あらすじ
朝の通学電車で痴漢被害に遭った湊斗と、
好きでもない女子の先輩に一方的にキスされた凪。
電車に乗れなくなった湊斗に凪が声をかけたことから、
二人は言葉を交わすようになっていく。
互いに自分に起こった出来事を話すうちに二人は
「大したことじゃない」と思うようにしていた痛み、
言えなかった「嫌だった」という気持ちに、
向き合えるようになっていく。
透明化される痛みを見つめる
友情と勇気の物語
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
性被害に遭った二人の男子高校生が偶然友達になり、お互いの被害を打ち明けたことをきっかけに「透明化される痛み」と向き合う友情の物語。
性被害に遭った直後の心情、トラウマを乗り越えるまでの心の葛藤の描写は解像度が高く、物語の出来も良い。
湊斗・凪のW主人公で二人の目線で物語が進行する群像劇チックな構成になっており、章が進むごとに二人が周囲の人物たちから様々なことを学んだり気づかされたりして自分の考えを深めていく様子が見どころ。
※※※以下、ネタバレありの感想※※※
・第1章
通学時に電車内で痴漢に遭った湊斗がじわじわと精神を蝕まれていく様子が読んでいて苦しい。痴漢被害を自分の中で「大したことない」と評し、無理して登校しようとするも周囲を警戒しながらの通学が続き精神的な限界がきてしまうシーンがかなりリアルで心に刺さる。
※被害直後はショックのあまり被害を正しく認識できなかったが、日数が経ってから恐怖感が増してくることは実際の性被害者によく見られる。
凪に痴漢被害を打ち明けた際、返ってきた「大したことない訳なくない?(意訳)」が湊斗にとってどれだけ心強かったことか。凪がいてくれたから不登校にならず、かつ心の傷を受け止める最初のきっかけを掴めたのだと思うと、凪の優柔不断な性格も悪くないなと思う。
この後、凪がその優柔不断な性格につけ込まれてしまうのが皮肉ではあるが。
・第2章
凪の言動に首がもげるほど共感した。はっきりとNOが言えない性格の人は誰しも共感できると思う。
争いや揉め事を嫌い自分の意見は前面に出さずに周囲に気を遣う性格の凪だが、その優柔不断な性格を見透かした女子バスケット部の先輩から唐突にキスされた後の曖昧な言動の裏に隠されたやるせなさ、怒りが物悲しい。
他の部員達がいる前でキスされてしまったため既成事実を作られた形となり、事ある毎に周りから冷やかされて可哀想だった。
湊斗に事件のことを打ち明けると、今度は湊斗が「大したことなくない?」と第1章で凪が告げた言葉をそのまま返され心の傷を認めてくれたため精神的には救われる形となったのが良かった。
ただし凪を取り巻く状況は終盤まで改善しないのだが。
・第3章
湊斗が痴漢被害をしっかり引きずって苦しんでいる様子は現実味があり、創作と思えないほどのリアルさに驚いた。被害から目を逸らさず自分事として受け止めようと藻掻いているのが伝わってきて良かった。
むしろ時間が経ってからの方があれこれ考える余裕が出てきて、女友達との会話を通じて女性の痴漢被害が身近にあることと自身の想像力のなさを自覚しており精神的な成長も垣間見える。
凪とパンケーキを食べるシーンで「どれほどの時間が経てば平気と言えるのか」に言及しており、傷を抱えた二人がお互い苦しみながらも言葉に出して打ち明けることで多少は傷が和らいでいると思うと、初めに駅のホームで話しかけてくれた凪がGJすぎる。
・第4章
紆余曲折あり二人が花火大会の帰りに口論になるシーンでは凪が精神的に追い詰められていることが示唆され、凪の祖母の別居計画を聞いて「気を遣っているはずが、すでに親友の大志や先輩のことを嫌いになりかけている」自分に気づき一歩前進した凪に拍手を送りたい。
凪は「自分の気持ちにフタをする」タイプのため自分が耐えているという自覚が薄いように思える。そんな凪が、自分の気持ちをはっきり認識できるようになったのは大きな一歩だと思う。
※凪は同居していた祖母が息子夫婦とこれからも良い関係を築きたいからと別居の計画を進めていたことを知り、「相手を嫌いにならないために距離を置く」手段があるのだと感心している。ただし、祖母と父の口論から「何を言っても聞いてくれない、理解してくれない人はいる」と学んだ側面もあり、最終章でこういった人物とけじめをつけることになる。
・第5章
湊斗が過去の自分を救うため勇気を振り絞って行動するシーンに感動した。
文化祭向けの部誌が形になったときの高揚感、web上でやり取りしている創作仲間が男であった衝撃から、実際に体験しなければ見えない世界があること、無意識の思い込みが多いことを身をもって学び、それでも想像力を働かせることは無駄ではないと結論づける湊斗の成長ぶりには涙が出てしまう。
痴漢被害に遭っていた女子高生を助けるシーンは激アツで、母親に痴漢被害を打ち明けたとき親身になって痛みを受け止めてくれたことが他人に手を差し伸べる一押しになっている。
女子高生の姿が少なからず過去の自分に重なっていたことは容易に想像でき、他者に声を上げる勇気を与えられたのが自信に繋がってくれたら、と思う。
・第6章
遂に声を上げる凪、前章での湊斗の行動に勇気をもらっていたらいいなと思った。
文化祭で凪は親友と先輩に対して自身の気持ちを言葉にして伝え、悪意ある近づき方をした先輩に対しては「謝れ」と迫る。これほどに自分の気持ちを肯定し理不尽を良しとしない態度に出られたのは「後で湊斗に話を聞いてもらえばいい」と思ったからであり、ほどよい距離感の湊斗に信頼を寄せている表れでもあると思うと、二人が苦しんできた日々は無駄ではなかったと思えて感動した。
お互いの存在を支えに勇気を出す、温かい友情に乾杯!!
湊斗が脚本を書いた劇がこれまた良きで、劇中のセリフ『誰もが声を上げられるように、誰かの声を聞ける人でありたい』は湊斗自身が苦しみ抜いて出した答えであると解釈できる。