あらすじ
お金になりにくい文化や教育的営みは役に立たないのか? 資本主義的な都市とそこから離れた山村の二つの場所を行き来しながら、自分の感覚にしっくりくる言葉や表現を磨き、自分らしく生きるための道筋を探っていく――。他人の評価や市場のものさしにとらわれず、自分だけの生き方をみつけよう。私たちが抱える「生きづらさ」から抜け出してちょうどよく生きるためにどうすればいいのか。現代を生きる私たちがどうすれば人間らしく暮らせるのか、自分に合った答えを見つけるためのヒントがここにある。 【目次】はじめに/第一章 僕たちが山村に越して分かったこと――二つの原理を行ったり来たり/第二章 社会全体を学びの場としてとらえる――脱学校、脱病院の思想/第三章 働くとはなにか――ルチャ・リブロとヴァナキュラー/第四章 数値化できないものについて語る――「オムライスラヂオ」/第五章 尊厳を認め合いながら生きるには――『ジェンダー』
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Posted by ブクログ
『手づくりのアジール』などでご高名な青木真兵さんのこちらの新著を購入して読んでみたのですが、人文知の意義について書かれてあったり、「全体の調和の回復」を志向するのが流動的知性であるといった内容が書かれてあり、医療人文学に繋がる内容のようにも読めて面白いです。「ちょうどよく生きる」ことを医療の面から関わり支えようとするのが、家庭医療なのかもとも思ったり。
Posted by ブクログ
読みやすく、面白かったです。(挿絵も可愛い。)
本書を読んだ上で、評価をつけてよいものかは悩ましいが、自己ニーズに基づく余剰のお裾分けということで。
Posted by ブクログ
「誰からも理解されなくても、自分にとって安心できること、心地よいこと、美味しいこと、面白いことを感じている、その心の襞を守る」という一節が良かった。
まずは自己ニーズを大切にし、社会や周りが求める他者ニーズに応えていけるような自由な人でありたいと思った。
Posted by ブクログ
タイトル買い。
やや求めてるものとはズレてたが、結構面白かった。「おわりに」で、ゴールや結論はまだ出てなくて模索中って書いてあるのも良い。
資本主義では、ほとんどのものが「商品」として扱われそれは我々人間も例外ではない。それに組み込まれてしまうと交換可能な商品としての社会的価値を追い求めることになってしまい、自己ニーズではなく他者ニーズに従う息苦しい人生が待っている。そうではなく、自己ニーズを満たしていった(ヴァナキュラーな営みの)先で、過剰に得た分を再分配するような、贈与と返礼の循環を再構成する。すなわち自立共生的、コンヴィヴィアルな社会を目指す。
これが主題だが一方で、完全にヴァナキュラーな営みで生活を満たす、真のコンヴィヴィアルな社会を目指すだけが大事なことではなく、生き方を選ぶためにも現代のテクノロジーの恩恵を適度に受けながら、ちょうど良い暮らしを模索する。こちらが本題であった。
いいとこ取りしてちょうど良い暮らしを目指す勇気的なものをもらえた。
最近他の本読んでても思ったけど、そもそもなんで人間って繋がりを必要とするんだっけ?完全に孤立して生きていくことになんの不都合があるんだっけみたいなことを再考するきっかけになりそう。