【感想・ネタバレ】空の怪物アグイーのレビュー

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Posted by ブクログ

ネタバレ

「敬老週間」なんかは別として、「アグイー」なんかはもう少し読み込みたいと思っているのだけど、サルトル的空気から大江健三郎自身(というのはある種私の偏見かもしれないけれど)の、どんどんずれていっちゃうような、深刻なことを語りながらも同時に滑稽である状況を描いてしまう、彼の常に一瞬前を自省せずにはいられないような意識が書かせる文章が面白くて仕方ない。
普通の人はシリアスな場面で同時並行して起こる滑稽な部分を削ぎ落として文章を書くのかもしれないけれど、この人はシリアスになればなるほど振り子は残酷を含んだ滑稽へも大きく揺れる。この調子が近年失われてしまっているのが私としてはすごく残念なところなのだけれど…

と書いているうちに、大雨の中で「バスは行ってしまった!」と三人称で語るように喋ることで大爆笑したサルトルとその母のエピソードが私に焼け付くように残っていて、こういう人が私は大好きなんだ、というのを忘れていたのだけれど、サルトルもこういう側面があったんだったな…。

にしても、これは三島由紀夫も既に言及しているし他の人も多く言及しているに違いないのだけれど、彼は動物を使った比喩を行う時に決定的な笑いのセンスを爆発させている。
「アグイー」でのたいていのフルート奏者が貘に似てくるのは事実である」という箇所や、「犬の世界」での「かれはぼくに似ているかね?」「あなたを含めて人間の誰かに似ているというより、むしろイシガメに似ているわ。」のくだりや、「ぼくはますます腹立たしく、涙ぐましい気分になって寝室にひきあげると、あの愚鈍でグロテスクなイシガメのやつが! いや、自分はいらんです、などと陋劣なことをいって! とにせ弟を罵り睡眠薬を大量にのんで眠った」というところなんか、これらの作品を読んだとき私はたまたま気分が猛烈に落ち込んでいた時期だったのだけれど、「ぎゃはは」と下品な笑い声を風呂場で上げずにはいられなかったほど面白かった。
「ブラジル風のポルトガル語」での、「かれのことを阿波人形の虐げられる百姓の頭に似ていると無遠慮な同級生が嘲弄したことがある。その時、かれは突然、日々の羞恥心にうらうちされた小心なふるまいのすべてに報復するとでもいうように、みんなの前でイスカの嘴みたいに捩れている葉を剥き出し内斜視の目で虚空をにらむとギャッ、と叫んでひっくりかえって見せた。それは虐げられた百姓のうちの最も虐げられる百姓の磔にされる断末魔を演技した訳だったが、それを見たものはひとしく動揺した」に至っては、この話を全く読んでいない家族に向かって私はどうしてもこの面白さを共有したくなって声にだして読み上げたほど。内容の過激さもあるのだけれど、この、文章のくせに文章らしからぬ推敲の抜き加減が、多分わざわざ読み上げたくさせる要因だと思う。「虐げられた百姓のうちの最も虐げられる百姓」なんて、奇妙なくどさがと過激さが、どうしても口にしてみたくさせるというか…。
引用ばっかりですみません。

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2013年08月23日

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