【感想・ネタバレ】キメラ 満洲国の肖像 [増補版]のレビュー

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Posted by ブクログ

王道楽土の建設の夢も歪み、占領政策化した満洲国の肖像を省みる。ロシアのウクライナ侵攻に合わせて、ロシアの主張と蛮行がもたらしているものが、私たちの歴史と無縁でないことを、今だからこそ思う。

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2022年11月20日

Posted by ブクログ

京都大学人文科学研究所教授(近代日本政治史)の山室信一(1951-)による「満洲国」の成立と変容。

【構成】
序章 満洲国へのまなざし
第1章日本の活くる唯一の途-関東軍・満蒙領有論の射程
第2章在満各民族の楽土たらしむ-新国家建設工作と建国理念の模索
第3章世界政治の模範となさんとす-道義立国の大旆と満洲国政治の形成
第4章経邦の長策は常に日本帝国と協力同心-王道楽土の蹉跌と日満一体化の道程
終章 キメラ-その実相と幻像

驚愕の歴史研究である。

「満洲国」と呼ばれる国は、わずか12年の間しかこの世に存在していなかった。にも関わらず、その実相についてある日本人は王道楽土を追求した理想郷といい、ある中国人は傀儡の「偽満洲国」であるという。
本書は、その満洲国を「頭が獅子、胴が羊、尾が龍という怪物キメラと想定してみたい。獅子は関東軍、羊は天皇制国家、龍は中国皇帝および近代中国にそれぞれ比」して、その胚胎していた要素が刻々と変化しながら表層に浮かび上がる様を記している。

明治の山縣以来、国家の利益線が主張されてきたが、第一次大戦後の満洲における軍閥割拠・反日運動激化への相乗効果として関東軍が肥大化した。そして、そのために内地の人口問題、食糧不足、朝鮮経営の安定化、そして来るべき大国との経済・軍事的競争に打ち克つために、広大な満洲を手中に収めることが必須と妄想されるようになった。
満洲事変は林銑十郎司令官隷下の朝鮮軍が越境したことにより軍事的成功を収めたことはまさにこの欲望を充足するためである。

そのような剥き出しの欲望とともに、蒋介石政権や馬賊の抑圧から満洲人民を解放し、日漢満鮮蒙の民族が相和す五族協和・王道楽土を満洲の地に築こうという理念も1920年代末から生起した。多数ではないが、満洲在住の漢人・満人の一部も満人の開放・独立を志向ししていた。
石原完爾・板垣征四郎が主導し純軍事的な行動であった満洲事変ではあったが、その裏には満洲独立を彩る道義的な理念がなかったわけではなかったことを第2章は示している。それ故に、ラストエンペラーであった愛真覚羅溥儀を執政として迎え、翌年には工程として即位させることがその理念実現には不可欠であった。

しかしながら、できあがった満洲国は総務庁を中心とした日系優位が貫徹した組織であり、重要ポストにおける日満比率は次第に日本側に傾斜し、建国時の理念を唱えた満人・漢人たちはことごとく排斥されていく。溥儀を補弼すべき国務総理大臣ですら、有能でもない、日本語も解さない人物が補せられ、全くの骨抜きとなっていく。無論その実験を握るのは関東軍司令官であった。
そして王道と唱えた、建国理念すらも日満一体の名の下に、八紘一宇という皇道に吸収され、皮相すら消え失せた。
五族協和といいながら、満人・漢人を徹底的に侮蔑し、労働力として駆り出し、収奪した作物を内地へ移入して満洲には還元せずに吸い上げていく。一方で、理想国家・計画経済の実験場としての満洲国に数多くの日本人テクノクラートが入り、辣腕をふるった。皮肉なことに、それを模倣した高度国防国家・国家総動員体制という名の下に、内地の日本に照射される。日本人が歴史上手にした最もエゴイスティックな国制が満洲国だったと言えるだろう。

その国家がソ連の侵攻により最期を迎える時、搾取の対象であった満人・漢人だけでなく、大号令をかけて内地から移民させた日本人農民すらも遺棄して国家中枢である関東軍首脳は逃亡した。
雲散霧消した国家の後に残るは、理想的な都市計画によって築かれた都市部の壮麗な建築物、あとは蹂躙された戦死者の遺体、遺された未亡人・子ども、シベリアに抑留された兵士、そして恨みの記憶であったろう。

文学的とも言える文章によって紡がれたこのどす暗い歴史。
思想史であり、政治史であり、社会史でもある。歴史学が総合的な学問であることを思い知らされる。
一つになりそうもないテーマを著者の実力で何とかまとめあげた、そんな印象を受ける。

何にせよ、新書か単行本かを問わず、「満洲国」を知る上で避けられない文献であり、時代を経ても読み継がれる古典となる一書である。

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2013年11月24日

Posted by ブクログ

「昭和の戦争だって、満州から撤退すればいいのに、できなかった。『原発を失ったら経済成長できない』と経済界は言うけど、そんなことないね。昔も『満州は日本の生命線』と言ったけど、満州を失ったって日本は発展したじゃないか」 と、小泉純一郎元首相は脱原発に転じて言った。

1929年に「満蒙問題の解決は、日本の活くる唯一の途なり」と言ったのは石原莞爾。しかし、満州国建国がなぜわが国にとって経済的救世主たりうるのか、そしてなぜ満蒙が起死回生の新天地と目されたのか、それは確固たる裏づけに基づいての展望ではない。単なる希望的観測にすぎなかった。そうした過剰な期待が吐露されたのは、世界恐慌に巻き込まれ、冷害や凶作に追い討ちをかけられてどん底にあった日本経済がその突破口として満州国に求めざるをえなかった。1931年には窮迫した農村で娘の身売りが続出して娘地獄と呼ばれる事態が起きた。東大法学部の就職率も26%と史上最低を記録。このような社会情勢のなかで、絶望と閉塞感の裏返しが満州国への希望となり、それが「満州へ!」という満州国ブームを沸騰させていった。 
当時の日本青年は、満州の地に民族協和する理想国家を建設しようと情熱を燃やして満州国に馳せ参じた。そして国づくりに精魂を傾けた。
ライフネット出口会長の推薦書。

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2013年10月05日

Posted by ブクログ

加藤陽子 満州事変から日中戦争へ―シリーズ日本近現代史〈5〉 (岩波新書)からの展開

満洲国についての概説書として、満洲国の国制や建国の流れ、その根底にあった思想について網羅しつつ、一方で掛け声ばかりの民族協和とその実態がもたらした不条理について迫力を持って描いている。
満洲国初心者としては非常に読みやすかったし、物語的にも非常に興味深く読むことができた。

一方でかなり筆者の満洲国に対するものの見方という点においては、満洲国の二律背反的な部分を認めながらも、基本的には批判的な立場をとっているため、一般的には十分に中立的だと思うが、読む人が読めば受け入れられ難いかもしれない。
少なくとも読んでいて胸がすくような本ではなく、読めば読むほどもやもやする本なので。

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2011年12月26日

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