あらすじ
20世紀を代表する心理学者カール・グスタフ・ユングは、生涯を通じて人間の深層心理に迫り、バリエーション豊かな独自の理論を提示した。その思想は心理学にとどまらず、哲学・芸術・宗教の世界にまで影響を及ぼしている。本書は、ユングの膨大な著作や言葉から珠玉のフレーズを厳選。困難な時代を生きる私たちに「自分とは何か」「生きるとは何か」という根源的な問いを投げかけ、生き方を見直すための方針を与えてくれる。
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Posted by ブクログ
本書はユングに興味を抱いた読者にぜひとも薦めたい一冊である。河合隼雄の先駆的な仕事によってユングを読もうと思った読者は多いのではないだろうか。それと同時に精神医学や心理療法の分野、あるいは思想といった側面からユングはさまざまに翻訳が試みられ、ユングその人がどんな人であるのか、何をしようとしたのかを理解するには、どこかのタイミングでユングその人の著作や伝記を邦訳で読むことになろう。しかし実際に読もうとしてさまざまな訳者の仕事に触れて、道に迷った感覚に陥ってしまうこともあるかもしれない。本書はまさにそういった感覚を抱いたことのある読者のための本である。
本書の著者は多数のユングの翻訳を手掛けており、ユングを知りたいと思う読者に力強い助けをもたらしてくれる新進気鋭のユング研究者である。その著者がユングの全著作から印象的な言葉をピックアップしてそのエッセンスを読者に提示してくれる一冊なのである。本書に選ばれる言葉はどれもその文脈を欠いていながらも、一人ひとりの「こころ」に刺さるものばかりである。ユングの著作に触れる時に心を巡る二つの言葉が登場する。それは「心(Psyche)」と「こころ(Seele)」である。前者は意識と無意識の総体であり、後者は「たましい」とも訳され、自我が客体として無意識に体験する内容であると説明される(本書45頁)。この簡潔なコラムひとつでユングが取り組もうとしたことの輪郭がくっきりと浮かび上がってくる。本書においてはさまざまなユング心理学におけるキーワードを要所要所で取り上げながら簡潔にスパッと説明すると同時に、具体的な指摘を通して奥行きを垣間見させ、安易な理解に陥らないための配慮が随所に見られる。本書を読み進めることを通して読者はユング心理学でよく目にする、補償、連想、錬金術、自我、アニマ/アニムス、転移、投影、神話といった言葉をより深く理解する手掛かりが得られよう。
本書に引用される文章の一つひとつを読みながら、ほぼ毎回のように巻末の出典案内を確かめていた。ちょうど本書刊行後に光文社古典新訳文庫から出たユング自伝の下巻にドイツ語著作集全巻案内が収録されており、より網羅的に邦語文献の有無を調べることができる。ユング自伝の新訳もまた大塚氏の本書と併せて手元に置いておきたい一冊であろう。おそらく本書の読者は著者が邦訳している『夢分析論』や『心理療法の実践』へと手を伸ばすことであろう。それに、奇異の目を向けられがちな晩年の思索についても地に足の着いた用語解説とともに案内され、それらの著作の重要性もまたありありと伝わってくる。冒頭のユング小伝を含む「少し長めの前書き」におけるユングを今読むことへの著者の問いかけは、まさに著者が読み解いたユングその人の言葉の一つひとつによって応えられているのである。心理療法、ユングについて興味あるすべての人に薦めたい一冊である。