あらすじ
読み継がれるパフォーマンス史の古典的名著、
最新版で待望の復刊
長らく絶版となっていた『パフォーマンス──未来派から現代まで』から約40年
大幅なアップデートを経て、〈パフォーマンス〉の120年史を詰め込んだ決定版!
ローズリー・ゴールドバーグによるPerformance Artは、20世紀以降のパフォーマンス史を描いた古典的名著として世界中で読み継がれています。1979年の刊行以来、4度の増補改訂のたびに同時代の動向を盛り込んできました。
日本では、1982年に『パフォーマンス──未来派から現代まで』(中原佑介訳、リブロポート刊)の題で初版の日本語訳が刊行されていますが、長らく絶版状態が続いていました。
2025年刊行の原書第4版を底本とする本書は、その復刊であると同時に、世界のパフォーマンスの「現在」を紹介する待望の翻訳となります。
現代美術のみならず、演劇、ダンス、音楽、扇動、祝祭、アクティビズムまで、ジャンルを横断して拡張を続ける〈パフォーマンス〉。
芸術の歴史において、それは既存の価値観や制度を破壊し、新たな方向性を探るための手段であり、ゆえに「前−前衛」であったと著者は言います。
本書では、1909年の未来派宣言にその源泉を探りつつ、2020年代におけるパンデミック下の実践を含め、計235点の図版でパフォーマンス史の全貌を鮮やかに描きだします。
本書前半では、未来派、ロシア構成主義、ダダ、シュルレアリスム、バウハウスなど、20世紀の前衛芸術運動におけるパフォーマンスの重要性を検証。
後半では、1960年代ニューヨークのアートシーンに始まり、大衆文化との混淆や新たなメディアの使用、人種的アイデンティティやジェンダー/クィアネスを扱う作品まで、同時代の多様な実践を考えます。
時代を貫く著者の視点が描き出すパフォーマンスの通史は、時を超えて新鮮に読み直すことができるはずです。
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Posted by ブクログ
この本については、1979年の初版に入っていたであろう第1章から第6章までと、改訂版にリアルタイムで増補された7章以降についてだいぶ読み味が異なりました。
前半についてはいわゆる「美術史」的な記述になっていて、未来派やバウハウスといった美術界の流れの中にパフォーマンス・アートを位置づけており、また歴史のつながりという面でもかなり意識された内容になっています。そして、マチューナスのフルクサスやヨーゼフ・ボイスの社会彫刻など戦後までいかにして到達したかというのが概観されていて、書籍タイトルから当初期待した内容をフォローしている形になっています。
一方で7章以降については、パフォーマンス・アートが絶えず社会の中に配置され、そして社会に対してどのような働きかけを行ってきたかという視点で描かれています。そのため、パフォーマンス相互の影響の記述が薄くなり、羅列的になっていきます。これはメディウムの多様化や美術館・美術評論といった制度の変容、なにより美術家として登場してくる人物の出自の多様性について、「美術史」の中におさめる試みが途上なんだろうなと言うのを感じさせます。とくに第9章、2010年代についての記述は多くがニューヨークのアフリカ系アーティストと性的少数者のアーティストに対する記述に割かれていて、なるほどこれがアメリカの分断か。。。となった内容でした。第一次トランプ政権についての記述はなかったですが、第10章の追加があるときには流石に無視することができない要素として入ってきそうです。
また、日本のパフォーマンス・アートについての記述はほぼなく、同時代の日本について記述するのは、日本人が主体となった書籍でないとなかなかという感じでしょうか。