【感想・ネタバレ】オイディプース王のレビュー

あらすじ

ギリシア悲劇の最高傑作と評される本作は、詩人ソポクレース(前496頃-前406年頃)によって、前441年から前432年のあいだに書かれたと推定される。
フロイトの「エディプス・コンプレクス」をはじめ、後世に多大な影響を及ぼし、今日まで読み継がれてきた本作のあらすじは、よく知られている。
――劇の冒頭、オイディプースはテーバイの王として登場する。かつてスピンクスによるテーバイの危機を救った王は、新たに疫病が国を襲った今、神のごとき救い主として市民たちの嘆願を受け、自信にあふれた姿でこれに対処しようとしている。それは劇の最後で、父を殺し、母と交わって恥ずべき子供をつくったことが判明し、わが手で目をつぶし、みずから呪われた身となる男とはあまりにも対照的な姿である。そして、冒頭の姿がオイディプースの「非・真実」、最後の姿が「真実」であり、詩人は「非・真実」と「真実の対照」を示しているように見える。しかし、冒頭の姿はスピンクスを退治した功績によるものである以上、「非・真実」とは言いきれない。ここにあるのは真実を恐れると同時に真実を求めるオイディプース自身に重なる。訳者は言う。

「この劇においてわれわれの心をはげしく揺さぶるのは、真実を恐れて逃げようともがき、かえって真実に引きつけられて破滅するオイディプースの姿である。父を殺し母と交わる定めを告げられたとき、誰がこれを恐れずにいられようか。〔…〕だが真実にたいする恐怖が真実を見失わせるのはオイディプースだけではない。〔…〕われわれの中には暗い未知のものがある。われわれは、自分が何者なのか本当に知っているのか。日常の生活において見せかけ(非・真実)の中で暮らしているのではないか。〔…〕 『オイディプース王』がわれわれの心を揺さぶってやまないとすれば、それはわれわれ自身の中にオイディプースが宿るからにほかならない。」(「訳者解説」より)

このあまりも有名な作品には数々の日本語訳があり、文庫版も複数存在している。しかし、1990年に『ギリシア悲劇全集』のために訳し下ろされた名訳が、顧みられないままになっていた。キケロー『国家について 法律について』に続き、碩学が残した貴重な仕事を学術文庫に収録し、後世に継承するべく、ここに刊行する。

[本書の内容]
[プロロゴス]
[パロドス]
[第一エペイソディオン]
[第一スタシモン]
[第二エペイソディオン]
[第一コンモス]
[第二スタシモン]
[第三エペイソディオン]
[第三スタシモン]
[第四エペイソディオン]
[第四スタシモン]
[エクソドス]
[第二コンモス]

ヒュポテシス(古伝梗概)
訳者解説

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Posted by ブクログ

運命が人間を支配する。不吉な予言からは逃げられない。抗ったはずの行動が運命として仕組まれている。オイディプースはスピンクスの謎歌は解けても自分の出生の謎は解けない。目が見えていても真実は見えない。冒頭で神に近い存在であるかのように登場した王は、権勢を失った盲目の父親として舞台を去っていく。運命に弄ばれて。

訳註の量がすごい。岩波のギリシア悲劇全集からの文庫化。なぜ岩波文庫ではないのか不思議。

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2026年04月27日

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