あらすじ
本邦初訳、韓国発の衝撃の短篇小説集!
純度100%のケア文学
韓国社会と向き合った優れた作品に贈られるシン・ドンヨプ文学賞を受賞している女性作家による注目の短篇小説集。祖母の看病をする長男の嫁、育休中の母親、同い年の子をもつママ友、認知症の父を施設に預けている専業主婦の女性など、収録する10篇の主人公はすべて女性。ワンオペ育児や介護など、家族のケアに時間と労力を捧げる人々がケアされない日常の中で、不安、孤独、嫌悪感、愛着と憎しみにまみれながら静かに奮闘し、どんでん返しが待ち受ける――。
ケアする人が抱える不安や、繊細な感情の揺れを掬い上げ、ケアそのものを取り巻く社会の構造的な問題や矛盾も浮き彫りにする本作は日本の多くの読者に共感と衝撃を持って受け止められるだろう。
「ヨンジュの半分」:かつて同期だったヨンジュは息子を3歳で亡くしていた。「私」は育休中に子どもと出かけた公園で偶然ヨンジュと再会する。頻繁に会うようになったヨンジュの存在がワンオペ育児の唯一の息抜きになっていたが、ある日、ヨンジュが子どもの面倒を見てくれていた時に、死んだ子の名前で子どもを呼んでいる場面に出くわす……。
「ケアする心」:八か月の娘を抱えたミヨンは、職場復帰を前にベビーシッターを探すが、信頼できそうな人はなかなか見つからない。そんな時、同じ団地に夫婦で暮らす高齢女性、ナムヒが名乗りを上げ、自宅で子どもを預かりたいと言う。ミヨンは監視カメラを設置する条件で子どもの世話を頼むが、ある日、映らない場所の秘密を偶然目撃してしまう……。
[目次]
第一部
ナツメ
安
ギョンジャ
第二部
ヨンジュの半分
ケアセンター天国
ケアする心
私の隣人との距離
第三部
入所
特別災難地域
台風注意報
作家のことば
推薦のことば
訳者あとがき
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
『ナツメ』
屋敷のナツメの木を眺めながら、煙草をくゆらす祖母の姿は、幼い頃の私の憧れだった。しかし今では叔父の事業の失敗で屋敷は人手に渡り、祖母は重い肺がんで入院中。嫁を使用人のように使い、「私」が買ってきたナツメも吐き出す。祖母のお気に入りは男の孫、ヨンソク。ヨンソクが昔の屋敷にナツメを取りに行こうと誘う。
韓国では道端でよくナツメを売っている。ご馳走なのだろうな、と思っていた。根底にあるのは、日本にも残る家父長制。娘よりも息子。しかしその息子は祖母が自分の親に何をしたか全部お見通し。これ、息子は絶対自分はこんな風にはならない、と思うのだろうか。
『安』
「私」には、自分を殺して旧家の長男の嫁の務めを果たしてきた叔母と、次男の嫁で、女はどんどん働くべきで、キャリアアップすべきと信じる母。結婚を機に「私」は義母というもう一人の母が登場し、自分の人生を見つめなおす。
実家に戻れば、よき嫁と認められる叔母を肯定し、自分と同様キャリアアップを勧めてくる母がうっとうしい。しかしいざ結婚して長男の嫁=叔母と同じ立場になった時、果たして叔母の態度が正しかったのか?という疑問を抱く。何でも、見ているだけではわからない。
『ギョンジャ』
上司のパワハラがきっかけで交通事故を起こして、拘置所にいる弟のために、母は「私」に、父のいとこのギョンジャお嬢さんを訪ねて欲しいと懇願する。一族の反対を振り切って映画スターになるために上京し、生活のためにナイトショーで歌っていたギョンジャは、最終的には過去の独裁者の庇護を受ける。親族からは誹りを受けるが、一族で最も権力に近い存在であることは間違いなく、「私」はギョンジャがひとりで住むマンションを訪ねる。
ケア=介護と考えると、本編はあまり関係ない。昔、歌手志望や女子大生が、権力者に気に入られてそのまま関係を持たされるという事が、軍事政権下ではあったらしい。確かに今ではないだろうが、当事者だけに拒めというのも難しい。守ろうともしなかった家族は批判だけして、都合のいい時だけ頼ろうとする。それは確かに自分本位過ぎる。
『ヨンジュの半分』
かつて同期だったヨンジュは息子を3歳で亡くしていた。「私」は育休中に子どもと出かけた公園で偶然ヨンジュと再会する。頻繁に会うようになったヨンジュの存在がワンオペ育児の唯一の息抜きになっていたが、ある日、ヨンジュが子どもの面倒を見てくれていた時に、死んだ子の名前で子どもを呼んでいる場面に出くわす。
結婚で先を越されたと思っていたヨンジュが、亡くなった子供の名前で自分の名前を呼んでいたことに激怒する「私」。自身としては、「私」が過剰反応しすぎでは?と思ったが、母としてはやはり嫌なものなのか。
『ケアする心』
八か月の娘を抱えたミヨンは、職場復帰を前にベビーシッターを探すが、信頼できそうな人はなかなか見つからない。そんな時、同じ団地に夫婦で暮らす高齢女性、ナムヒが名乗りを上げ、自宅で子どもを預かりたいと言う。ミヨンは監視カメラを設置する条件で子どもの世話を頼むが、ある日、映らない場所の秘密を偶然目撃してしまう。
これも主人公に違和感を覚えた。ないものねだりのような気がする。他人に託すので、どこかで妥協が必要だったのでは。それとも、作劇上わざわざ相いれない人物ばかりを入れてきていて、最後とても陰鬱な気分にさせるのが目的だったのか。
『私の隣人との距離』
航空会社に勤め、育休中のジョンユンと、一回り下の専業主婦ヘミ。同じ地域で似た年齢の子供を育てていることで親しくなったが、ジョンユンはヘミに優越感を抱いていた。理由はジョンユンの家の方が高級だったから。しかしコロナ禍と不動産価格の高騰を経て、二人の立場が逆転する。
子供同士が同じ年ということで、何となくライバル意識を持っていたら、当の相手がいつの間にか自分よりも裕福になっていた。どっちもどっちでは、という感想。
『特別災難地域』
イルナムは、90過ぎの実父を療養病院に入院させ、自宅では夫と二人で孫娘ガヨンを育てている。ガヨンの父は公務員試験に挑戦中だが、なかなか芽が出ない。幼い頃から女性が家事をするべきだと考えていたイルナムは、長女と馬が合わない。そこへ新型コロナウィルスのパンデミックが始まり、ガヨンに犯罪の影が。
親でなく祖父母が孫を育てるケースを祖孫家族というそうだが、韓国でも日本同様、サポートの仕組みが整っていないそうだ。これから携帯など新たな機器の用い方を覚えていく孫を、衰えていく一方の祖父母がフォローできるはずがない。危険はSNSなど新たな情報ツールにこそ潜んでいるのに。
『入所』『ケアセンター天国』『台風注意報』収録。