるだろう。
本当に自立した人間とは、天がひっくり返っても自らの手で生産する能力を持った人間のことである。一次産業、二次産業に従事する人はモチロン、調理師や美容師など手に職を持つ三次産業の人も自立した人間だ。
金融家やマスコミやタレント業などはそういった人たちがいるから仕事にありつける、いわばコバンザメのような存在である。しかし金という物の性質上、コバンザメの方が強くなってしまうのである。
どんな宗教でも金貸しは卑しい職業とされている。無宗教がかっこいいと勘違いしてる日本においては、金融業などはイキイキと活動できるんだな。
自立という言葉の本質を何回でも再確認しなくてはいけないね。
p158 自治体を守るための「自治」
自治ができるのは小規模組織だけである。組織の規模が大きくなれば、分業による官僚統治が必要になる。そうなれば住民の細かいニーズを満たす「自治」はなく、広く薄い「官治」しかない。
もし選択と集中によって行政規模が大きくなれば、当然自治は消える。それは住民の自由を行政が奪う行為に他ならない。自治が消え、官治のみになった社会は、総統の一言ですべてが決まる恐ろしい国である。
もし地方自治を発展させるというなら、小規模化こそ最適解のはずなのに…。
p185 選択と集中は管理主義国家である
「人数が少なく未来のない地域は財政の無駄遣いだから取り潰そう」という発想は、次第に残すべき産業、残すべき企業、残すべき国民と発展していくだろう。こういう国家のスタイルを我々は知っているはずである。
p188 人口獲得ゲーム
人口の多い地域しか残れない世の中になれば、自治体の人口獲得ゲームが始まる。税金の優遇や環境アピールなどで競争が行われる。そうすればどうしても土地による格差があり、持つ者と持たざる者のクラスタ別の人口分布になることが予想できる。
これこそゲーテッド・コミュニティの第一歩である。
p212 団塊グランドチャイルド
ベビーブームの年代は人口が多い。俗に言う「団塊」である。団塊世代の子供も多かった。だから団塊2世の子供たち(団塊グランチャ)も多くなくてはいけないのだが、ここの出生率が伸びなかった。これが現実である。
ここの問題を追及せなアカンのや。そこにヒントが絶対にある。
p219 Uターンの障壁
IターンやJターンは増え始めている。しかしUターンは伸びない。それは、実家に戻っても兄夫婦が住んでいて家が無い。地元民のしがらみの恐さ。結婚した場合、夫と妻どちらにも故郷はある。どちらの故郷にUターンするのか、決められないという理由。
これらのためにUターンはされにくい。
p250 二重選挙権
原発避難者は避難先に居住するが、故郷の自治体にも所属しているのである。その場合、選挙権を二つ持つことが求められる。
これを日本全国で認めたらどうか。国政選挙は無理でも、複数自治体にコミットする人は多い。居住しなくても自治体に参加する権利がある人は多いのだからやる価値はある。
p260 選挙区と帰属意識
現在、選挙区は居住地が基準である。しかし、一日の大半を過ごし消費を行うのは大都市であるという人は多い。居住地よりも自分の生活に密接に関わる自治体の政治に参加できないのは確かにおかしい。
市民の帰属意識に密接にかかわる選挙権制度は作れないものか。
p266 パイの奪い合いにしない
住民票の二重化は、人口獲得ゲームを発生させない方策である。他地域から人口を奪うことが無いので、競争は起きにくくなる。
しかし、仮面住民を増やしても、結局その地に住む人数が居なければ人口問題の解決にならないじゃん。なんかこの辺はフワフワしたことしか言えてないと思う。
p270 里帰りの経済脱却
地方にとって観光客は命綱である。都市から地方にやってくる人にお金を落としてもらわないと生きていけない。しかし、その中に里帰りの人間も入ってしまっている。
観光費用の相場は、連休に値上がりする。それは経済の需給バランス上妥当である。しかしお盆や年末年始の連休は里帰りも多い。里帰りの人を経済原理に巻き込むのは良心的だろうか。里帰りの費用が高いと、自然に故郷への足は遠のく。難しいことだが、里帰りと観光客を分別して地方との結びつきを維持する施策を取れないものか、検討してほしい。地方を維持するために里帰りを優遇するのは重要な対応策だと思う。
p276 ふるさと納税は一極集中する
当初のふるさと納税は有意義な施策だった。しかし、今では競争原理が入り込み当初の目的を見失った感がある。
ふるさと納税は自分の故郷にも税金を納められるという二重住民票のようなものだったが、それに特典を付け始めたことで、いかに都会の人から税金を集めるかというパイの奪い合いになってしまった。結局、特産品などの強みのある地域に納税は集中して、過疎地域を助けることにならなくなった。
これは本当にあさましい。やばい。
p284 財は財を引き寄せる
現代人の誤った認識「財は財を生む。」これは間違いである。財=価値を生むのは人間である。
これの正しい解釈は「財は財を呼ぶ。」である。バブル経済下では、投資の過熱が投資を呼んで、見かけ上財が増していくように見える。しかし所詮水泡である。
人本位の経済思考に立ち戻ることが必要である。
しかし、いまの日本は労働を引退して資産はたくさんもってるご老公ばかりである。そういう人たちは投資をするだろう。そういう人たちがたくさんいる世の中になれば、まじめに働く人がヤル気を失うよな。
金融という魔物を人間は手懐けられるだろうか。難しい。こういうのって、結局、教育しか解決策が無いのが悔しいよね。
p293 富国強兵をやめよう
明治維新のスローガン「富国強兵」これが昭和から現代まで日本政府にまとわりついて、狂気を生んでいる。
「強兵」は昭和の戦争で間違いを理解したはず。…さず。
「富国」は今でも国家のFirstPriorityである。国民の経済的自立を広く達成するのが国家の役目であるのは正しい。しかし、やっぱり国家=外貨獲得機構という考えを抜け出せていない。
富国という概念の路線変更が必要である。これが筆者の一番言いたいことだな。
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世の中は灰色である。それが白と黒どちらの色が濃くなるかでせめぎ合うのが「世の中」である。
現在、日本の地方問題は黒の強い灰色だ。それを切り捨てて白く塗りつぶそうというのは暴力的だと思う。とはいえ、今まで通りでいいとは決して思わない。
やはり、日本で高齢社会が重く頭をもたげている。そう思う。若者が地方で好き勝手に新しい事業を始めて、自立してやっていける環境がないから地方が腐敗していくのだと思う。このままでは本当に依存体質が染み付いてしまう。
老兵は何も言わずにただ去るのみ…。そういう雰囲気がもっと作られなければダメだね。
こんな風に金融がやたらと強くなった世の中にいると、ユダヤ人がヨーロッパで嫌われている意味がちょっと分かる気がした。
Posted by ブクログ
増田寛也の「地方消滅」論への批判は納得でも、これを「選択と集中」とみなしながら安倍政権の「この道しかない」路線とは違うと思う見方、そしてやはり東京に行って地方が見えなくなっているのを感じてしまう誤解が何とも残念。
地方創生も失敗すると喝破した木下斉君の論考、同郷の安倍総理から毛嫌いされている藻谷浩介さんの「里山資本主義」と比べると、足りないものがわかります。
Posted by ブクログ
増田寛也氏編の『地方消滅』に対する考察本、といえばいいでしょうか。
『地方消滅』の中で納得できないところについて、なぜ納得できないのかを述べるとともに、著者にとって納得できる解を示した本です。
※ちなみに、納得できる部分も示されています。
『地方消滅』が「選択と集中」をキーワードとしていたのに対し、本書のキーワードは「循環と持続」。
「選択と集中」が、選ばれないものを切り捨てる考えなのに対し、「循環と持続」は、すべてを適切な形で残していこう、という考え。
また、「選択と集中」は、トップダウンで達成を目指すのに対し、「循環と持続」は、ボトムアップで達成を目指す。
それゆえに、「循環と持続」には、市民の自律と自立が不可欠です。
「『地方消滅』で述べられていた人口対策、地方対策は、(いかにも官僚が考えそうな)あまりにも机上の空論だな」と個人的には思っていましたが、本書では、その机上の空論ぶりを明らかにしてくれたと思います。
が、本書は本書で、「机上の空論では?」と思うところが多々ありました。
とはいえ、今後の日本のあり方を考える上で、「こういう考え方もある」ことを知る意味では、読む価値があるといえそうです。
ただ、全体的に、同じことを何度も繰り返し述べていて、クドイ印象なので、★★★★☆ではなく、★★★☆☆としました。
Posted by ブクログ
「選択と集中」悪玉論を展開している。
それはいい。それは。
増田レポート批判をおこなっているようで、後半はよくわからない。政権批判なのか政策批判なのか、はたまた他なのか、中途半端である。
終章で「コンパクトシティ」云々を上げているが、批判のためには、これらを例示すべきであって、終章に記述すべき政策ではないだろうという印象。
ピンぼけ。研究参考文献かなとおもったが、これはいただけない。
著者は博士課程中退組なのであるから、冷静に類型化、定義をして丁寧に記述しないと。アカデミックでは批判は重要であり、かつ難しいものなのは百も承知のはず。
著者の他の著作から比べてかなり劣る。残念極まりないしもったいない。
Posted by ブクログ
ぎっくり腰になって時間ができてようやく読み終わった本。
著者の言うことの内、増田レポートの「選択と集中」に対する反論は共感できる。
ただ、人口減少対策について、特に若い世代が減ることに対する危機感や対策については、あまり言及されてない気がする。
それと今後どうしていくべきかという点について、多様性を認めることは賛成やけど、二重住民票っていう考えはイメージしにくい。正確な人口をどうやって調査するのかとか、マイナスのイメージしか湧いてこんかった。
これからのライフスタイルとして、経済偏重とか価値観の転換とかにあるってことには大賛成。あれ?こんなようなこと述べられとらんかったっけ?
ま、いいや。残すべきものを、経済とかにとらわれず、楽なほうへ進むんじゃなくて、大変かもしれんけど、残していこうっていう考え方が大事なんやろなって、改めて感じた。
藻谷さんの里山資本主義的なとこに通じるのかな。
Posted by ブクログ
地方の過疎化に対する問題提言。
ちょっと感情的な文面が気になるけれども、参考になる。(と読みはじめは思っていたが、裏切られた)
元総務大臣の増田寛也氏が代表を務める、日本創生会議が「地方消滅」を唱えたことで、「人口減少社会」、そして「消滅可能性自治体」の議論が大きくクローズアップ。著者はそのレポートをふくめた国の姿勢──自治体統合や、廃校、金満主義が、しゃにむに国民の不安を煽り、生まれてくるはずだった次世代の命を封印したと説く。
けっきょく、人口減少は社会不安の現れ。
団塊ジュニア世代の増加は、団塊世代の地元復帰効果だったが、現代の若者は都市へと流れる。しかし、一部の平成世代では地元志向が強まっている。
問題点の指摘はいいのだが、解決策があまり描かれていない。その有効な手だてというのが、原発避難のための一時的な「住民票の二重登録化」「ヴァーチャル自治体の発生」というに及んでは、やはり学者の頭でっかちの浅知恵としか思えない。
住民登録を複数の自治体にしたらどうなると思うか。選挙でも票数で不正が横行、社会保障の不正受給、身元が不明な仮装人間がまぎれこむことへの不安。現実性がなさすぎる。
日本の社会学者のレベルはこんなものか。
地元活性化の取組をやっている事業主のほうがまだまし。単に学者が自分の理論をコケにされた逆恨みで書いた論文まがい。研究にもなっていない。
地方消滅の状況を知るガイドとして読むのなら可。
地方自治の研究者って、別に教授じゃなくてさ、NPO法人の活動家だとか、行政職員だとか、もっと現場で経験積んだ人でいいと思う。
Posted by ブクログ
問題意識はわかるけど、なんだか文章の構成、文脈があっちに行ったりこっちに来たりと、ふらふらな感じ。気持ちを抑制した冷徹な文章の方が説得力は出ると思うのだけど。
Posted by ブクログ
増田レポートの「選択と集中」という考え方について独自の考え方を述べている。
自分としては、地方消滅と言われ、今後どうしていくべきか考え方を知りたくて手に取った。
今まで気がつかなかった発想で考え方がとても参考になった。
例えば、人口減少には少子化対策等されているが、そもそも子育て世代、若者世代の時間的な余裕がないことが原因という指摘。職場で、デートも出来ず、仕事に追われている人が増えたように思い、心当たりがあるように思える。
また、今までは住所を中心とした行政が行われていたが、住所中心ではない行政にしてみたらという提案。どうなるのかわからないけど、新しい発想をしていかなけらばならないということは十分に理解できたし、参考になった。
Posted by ブクログ
自治体消滅がいわれることに祇園を感じていたが、的確な指摘にすとんと落ちました。解決方法については、意見の異なるところもありますが、多様な社会をめざすという点は共感します。
Posted by ブクログ
数字でグイグイ攻めてくる「地方消滅」に対して感情的にブレーキをかけている印象から始まります。実際、著者の立ち位置は社会心理に基づいていて「地方消滅」というキャッチーなフレーズが問題の顕在化ではなく不安からの逃避の事実化を呼び起こすことを本当に心配しています。本書の前半では反論のウエットさが理解できないでモヤモヤしますが最終章に繋がるにつれ、筆者の危機感が理解できるようになります。「選択と集中」と「多様性との共生」のストラグル。どちらがいいか、ということは簡単には言えませんが、人口減少社会についての議論がこのようになされていることは大切だとおもいました。