あらすじ
著書累計100万部! 総フォロワー数98万人!
安全保障と経済の一体化、成長分野への投資、消費減税――。
“責任ある積極財政”の真実!
高市政権の経済政策について調べていると、必ずと言っていいほど目にする言葉があります。それが、「危険だ」「バラマキだ」「財政が破綻する」といった評価です。
ニュース番組でも、新聞の見出しでも、SNSでも、こうした言葉はとても目立ちます。そして、それを見て不安になるのは、ごく自然なことだと思います。
(中略)
では、私たちはどうすればいいのでしょうか。答えはシンプルです。
印象ではなく、経済学の知見を基に考えること。これに尽きます。
たとえば、その政策は、どこにお金を流すのか? 誰の所得を増やすのか?
需要はどう変わるのか?
物価や金利にどんな影響が出るのか?
こうした基本に立ち返ることで、初めて政策の実像が見えてきます。
逆に言えば、そこを見ないまま、「危険だ」「大丈夫だ」と判断すること自体が、本当の意味で危険なのです。
本書では、こうした視点から、高市政権の経済政策を一つひとつ分解していきます。
賛成か反対かを先に決めるのではなく、まずは仕組みを理解する。
その上で、どこにリスクがあり、どこに可能性があるのかを考える。
そのプロセスを通じて、読者の皆さんが自分自身で判断できるようになることが大事です。そして、これこそがこの本の目的です。
(本書より)
<<目次>>
第1章 高市政権の経済政策は「バラマキ」なのか
なぜ「危険」というレッテルが貼られるのか/バランス感覚こそが「責任ある積極財政」の本質/デフレが終わった日本には新しい財政政策が必要……など
第2章 消費減税のメリットとデメリット
「減税しても貯蓄に回るだけで効果が弱い」は妥当か?/「減税=物価下落」という単純な関係ではない/社会保障財源はどうなるのか……など
第3章 財政破綻をしないための絶対条件
「日本銀行は破産しない」の根拠/高市首相の「円安容認発言」をどう理解するか/米国・イスラエルのイラン攻撃で判明した金利急騰リスク……など
第4章 「円安は国力低下」という大きな間違い
「期待」を変化させたアベノミクス/「円は高ければ高いほど良い」という謬論/なぜ高市政権は「超緩和一本槍」だと誤解されるのか……など
第5章 30年、日本の賃金が上がらなかったメカニズム
デフレマインドを決定づけた経済ショック/内部留保はリスク管理と成長戦略に関わる重要な要素/賃金は上がるのか?……など
第6章 インフレ時代の資産防衛――賃金・住宅ローン・投資
「インフレだから景気が良い」は成立しない/「給料を待つ」のではなく、「資産を持つ」!/高市政権で期待できるの「ものづくり回帰」……など
第7章 高市政権の経済安全保障政策を評価する
中国の産業政策は絶対に失敗する/高市政権の危機管理投資と成長投資が成功する条件/安全保障投資が国益になる三つの条件……など
第8章 日本経済の成功と失敗を分ける分岐点
日本の強い経済が実現する成功シナリオ/イギリスとジンバブエの通貨危機事例/インフレ時代に合理的な高市政権による政策の方向性……など
最終章 日本経済は復活できるのか
危機の本質は「発生」ではなく「対応」にある/社会主義の末路――飢餓、医療崩壊、死亡率の悪化/安全保障支出は経済活動が成立するため投資……など
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Posted by ブクログ
読み終えて最初に変わったのは、経済ニュースの見方でした。「国の借金が何兆円」と聞くたびに漠然と不安になっていましたが、本書は不安の測り方そのものが違うと教えてくれます。
説明は基本から始まります。たとえば「誰かが使ったお金は、必ず誰かの収入になる」。コンビニで払った千円はお店の売上になり、そこで働く人の給料や仕入れ代金になる。だから、みんながお金を使わずにためこむと、社会全体の収入もしぼんでいく。著者はこれを「需要不足」の正体と呼びます。ただ、その原因を国民の心がけには求めません。デフレ(モノの値段が下がり続ける状態)では、お金は持っているだけで値打ちが上がる。ためるほうが得なのだから、企業も家計も合理的に動いているだけです。値上げできない会社が給料を上げなかったのも、けちだからではない。そういう環境をつくったのは、お金が足りなくなるというシグナルを出し続けた政策の側だ、というのが著者の見立てです。
借金の危険度も、金額ではなく「収入が増える速さと、利息が増える速さのどちらが上か」で測る、と著者は言います。私は住宅ローンに置き換えて理解しました。年収が上がるスピードが利息より速ければ返済は年々ラクになり、逆なら借金が小さくても苦しくなる。国の借金も同じ物差しで見ればいい、というわけです。
円安についても著者の立場は同じで、為替は政策や世界の動きの結果として決まる数字であって、それ自体に良い悪いはないと説きます。私の言い方にすると、円安は国の通信簿ではなく体温計です。危機についての見方も明快です。金融の仕組みがある以上、危機は必ず起きる。大事なのは起きた後の手当てだ、と。私の受け止めでは火事に近い。ゼロにはできませんが、消火設備があれば全焼は防げます。実際、リーマン・ショックでは連鎖を止められず、二〇二三年のアメリカの銀行破綻(シリコンバレー銀行)では預金の保護を素早く広げて騒ぎを封じ込めました。同じ「危機」でも結果が正反対になるのは、起きた後の差だというわけです。
後半を読みながら、著者が言いたいのはこういうことだと私は受け取りました。日本はもうデフレではない。なのに、デフレの時代に正しかったやり方を続けていることがいちばん危ない、と。会社の守りの経営も、政府がお金を配る政策も、かつては理にかなっていた。けれど環境が変わったのに切り替えられないことこそが失敗の原因になる。だから政策は賛成か反対かで語るものではなく、いくら使うかより「どこに、いつ、どう使うか」で採点すべきだ、というのが著者の姿勢だと感じます。
そしてもう一つ。著者が「最も現実的なリスク」と呼ぶのは、派手な財政破綻ではなく「大きな危機は起きないけれど、なんとなく成長しないまま時間が過ぎていく」状態でした。これは私の仕事にも刺さりました。うまくいかない事業をやめる基準と成果の測り方を先に決めておく。著者が産業政策に求める条件は、そのまま組織の意思決定の話でもあります。
著者は本の終わりで「少なくとも高市政権にはその覚悟がある。私はそう思っています」と、自分の立場をはっきり書いています。中立をよそおう本ではありません。それでいて、この政策は成功も失敗も約束されていない、規制改革や既得権に踏み込めるかどうかで結果は正反対になる、とも書く。期待している相手にこそ条件を突きつけ、判断は読者にゆだねる。私はその書き方が一番誠実だと感じました。