あらすじ
「白雪姫」「シンデレラ」「眠り姫」などのプリンセス・ストーリーは大量に生産され、消費されている。本書では、ディズニーのアニメを題材に、昔話にはどんな意味が隠されているかを読み解く。いつの間にか思い込まされている「男らしさ」「女らしさ」の呪縛から、男も女も自由になり、真の男女共同参画社会を目ざす。
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Posted by ブクログ
やっぱりジェンダー×表象は面白い!
本著では幼少期に女の子なら誰もが一度は通るプリンセスへの憧れについて、その供給の源にある思想や社会の構造を紐解いていて興味深い。特にプリンセス願望について、絶対に自力では叶えられないことのオンパレードであるとした点は目から鱗であった。
また本著の大きな特徴として、実際に著者の講義を受けた女子学生によるコメントが記載されているのだが、これがまた見事である。ジェンダーのJの字も知らない1年生の、無意識に刷り込まれていた旧態依然の「女の幸せ」のレールに沿った意見から、何度もハッとさせられる、ロジカルでラディカルな3年生の意見まで収録されていて面白い。
この本を読みながら、私もかつてはプリンセスに憧れる少女の一人であったことを思い出した。だがそれと同時に、私が憧れていたのは「プリンセス」や「幸せな結婚」ではなくて、綺麗なおべべにのみ強烈に憧れていたことにも気が付いた。それというのも、私は少女の時から王子にも、結婚にもまっったく憧れないどころか、眼中にすらなかったのだ。
これには私の母の影響も多分にあると見ているが、幼少期は確かに、プリンセス(やそれに付随する着飾ること、ロマンティックラブなど)に興味がなさそうな母に対して、不満というか同じ感情を抱けない寂しさのようなものを感じていた。その一方で、「結婚はいいもの、したほうがいい」と言われることなく、常にすっぴんメガネな母がいたことで、化石化した「女の幸せ」を説くコンテンツを享受しながらも、ここまでニュートラルな人間になれたのだとも思う。王子や結婚に憧れて、現実を知るという流れこそ私にはなかったが、自力で「白雪姫、シンデレラ、眠れる森の美女にはなりたくない」と思える人間になれて良かった。母にも感謝である。
Posted by ブクログ
シンデレラは、女の子に対し、誰かが幸せにしてくれるという価値観を押し付けている。
そして、女の子がプリンセスになれるためにできる努力は外見のみなので、ルッキズムへ走ることとなる。
Posted by ブクログ
Frozen 2やSixにはまり始めてから、プリンセスの表象についてもっと知りたいなと思っていたので。この本は少し古いんだけど、逆に白雪姫とかシンデレラとかディズニー初期作品の批評って今時なかなか聞かない気がして。
私が生まれたくらいの時の女子大の授業で扱われていた内容で、白雪姫やシンデレラを授業で見せた時の学生の反応がそのまま載せてあるのがかなり面白かった。
よく考えたら私白雪姫もシンデレラも眠れる森の美女も映画をちゃんと見たことない。もちろん大体の話は知ってるし曲も知ってる。でも何度か見ようとしたものの、のんびりゆったり平和な雰囲気が退屈で全然見られなかったんだよね…。ストーリーだけでなく曲調も含めて。
シンデレラ・コンプレックスについて書かれてある辺りで、先日楽しみにしていたDVDで見た梅芸版ファントムのクリスティーヌを思い出した。
『シンデレラは果たして自分が幸福をつかむために何か努力をしただろうか? 何の落ち度もないのに継母や継姉たちに召使い同然の不当な扱いを受けているが、そこから脱出を図った形跡はない。要するに不当な仕打ちにも「すなおに」ひたすら耐えていたわけだが、そうしているうちに魔法使いによってお城の舞踏会へ行くチャンスがめぐってきて、王子に見初められる。しかしここでもシンデレラは、「惨めな境遇からの脱出のいいチャンス」とばかりに果敢に王子にアタックしたわけではなく、しかもチャンスがせっかく到来したにもかかわらず、魔法使いの言いつけを守って途中で城から帰ってしまう。さらには、いなくなったシンデレラを、王子が国中を鳴り物入りで捜しているというのに、「それは私です」と名乗り出ることもせず、自分の目の前にガラスの靴が差し出されるまでただ待っている。』(p.304)
道端で歌ってたらシャンドンに見出され歌を習うためにオペラ座行ったのにカルロッタにこき使われそれでもいい子にしてたらそのうちファントムに見つかり歌のレッスンをしてもらえるようになり…って流れがシンデレラすぎて、しかもその先の流れは自分の「優しさ」「母性」みたいなものに対する過信の表れのような言動も出てきてちょっと気持ち悪かった…。あの作品は初演が30年前なんだよね。
白雪姫の女王の鏡が「世間=男の目」という見方はなるほどと思った。あれって当時の女性(今もかもしれないが)が鏡を見るたびに苦しめられてきた自分の心の声なんじゃないかと思っていたけど、それは男の期待に答えなければという焦りを反映したものだったのか。