あらすじ
「無私の心」をもって国難に身を挺し、維新に大きな功績を残したにも関わらず、家を滅ぼした責任をとって新政府の要職につくのを断り、功を誇らず何も語らなかった慶勝。国か、家か――国を憂うがために官軍に加わり徳川幕府を倒し維新の動乱を最小限に食い止めた男の波瀾万丈の生涯を描く。
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Posted by ブクログ
幕末の徳川内情勢についてよく分かる。国を守り、徳川存続に働きかけたにもかかわらず、あまり認知度が高くない慶勝。黒子に徹して周りを動かしたその配慮ぶりと立ち回りはかっこいい。
Posted by ブクログ
改めて明治維新を考えてみるとかなり紙一重だったような気がします。徳川のキィーポイントは御三家の水戸にあったような気がします。四天王でもある彦根の井伊は官軍の東上のおり、「どうぞ、どうぞ」とばかりに何の抵抗もなく素通りさせ、紀伊も尾張も無抵抗だった。
やはり桜田門外ノ変が起きることなく井伊直弼が独裁的に振舞わなければ…それもこれも水戸藩なのかな~当時の御三家の実力者といえば尾張の徳川慶勝だったが、彼は水戸の先代の斉昭の影響を受けすぎていたような気がする。
そうでなければ幕末末期に兄弟愛が徳川の世を救えたんではないかと思う。
高須四兄弟!高須四兄弟というのは美濃高須藩主松平義建の子である尾張徳川慶勝、一橋茂栄、会津松平容保、桑名松平定敬の兄弟のことである。会津と桑名が硬い結び付きで家康より続く、遺訓を守り抜いたのに比べこの長兄である慶勝は……戦後に必死になって助命を嘆願して弟たちは許されたのだが、兄として、男として彼は何を思ったのだろうか?
しかしやはり根は深いものだと思う。この幕末の敗因を考えるとやはり吉宗の時代までさかのぼりたくなる。あの時に紀伊でなく尾張から将軍を迎え入れていれば、やはり関ヶ原あたりが最大の決戦場となっていたのかもしれない。
違った歴史は見ることはかなわないが第2次関ヶ原の戦い…あったのではないだろうか?