あらすじ
ここは江戸のはずれ、目黒の尼寺・千光寺。庵主をつとめる慈恵尼のもとには、今日も悩みを抱えた人々が集まってくる。
金物屋「田口」のあるじ夫婦が訪れ、もう4年以上も家に引きこもっている一人娘のとしを寺で預かってほしいという。数日後、いやいやながらやってきたとしだったが、寺で過ごすうちに、父母に見捨てられ、弟とともに寺で暮らす少女・さきと心を通わすようになる。そして、としはなぜ自分が外に出られなくなったかをさきに告白するのだが……。
野草の天ぷらや揚げだし豆腐のきのこあん、むかごご飯などなど……庵主・慈恵尼が野山の恵みを使って作るお寺の料理も心に沁みる! 書き下ろし時代小説、シリーズ第二作。
五十嵐佳子 山形県生まれ。お茶の水女子大学文教育学部卒業。著書に『妻恋稲荷 煮売屋ごよみ』『金子と祐而 歌に生き愛に生き』、「結実の産婆みならい帖」シリーズ、「新川河岸ほろ酔いごよみ」シリーズ、「なんてん長屋」シリーズなど多数。
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Posted by ブクログ
慈恵尼(じけいに)が庵主(あんじゅ)を務める、目黒の尼寺・千光寺(せんこうじ)のシリーズ第2弾。
人の懐にするりと入り込む、ほんわかした雰囲気の慈恵尼。
そして、人を使うのがうまい(和清尼/談)
やってみる? やってみて、簡単だから。 それじゃお願いね。
誰も断れない(笑)懐に入り込まれてしまうから。
摘み草に誘い、一緒に料理を作り、手を動かしながらだと不思議と話が引き出しやすくなる。人前では話しづらい事もあるから。
五のつく日に女たちの話を聞く集まりがあり、終わった後にはみんなでお経をあげて、食事をする。
慈恵尼たちの素朴だが心尽くしの美味しい料理に、泣いていた女も、人の話に割り込んで憎まれ口を叩いていた女も、ホッと顔をゆるませる。
食が心を開くこともあるのだ。
きつい物言いをする女も、慈恵尼にかかれば、草を摘まされてしまう。そして、草など摘んだことのない武家の女は、うっかりミゾソバのとげに触れてしまう。
「その棘で自分の身を守ろうとしているんでしょうね」と言う慈恵尼。言葉のきつい女のことなのかな?
尼さんは怒らないのかと聞かれ、言葉にはしないけれど、そんな気持ちになる時もあると言う慈恵尼。
怒っているときはどうやら、自分が正しく、相手が間違っていると思うときらしい。
言っていることは正論でも、その言葉が人を傷つけることがあるというのは、今のSNS社会の大きな問題点でもあり。
女たちの悩みも、現代と通じる生きづらさで、何かと身につまされる。
・引きこもりになてしまった若い女性も、きっかけは些細なこと。
・旗本の家に還暦まで奉公し、お針子から女中頭まで務め上げて、奥方にも大層頼りにされていた女は、退職したら生きがいを失う。
男に頼らず自分自分を養ってきた、今で言う立派なキャリアウーマンであるが、誰もそこを褒めず、一度も嫁がなかったこと、子を持たなかったことを散々に責められるのだ。
さきと草太のきょうだいは、親に捨てられて寺で暮らしている。
この、さきが、自分よりも十も年上の女たちにかける言葉が、苦労しているせいか、かなり忖度がない。
いや、10歳の少女だから、素直、と言うべきか。
その一方で、寺での仕事のやり方をそっと教えたりする。
さきの言葉で自分の胸の内を考え直すことになる女もいる。
なかなかの人徳であると思う。末が楽しみだ。