あらすじ
古代帝国下で仏教を受け入れたチベットは,実践的修行と精緻な教理をともに発展させ,仏教に根ざした文化と社会を築いてきた.言葉を超えた直観的悟りを求める密教の体系,論理による真理の探究,他者を思いやる慈悲の教えは,今もなお私たちの心を惹きつける.その心髄を教義論争とチベット社会の諸相に探り,解き明かす.
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Posted by ブクログ
宗教は集団を作り、集団は大きくなるほどに争う。チベットも例外ではないが、苦境に立たされているからこそ、人々の不安を和らげる本来の宗教の姿に近づいているようにも思う。
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ダライ・ラマは「観音菩薩」の化身
チベット仏教の特徴は、この菩薩が生まれ変わるという転生化身の思想にある。日本の仏教にはほぼみられないこの思想を生んだのが、サムイェの宗論と呼ばれる出来事だそう。
悟ったら輪廻転生の苦しみから脱せると認識してたんだけど、わざわざ悟れるのに生まれ変わるダライ・ラマ、人間の矛盾を体現した存在だ、、、、
言葉による悟りの解明と、言葉を越える悟りの体験の葛藤と融合をチベット仏教に見出す一冊。
Posted by ブクログ
チベットで仏教がどういった立ち位置でどのように信仰されてきたのかを古代から現代に至るまで、仏教の教えに関する多くの論争も交えながら解説してくれている。
どうでもいいことだけど、チベットの人の名前、見慣れなさすぎて覚えられない笑!
途中で読むの諦めかけた笑
仏教と言えばインドや中国というイメージだったけど、世界ではほぼチベットしかメインで仏教を信仰をしていないことや、仏教における様々な考えやチベットの生活において仏教がどういった役割を果たしてきたのかなど色々発見があった。
そして生々しい話もあり、チベット仏教社会でも転生に関する賄賂や、キャリアアップとしての修行など、めちゃくちゃ俗世っぽいじゃんと思えるところもあり、いい意味で仏教に対する幻想が打ち砕かれたところもあった。
転生者管理データベースやパンク坊主などネーミングも笑ってしまった。
色々発見はありつつも思ったのはやはり仏教って難解だね。自空性や他空性どちらなのか?→そもそも中観としてどちらかに偏るべきではない→全く考えないことや全く分別がないことは思考の放棄→悟りは聞・思・修の先にある→いや元々人間は悟りがあり…
と全く構造的に整理できていないが様々な論争がありずっと堂々巡りしてしまっている。
これ悟るの無理じゃね?現実的に矛盾迷路じゃんと思ってしまった。
Posted by ブクログ
さすが岩波新書。ちょっと専門的過ぎた(汗)
古代、仏教を受け入れたチベット(これは外部からの呼び名で、自身はポェーという言うらしい)が、様々な外圧、内紛を経て今にいたるまでの歴史的経緯を俯瞰して記載してある。
チベット仏教は、インドからの仏教の導入にはじまり、「サムイェの宗論」という論争があり、その教学、体系が整備されていったという概要が記されていて学び多い(概要なのに、けっこう深い。専門的)
やはり気になるのは、中国の支配下に置かれてから、1959年にダライ・ラマ十四世が亡命して以降の、チベットの立ち位置。
そのあたりは、本書で歴史的背景を学んで、近代に焦点を当てた書で読むほうが、よほどビビッドなんだろうな。
チベットの人々の日々の思索、日常の営みは、なかなか伺い知れないものだろう。