あらすじ
前著『精神としての身体』で、心身二元論では我々が具体的に生きている身体のダイナミックスは捉えられないとした著者は、本書では、皮膚の内にとざされた身体という固定観念を取り払い、身体を超えた錯綜体としての〈身〉を追究。さらに、空間が均質化して「身体は宇宙を内蔵する」という身体と宇宙との幸福な入れ子構造が解体している今日、我々にとってどのようなコスモロジーが可能かを問う。
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Posted by ブクログ
生粋の身体論者の論考。
長年にわたって論考を重ねてきた内容を、あますところなく、かつ本当に平易なことばで説明しています。身体論の哲学者と言えばメルロ・ポンティですが、メルロ・ポンティの著作も平易なことばでラジカルなことが書かれていますが、それに通じるものがあります。
著者の主張では、日本語の「身」(み)がもっとも身体を現すことばとして適切だといいます。確かに、例えば「身構える」という言葉は、実際の肉体が身構える姿勢をとる時だけでなく、気持ちが警戒するといった時にも使います。そのような例がたくさん述べられており、精神と肉体の一致=「身」ということがよくわかります。
フランスでは身という概念は適用きませんが、メルロ・ポンティも、著者も、「身近」な言葉で書く、ということに意味を見出していたのではないでしょうか。
まったく肉体よりの身体論も出回る昨今、こういったすばらしい著作がもっと注目されていいと思います。
Posted by ブクログ
講談社学術文庫
市川浩 身の構造
「身」という概念を用いて身体論を展開した本
「身」という言葉の使われ方から 人間にとって 身体とは何かを論じており わかりやすい。「身体は宇宙を内蔵する」的な理論を一部批判
「身」という概念から考えると、身体は 生命であったり、心であったり、われわれ人間であったりする。身体の存在する空間を物理的空間から社会的空間に拡げ、「身分け」という概念を用いて、錯綜体としての身体論を展開。心身二元論を批判
身体論から考えると、人間は 産まれて(母との共生関係が分離して)から、統合と分節を続け、他者理解と自己中心を繰り返し、拡大しながら複雑に入り混じる錯綜体 ということになる