あらすじ
■自分の心を自分で癒す、セルフカウンセリング・ブック
会社では上司にも部下にも気を遣い、子育てや夫の世話……。
自分のことは顧みずにがむしゃらに頑張ってきたのに、
気がつけば会社ではお局さま扱い、子どもや夫からは煙たがられ……。
「私の人生って、一体なんなの?」と虚しくなることもあるかもしれません。
本書はそんな、報われない孤独や寂しさを抱える大人の女性が
自分で自分の心を癒す方法をお伝えするセルフカウンセリングの1冊です。
■著者はのべ1万人以上の心と向き合ってきたプロ・カウンセラー
「頑張っているのに報われない」という気持ち、を作っているのは、
「自己否定」の気持ちだと、著者は言います。
頑張っている他人には「頑張りすぎないで」と声をかけられるのに、
私たちは自分のことになると「もっと頑張ろう」としてしまいます。
いまのままの自分ではダメだ、価値がない。
そんな「自己否定」の気持ちが、あなたを苦しませるのです。
■「もっと頑張る」じゃない解決法を手にいれる
本書では、17のセルフカウンセリングを通して、
あなたの心をおおう「自己否定」の気持ちを取りのぞいていきます。
「カウンセリングなんて難しそう」と感じるかもしれませんが大丈夫。
著者の誘導音声がダウンロードできるので、
プロのカウンセラーにカウンセリングされているかのように、自分の心と向き合うことが可能です。
失敗や苦しみの中にいる自分自身を、優しくいたわり、「あるがまま」に受け入れる、
欧米で注目の「セルフ・コンパッション」を取り入れた本書で自分を癒し、
「頑張りを認めて報われる」毎日を過ごしていきましょう。
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
独身未婚中年男性の自分が読んでみました。
なかなかよかったです。
やはり、大人になって生きづらい人は(自分も含め)親との関係が上手く行っていなかった場合が多いのかなと思いました。「幼少期に「無条件の愛と受容」が感じられなかったことがその後にどう影響したか、2人の女性の例」(p65)が挙げられています。著者の古宮先生は男性のようですが、クライアントが男性の場合はどうだったのか、というのも気になりました。
自分自身は、(父)親や、職場の(女性)上司に「“叱られる・責められる・拒否されることへの恐れ”」(p169)が未だにあります(自分は「叱られる」のは大丈夫ですが「怒られる」ことには極端に恐怖を覚えます)。(父)親に話したくないと思うのは、父に怒られることが想定されるから。さすがにもう中年になって、もう父もそういう人だからと思うようになって、言って怒られることもあるし(未だに、笑)、言っても怒られない場合もあるとわかるので話すようにはなりましたが。
親も、子どもの頃に向きあえなくてすまなかったと詫びてくれましたが、正直詫びられても、自分は偏屈に育っちゃったし、それは親の責任も半分ぐらいあるけど、結局自己責任もあるし、もう結婚して妻子持つのも無理そうだし、後の祭りです。
あと最近、後期高齢者の男性の知り合いと話す中で、他罰的な言葉が多い人がいて、ちょっと辟易することがあり。文句ばかり言っていて、その状況を改善するための行動をしないので、内心イライラしていたのですが、「人をそうして批判するほど、その刃が自分に向かい、自己批判や劣等感、罪悪感が強くなります。そして自己批判や劣等感、罪悪感が強いほど「~すべき」と思いながらも建設的な行動はできず、人生が停滞しがちです」(p195)とあり、なるほどなと思ってしまいました。「たとえば、AさんがBさんのことを「礼儀知らず」とか「失礼だ」と批判しているとします。でも、Aさん自身だって、100%礼儀正しくすることは無理ですし、失礼だと思われる行動を決してしないことも不可能です」(p197)とあり、まんまそのAさんみたいで笑ってしまいました(その方は、批判している相手に対して挨拶をしないらしいのですが、「それのどこが悪いの?」と仰っていて、正直ドン引きしました・・・)。
晩節汚さないように努力はしつづけなければいけないのだなと思いました。
苦手な人へも慈愛をとありましたが、さすがに自分は聖人君子ではないので、それはできなさそうです。たしかに、自分を傷つけてきた人に対して、「かわいそうな人だ」とは思いますが、「そのあわれみには、その人を見下す軽蔑心があります」(p237)とあり、それも自覚はあります。でも、自分は、たぶん死ぬまで、自分を傷つけた人を許すことはできないのかもしれないな・・・。
最後に、「本当に助けになるカウンセリングとは」もなかなか参考になります。
ネット記事で、精神科医の熊代亨先生が「カウンセリングが安全で副作用もないなんて幻想だから」と仰っていたのを読んだのですが、まさにその通り。
あと、他にも書きましたが、自分が精神疾患になるまで、メディアのイメージで、精神科医が話を聞いてくれるのだと思っていたら、精神科医は精神疾患に対する身体の症状に薬物等の処方をする人であって、話を聞いてくれる人じゃないんですね〈10分以上「診察」になると、当然医療費もかかるわけで)。話を聞くのは臨床心理士や公認心理士。ただ、心理士は医師の診断に基づいてカウンセリングをするので、医師がカウンセリングを必要と認めてくれないと受けられない。そう考えると、精神科医は心理士である必要もありそうな気がするんですけどね。
もっとも、自分の場合は精神科医が必要なのではなくて、心理士のほうが必要だったと、気づくのに時間が掛かり苦しみました(最初の精神疾患はうつ病で半年苦しみ、寛解し始めた頃にやっとカウンセリングが受けられた)。正直、自分が最初のほうでかかった精神科医(男性)は私には合いませんでしたが、心理士(女性)は合っていました。
その後別の医院に掛かり、最初の心理士(男性)は合いませんでした。精神疾患経験者の先輩は、カウンセリングは自分には合わない、指示されているようで嫌だと言って受けていなかったのですが(個人的には、その先輩もちょっとカウンセリング受けたほうがいいのでは?とは思っていた)、自分に合わなかった男性心理士はまさにそれで、そういうことかとわかりました。その後変えてもらった心理士(女性)は、ありがたいことに伴走してくれています。
この本の、エクササイズは正直自分はやるつもりがないのでやっていません。あと、自分が最終的に救われるのは、もう、「非モテ」研究の西井開先生が仰る「女神」意外にしかないんだろうなということを考えている、KKO(気持ち悪くて金のないおっさん)な自分です。こんな弱者男性でも、まだ日本で生きていていいですか?(涙)