あらすじ
「カッコ悪いフェミニストがここにいる」
「弱さ」と共にある、これからの思想のかたちを描き話題を呼んだ名著に、書き下ろし「新しい「ぼそぼそ」たちへ」を加えた、私たちのためのフェミニズム宣言書。
就活・婚活、非正規雇用、貧困、ハラスメント、#MeToo……
現在の社会が見ないようにしてきた問題を、さらには、それと闘うはずのフェミニズム理論や社会運動からすらこぼれ落ちてきたものを拾い集めて、つぶやき続ける――〈私〉が、そして〈あなた〉が「なかったこと」にされないために。
「弱さ」と共にある、これからのフェミニズムのかたち。
【目次】
はじめに ぼそぼそ声のフェミニズム
「わからない」を抱えつつ
私の「フェミニズム」との出会い
身近な女性たちから感じるフェミニズムの気配
フェミニズムと祈り――己の「弱さ」に心を向けていく
この本の読み方
Ⅰ 〈私〉から出発し、女性の貧困を見据えること
1 ないものとされてきた女性たち
私はないものとされてきた
「結婚さえすれば」……
「贅沢」と「貧乏」
2 教える/教わる「女性の問題」
「学校外」で学んだ女性解放の思想
「フェミニズムは教えるものではなく“教わる”ものである」
「教える」場所と「教わる」場所
学校の記憶から
3 シューカツを巡る〈大人〉の欲望のまなざし
「ものすごい、ショックです」
「就職活動」と「シューカツ」
「××カツ」を巡る欲望
4 取り散らかった「私の部屋」から出発する
私という部屋
変わったこと・変わらないこと
増殖してゆく問い
男性の貧困との位相の違い
「政治」に関わりうる回路
「組織」に向き合う
Ⅱ 女性を分かつもの
5 労働の「他女」/アカデミックなフェミニズムの「他女」として叫ぶこと
「働くことが怖い」――働く女性たちを突き刺すとき
無頓着な暴力装置としての会社
「キャリア」と「自己実現」
すべてにいったん「?」をつぶやく
6 〝偽装〟婚活迷走レポート
“偽装”婚活の一歩
婚活について語る困惑
某大手結婚相手紹介サービスでのカウンセリング
7 「愚かさ」「弱さ」の尊重
運動の中に居場所はなかった
努力ができないということ
「できる」でも「できない」でもなく
Ⅲ 新しい「運動」へ
8 「自立」に風穴を開けるために
「自立」はどうしてこんなに怖い言葉になったのか?
「大変」「努力」そして「自立」
かつての「憧れ」の自立
「自立とは孤立だ」
対話の場作り
9 「気持ち悪い」男・「気持ち悪い」出来事
「運動内の人間関係も政治的なこと」
「かわいそう」って何だ?
支配欲の「気持ち悪さ」
10 真空地帯としての社会運動
「犬をけしかけられる」ような苦しみ
声を上げるとは?――「公」としての運動の領域を巡って
歴史の断絶――「組織内女性差別問題」を巡って
恋愛という名の免責作用
真空地帯が開かれること
11 「私も」(MeToo)を支えるもの
「私も」の「も」
「私が」という馴染み深い感覚
「あなたは一人ではない」
Ⅳ 新しい「ぼそぼそ」たちへ
12 「ぼそぼそ声」と「フェミニズム」
「ぼそぼそ」の理由
「自分の名前」の本
学者ではない女性が語るフェミニズム
覇気のないフェミニスト宣言書
社会に響くぼそぼそ声
あとがき
増補新版へのあとがき
【著者プロフィール】
栗田 隆子 (くりた・りゅうこ)(著)
文筆家。1973年生まれ。大阪大学大学院で哲学を学び、シモーヌ・ヴェイユを研究。その後、非常勤職や派遣社員などのかたわら女性の貧困問題や労働問題を中心に新聞・雑誌などで執筆。著書に『「働けない」をとことん考えてみた。』(平凡社)、『〈シリーズ「あいだで考える」〉ハマれないまま、生きてます――こどもとおとなのあいだ』(創元社)、『呻きから始まる――祈りと行動に関する24の手紙』(新教出版社)、共著に『高学歴女子の貧困――女子は学歴で「幸せ」になれるか?』(光文社新書)、『フェミニズムはだれのもの?――フリーターズフリー対談集』(人文書院)、『1995年――未了の問題圏』(大月書店)など。
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Posted by ブクログ
ぐるぐるぼそぼそと紡がれた言葉たち。
その言葉が表す思いにただただ共感。
明朗快活に言語化するというのとは違うが、でもこうとしか記せないと思う。
女性が抱える不自由さや不快さは、それほど複雑に重層的に絡み合っている。
この本が版を重ねて読まれている社会であることに、頼もしさを感じる。
フェミニズムがエリート女性だけのものになっていないかという指摘、
労働組合その他社会活動団体がハラスメント温床になりがちな実体、
メディアが作る言葉(就活、婚活、など)が当事者を当人達も無自覚な形で追い詰めていく様子、
無自覚な支配欲の「気持ち悪さ」、
自立という言葉の罠、など。
鋭い眼差しでぼそぼそ記してあった。
内容は多岐に渡ったが、特に印象に残った点。
女性が努力し高い職業能力を身につけることで差別されなくなる、という発想は、能力が低ければ差別されても良いという危険な無意識と表裏一体である、という指摘。
性差に限らず、あらゆる差別の隣にある危険性であろう。
"「愚かさ」「弱さ」を帯びていても最低限の尊重を求めて生きていけるにはどうしたらいいのか?という問いをどうしても、私は捨てることができない。"
と筆者は言い、答えは無い。
しかしそこを理想として持ち続ける社会であるか否かで、違ってくるのだろう。
追記
"自分が社会に関わり、社会を変える手立てを取り戻すために、いわば個人のスキルに還元されないコミュニケーションを、対話を、生み出すことが必要なのだ"165頁
本書の内容ではないが、9月26日の日経夕刊に、世界で若年男性を中心に女性への反感が広がりつつあり、SNSでは女性を敵視するコミュニティーが勢力を拡大しているとあった。
ブラジルでは2025年のフェミサイドが1500件超とのこと。
フェミニズムに限らず、弱い声が無視されない言論空間の誕生を待ち望まずにはいられない。