あらすじ
わたしは世界の中心ではない。わたしはあなたから語りかけられるときに新しく生まれる存在だ。近代ドイツのユダヤ哲学を基に、自己中心主義からの真の脱却をめざす。西洋哲学2500年の誤謬を覆す新たな哲学 !
【目次】
序章 現代の思想状況と二〇世紀転換期のドイツ・ユダヤ人
第一章 ドイツ・ユダヤ人と啓蒙主義
1 ユダヤ人の歴史
2 ヨーロッパ的〈教養〉の理想とユダヤ人
3 啓蒙主義とモノローグの思考
第二章 関係は関係なきもののあいだになりたつ ヘルマン・コーヘン
1 あるユダヤ人のカント主義
2 『ユダヤ教の源泉からの理性の宗教』
3 カッシーラーとローゼンツヴァイク
第三章 西洋哲学はモノローグの思考である フランツ・ローゼンツヴァイク
1 ローゼンツヴァイクの西洋哲学批判
2 新しい思考とメタ倫理的人間
第四章 モノローグの言語から対話の言語へ プラトン、オースティン、フンボルト
1 伝統的な言語理解 プラトンの言語論
2 オースティンの言語行為論
3 フンボルトの対話的言語論
4 二〇世紀におけるフンボルト・ルネサンス
第五章 対話の一般的構造
1 呼びかけと応答の文法
2 対話者という〈他者〉
3 対話の時間的構造
4 現代における「対話の哲学」
あとがき
引用文献
索引
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
ユダヤ教への思索を通して、モノローグで観念的な西洋哲学の限界を明らかにしている。最終章では、ユダヤ教から一旦離れて、言語学などの知見を用いて、哲学が対話のもとに打ち立てられる必然性を説く。哲学でありながら、常識的で躍動感に満ちているのが、対話の哲学である。
Posted by ブクログ
難しかったところもあるけれど、まとめを適所にしてくれていたので、ふむふむと理解できるように書かれていてとても良かった。
同じ一神教であるキリスト教との違いや、西洋哲学が伝統的に陥っていた「私」の問題がわかる。
また、最近のコミュニケーション・スキル講座なんかでもよく言われる「聞く」という行為の重要性、「聞く」ことで対話が初めて生まれる、という点など、内容も非常に納得感がある。
Posted by ブクログ
[ 内容 ]
“わたし”は世界の中心ではない。
“あなた”から語りかけられるときに初めて“わたし”が生まれるのだ。
コーヘン・ローゼンツヴァイク・ローゼンシュトックなど、本邦未紹介の近代ドイツのユダヤ哲学とフンボルトの「双数的」言語論を起点に、プラトン以来2500年の自己中心主義の呪縛を解く。
[ 目次 ]
序章 現代の思想状況と二〇世紀転換期のドイツ・ユダヤ人
第1章 ドイツ・ユダヤ人と啓蒙主義
第2章 関係は関係なきもののあいだになりたつ―ヘルマン・コーヘン
第3章 西洋哲学はモノローグの思考である―フランツ・ローゼンツヴァイク
第4章 モノローグの言語から対話の言語へ―プラトン、オースティン、フンボルト
第5章 対話の一般的構造
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ]
Posted by ブクログ
伝統的な形而上学は「独白」の哲学であり、排除を不可避とする。本書は近代ドイツのユダヤ思想家たちが、独白の呪縛を解きほぐす「対話の哲学」であったことを素描。ローゼンツヴァイクらの優れた水先案内でもある一冊。お勧め