【感想・ネタバレ】資本主義を半分捨てるのレビュー

あらすじ

お金になりにくい文化や教育的営みは役に立たないのか? 資本主義的な都市とそこから離れた山村の二つの場所を行き来しながら、自分の感覚にしっくりくる言葉や表現を磨き、自分らしく生きるための道筋を探っていく――。他人の評価や市場のものさしにとらわれず、自分だけの生き方をみつけよう。私たちが抱える「生きづらさ」から抜け出してちょうどよく生きるためにどうすればいいのか。現代を生きる私たちがどうすれば人間らしく暮らせるのか、自分に合った答えを見つけるためのヒントがここにある。 【目次】はじめに/第一章 僕たちが山村に越して分かったこと――二つの原理を行ったり来たり/第二章 社会全体を学びの場としてとらえる――脱学校、脱病院の思想/第三章 働くとはなにか――ルチャ・リブロとヴァナキュラー/第四章 数値化できないものについて語る――「オムライスラヂオ」/第五章 尊厳を認め合いながら生きるには――『ジェンダー』

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Posted by ブクログ

・交換価値が本質的な価値とされているが、使用価値を忘れてないか?
・資本主義は経済が回るように、無料や低単価が市場に回るのを避ける傾向にある。マーケティングによって無料の美しさが、周囲の中で低いものとされることが多々ある。これは知っておきたい。
・労働や紙幣は生を生きるための交換を円滑にするものだったが、投機や利潤追求の手段として肥大化しすぎた。→経済は社会から独立してしまった。
・資本主義を内面化してしまうと、誰かに必要とされなければ価値がないと思ってしまいがち
・組織内で評価されて初めて価値が生まれるという考えに陥りやすい現代で、存在の尊厳をあたたかく見守れる力も持ってたいな
・労働力を商品化し、他社ニーズによって駆動する市場原理の中で目指される自律の先には共生ではなく孤独がある。
★他社ニーズに応えることから立ち上がる近代的な個人ではなく、自己ニーズに基づく手作りから生まれる過剰をお裾分けし合う、この強制の先に自立した個人がある。
→他社にギブするために最強になると豪語するが、最強の意味を「資本主義社会の中で他社ニーズに応え、交換価値を上げること」にしてしまうと、自分の理想とするものとは離れて行く。
→「自己ニーズに向き合い、どんな厳しい資本主義自分の存在の尊厳を認めてあげ、自己充実の余剰分をお裾分けすることで与えられるギブ」を目指していきたいなあ
ただ、資本主義ど真ん中で戦ってる以上、交換価値を高めたうえで個人的には上記の考えを大事にしていたいな

ちょうどよく生きていこう!

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2026年05月04日

Posted by ブクログ

『手づくりのアジール』などでご高名な青木真兵さんのこちらの新著を購入して読んでみたのですが、人文知の意義について書かれてあったり、「全体の調和の回復」を志向するのが流動的知性であるといった内容が書かれてあり、医療人文学に繋がる内容のようにも読めて面白いです。「ちょうどよく生きる」ことを医療の面から関わり支えようとするのが、家庭医療なのかもとも思ったり。

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2026年02月25日

Posted by ブクログ

資本主義社会とは、あらゆるものを「商品」として提供することで成り立つ。自分をも。自分を商品として提供するということは、必要とされるような付加価値をつけなければいけない。そこが、自己ニーズと離れてしまうとき、生きづらさを感じてしまう、というように理解しました。

言葉にできなかった•しようとしていなかったけど、ここ数年感じていた違和感はこういうことか、と腑に落ちました。

著者自身、答えが出たわけではないというようなことを書かれているので、明確な結論の出ている本ではありませんが、私には新たな気づきをもらえる本でした。

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2026年05月17日

Posted by ブクログ

読みやすく、面白かったです。(挿絵も可愛い。)
本書を読んだ上で、評価をつけてよいものかは悩ましいが、自己ニーズに基づく余剰のお裾分けということで。 

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2026年02月23日

Posted by ブクログ

「市場価値だけでは測れないものは、本当に価値がないのだろうか。」

『資本主義を半分捨てる』は、資本主義を否定する本というよりも、私たちが無意識に従っている「市場のものさし」を問い直す本だった。

本書では、売れるかどうか、評価されるかどうかといった交換価値だけでなく、人や物が本来持っている価値にも目を向ける。SNSや自己啓発、キャリア形成などを通じて、現代は何でも数値化・商品化しやすい時代になった。しかし、人との雑談、地域文化、趣味の時間、安心できる居場所のように、人生を支えている重要なものほど数値化しづらい。

特に印象に残ったのは、「もう十分だと認めること」という考え方だった。現代社会は常に成長や効率化を求めるが、自分にとっての「ちょうどよさ」は他人との比較では決められない。どこまでを求め、どこで立ち止まるかは、自分自身との対話が必要になる。

また、本書は働くことや教育、医療、ジェンダーなど幅広いテーマを扱うが、共通しているのは「数値や制度だけでは捉えきれない人間の営み」への視線である。西洋医学の検査数値と本人の体感、学校の評価と学びそのもの、効率化と雑談のように、現代社会は測りやすいものを重視する一方で、測りにくいものを見落としがちだと気付かされた。

読んでいて、資本主義や市場そのものを否定する気にはならなかった。むしろ、お金や数値は便利な道具だが、それだけで世界を理解した気になってはいけないのだと思う。客観的な指標と自分の実感、その両方を行き来することが大切なのだろう。

本書を読んでいると、「何が正しいか」よりも、「自分はどんなものさしで世界を見ているのか」を考えたくなる。私たちは普段、数字にならないものをどれだけ大切にできているだろうか。そんな問いを静かに投げかけてくれる一冊だった。

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2026年06月04日

Posted by ブクログ

自己ニーズと他者ニーズを行ったり来たりして、ちょうどよく生きることをかんがえる。そのための考え方、社会の在り方・見方を、筆者の考えや思想家イリイチの言葉を紐解きながら学べる本。

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2026年05月17日

Posted by ブクログ

里山資本主義的な。イリイチが引かれるところなどは関心は増したものの、生きづらい現代との対比としてのスローライフといった範疇。

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2026年04月17日

Posted by ブクログ

「誰からも理解されなくても、自分にとって安心できること、心地よいこと、美味しいこと、面白いことを感じている、その心の襞を守る」という一節が良かった。
まずは自己ニーズを大切にし、社会や周りが求める他者ニーズに応えていけるような自由な人でありたいと思った。

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2026年03月23日

Posted by ブクログ

タイトル買い。
やや求めてるものとはズレてたが、結構面白かった。「おわりに」で、ゴールや結論はまだ出てなくて模索中って書いてあるのも良い。


資本主義では、ほとんどのものが「商品」として扱われそれは我々人間も例外ではない。それに組み込まれてしまうと交換可能な商品としての社会的価値を追い求めることになってしまい、自己ニーズではなく他者ニーズに従う息苦しい人生が待っている。そうではなく、自己ニーズを満たしていった(ヴァナキュラーな営みの)先で、過剰に得た分を再分配するような、贈与と返礼の循環を再構成する。すなわち自立共生的、コンヴィヴィアルな社会を目指す。
これが主題だが一方で、完全にヴァナキュラーな営みで生活を満たす、真のコンヴィヴィアルな社会を目指すだけが大事なことではなく、生き方を選ぶためにも現代のテクノロジーの恩恵を適度に受けながら、ちょうど良い暮らしを模索する。こちらが本題であった。

いいとこ取りしてちょうど良い暮らしを目指す勇気的なものをもらえた。


最近他の本読んでても思ったけど、そもそもなんで人間って繋がりを必要とするんだっけ?完全に孤立して生きていくことになんの不都合があるんだっけみたいなことを再考するきっかけになりそう。

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2026年03月13日

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