あらすじ
想像を絶するほどの貧困、高等小学校卒、40歳を過ぎて文壇デビュー、そして国民作家へ。
逆境から運をつかみ取った生涯を描く、松本清張「初の本格評伝」が登場!
文豪が体現した「不屈のバイタリティ」と、それを育んだ「昭和という時代の力」を描く。
幼少期の秘話、思春期以後の恋愛、戦争体験……知られざるエピソードが満載。
・原 武史氏(明治学院大学名誉教授)絶賛!
いかにして清張は「国民作家」となったのか。
そのルーツが初めて明かされた記念碑的作品だ。
新たな事実を掘り起こしてゆく著者の筆力に
ぐいぐいと引き込まれた。
・ 酒井順子氏(エッセイスト)絶賛!
松本清張の向上心、行動力、信念が本書からほとばしる。
清張の人生を知ることは、昭和を知ることだ。
<本書の内容>
第一章 運命をひらく
行商の旅で鍛えた「作家の足腰」/米兵の死体処理のアルバイト/人生の起爆剤となったデビュー/だまされた経験を「復讐劇」に/お色気小説も書いたデビュー前/「誤解」がもたらした芥川賞受賞 ほか
第二章 出生をめぐる謎
「マイナス観光地」での幼少期/崖崩れで生き埋め寸前に/戸籍上は「私生児」だった理由/生後まもなくは「松本清治」だった/出生地と生年月日の謎解き/残飯の魚の骨の汁をすする生活 ほか
第三章 文学の光
励ましてくれた教師/大正時代から戦後の学歴事情/12歳、詩人としてデビュー/現実逃避できた読書/解雇と芥川の自殺/見習いの印刷画工に/初めて小説を執筆/特高による拷問と留置場経験 ほか
第四章 結婚と戦争
「ハーレー事件」と親友の戦死/「往復三時間」の恋愛と失恋/「印刷所の米櫃」の結婚/「巻紙に毛筆」で採用を求めた手紙/つかみ取った「正社員」/三〇代半ばで召集されたことへの怒り ほか
第五章 国民作家の誕生
清張の将来を予見した坂口安吾/『点と線』の大ヒットと「清張待ち」/江戸川乱歩の後継者に/『ゼロの焦点』と社会派推理小説ブーム/絶世の美女と消えた清張/寂聴が本気で怒った悪女 ほか
第六章 文豪の晩年
驚異的な仕事量と発行部数/「ゴーストライター疑惑」の真相/「戦後日本の闇」に斬り込む/『砂の器』に込めた父への思い/長者番付で見る絶頂期/未完の遺作『神々の乱心』/国民作家の最期 ほか
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Posted by ブクログ
■はじめに
数年前、松本清張の『実感的人生論』(中公文庫)を読んだ。
あれほど巧みなストーリーテリングで、読者をぐいぐい引っ張る小説を書く作家が、人生論を語ると、なぜこんなにも筆が鈍るのか。期待していただけに、正直、肩透かしを食らった印象が残った。
もちろん、「文豪は随筆が不得手だった」と断じるつもりはない。あくまで私的な読後感。
確かに、人生論という主題を選んだ瞬間、人は否応なく自身の半生と向き合わざるを得ない。貧困、差別、無学、容貌―清張自身に降りかかった過酷な人生は、「語るには痛すぎる領域」だったのではないか。
……そう考えたほうが、僕には腑に落ちる。
そんな読書体験を経て、本書を手に取った。
■内容
本書は、従来の清張論ではほとんど触れられてこなかった幼少期のエピソードや恋愛関係を含め、松本清張の生涯を、周到な取材と資料に基づいて描き出した人物評伝。
数多の証言、清張自身の小説やエッセイに点在する半生の痕跡、小倉市の松本清張記念館の資料、さらには新たに発見された12歳当時の詩までを丹念に織り込みながら、一般に知られていない事実を提示していく。
41歳という遅い作家デビューから、怒涛の執筆活動へ。本格推理、社会派ミステリー、ノンフィクション、歴史小説、古代史、現代史―その守備範囲を支えた知的関心の広さは、まさに「昭和の知の巨人」と呼ぶにふさわしい。
本書後半では業績にも触れるが、著者の眼差しはあくまで「なぜ松本清張は、これほど多様なテーマで、あれだけの作品を書いたのか」に向けられている。
■感想
著者が説く「清張的思考と創作の構造」を〈骨〉〈肉〉〈血〉の三層に分けてみると、本書が優れた評伝として成立している理由が、はっきりと見えてくる。
【骨】
清張は、自身の痛切な過去を直接語ることを選ばなかった作家。恨みや嘆きを一人称で吐露する代わりに、それらを社会の問題へと変換し、大衆小説という器に移し替えてみせた。
【肉】
著者は、その“変換以前”の過酷な人生―幼少期の貧困や屈折―を暴露的にもセンセーショナルにも消費せず、また感傷的にも回収せず、静かに照らし出し、清張の創作姿勢へとつなげてみせる。
そこに書き手の功名心や裁断の気配は一切なく、終始リスペクトが底流している。
【血】
その結果、読者に起きる変化は明確。この一冊で「清張を理解した」と思わせるのではなく、なるほど…「もう一度、清張を読み返したい」と思わせる。評伝として、実に優れた一冊だと思う。
■おわりに
読み了えて強く感じたのは、松本清張という作家の倫理について。
自らの不遇や怒りを、恨みつらみとして語ることを拒み、それらをそのまま投げつけるのではなく物語へと希釈し、社会へと差し出した。
そう、「恨みを物語に変換した」作家だと言える。
その冷静さと忍耐こそが松本清張の凄味であり、多くの作品が今日まで読み継がれ、映像化されてきた理由なんだと思う。
著者はそれを伝えるために、清張の人生を「ここまで書く」必要があった―と、僕は読んだ。
おそらく誰よりも、清張自身が、この書き方なら…と、静かに肯いているに違いない。