あらすじ
奉公先の主人の妻「かめ」から恋文を渡された下男の新助、困惑して返したら、「かめ」は傷心の余り自害してしまった……。このとき、新助の罪は? 物の怪に取り憑かれた様子の伝七は、ある日怪しげなことを口走った挙句、兄の定吉に指図して母を殺させてしまう……。彼らに責任能力はあるといえるのか? 「野蛮で乱暴な江戸の御裁き」というイメージの一方で、江戸幕府の役人たちは、法に照らし、先例を検討し、あれこれ悩んで科すべき刑罰を決定していた。この際の議論を記録した「御仕置例類集」から五つの事件を題材に、江戸時代の法的思考を解き明かす。
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Posted by ブクログ
「時代小説をもっと楽しむ大作戦ぐふふ」第5弾は早稲田大学教授和仁かやさんのお力をお借りして、江戸のお白州に迫ります
いやー、大当たりの一冊だった!
まさにこれを読めば同心や御奉行が登場するお裁きを題材とすることが多い時代小説がもっとぐふふになること間違いなしです
そして何より人に話したくなる本だね
本書の元になったのは、江戸幕府の役人たちがどのように刑罰を下していたかという内容を記した「御仕置類例集」なる書物
そこから五つの事件を取り上げ、内容について考察してくれています
というか一緒に考えよう!っていう書き方だったね
取り上げられた事件は以下の五つ
①甚吉の事件
お寺の下男として働いていた甚吉ですが、あまりに働きが悪かったためにくびになってしまいます
財産も行く当てもない甚吉、せめて着るものだけでもなんとかしたいと思い、自分が住んでいた物置小屋に忍び込みます
暗闇で明かりを取ろうと火を使ったために、誤って小屋を燃やしてしまいます
当時は「盗み」も「火付け」も重罪とされ、死罪が相当
ただ盗もうとしたのはもともと自分が着ていた(寺の所有物ではある)ものではあり、火事も意図したものではなかった
そこに情状酌量の余地はあるの?
②新助とかめの事件
かめは新助の主人の奥さん
かめさんは新助に恋文を出すが、新助はそれを跳ね除けます
ショックのかめは自殺してしまいます
新助も憎からず想っていたようです
当時の不義密通は重罪ですが、果たして新助は罪に問われる?
③安五郎の事件
人足寄場を脱走した安五郎ですが、やはり行く当てもなく、お金もないので、自首しようとしていたところ鬼平こと長谷川平蔵に捕らえられてしまいます
安五郎は減刑される?
そして時代小説によく登場する「人足寄場」の役割とは?
④定吉・伝七兄弟の事件
親孝行で知られる兄弟でしたが、まるで物の怪に憑かれたようになってしまい弟伝七は兄定吉に母親の殺害を命じ、定吉は実行してしまいます
「物の怪憑き」は罪に問われる?
実行犯と教唆犯の刑罰に違いはある?
⑤いよの事件
ゆすりたかりをしたり、盗っ人たちにそれと知りながら、食事や寝る場所を提供し分け前を受け取っていたいよ
重罪でありますが、女性ということで刑の重さに違いはある?
そして当時の女性犯罪人の扱いは?
当時のお役人たちが実際にどう考え、どういう結論を下したのか?興味のある人は実際に読んでみるがよろしい
他にも江戸時代の法制度や法的思考にたいする誤解についも触れていて、とっても面白い上にと〜〜〜っても勉強になりました!ぐふふ
Posted by ブクログ
素晴らしく面白かった。
江戸時代の刑罰というと、『大岡越前』や『遠山の金さん』くらいしか知識がないのだが、そんな私の曇った目をキュキュッと磨いてくれた気がする。
江戸時代、三権分立という考えはなく『罪と罰』を扱うのは行政の仕事だった。国を治めるにあたって、民を統制するには『罪と罰』に対する裁量が求められる。その時々に、行政として取り組まれていたため、徳川家康から家光の時代まで法律の大系的な指針というものがなかったに等しかった。それを整えたのが享保の改革の頃、つまり徳川吉宗……『暴れん坊将軍』だ。
この時代に編纂された『公事方御定書』上下巻。
上下巻である。
むろん、これだけで全部まかなった訳ではなくて、ほかの資料もあった。版も重ねている。しかし大震災で失われてしまった。口惜しい話だ。
この『公事方御定書』が何を参考にしたものかとか、またどのようにお裁きが成されたのか五つの事例で細やかに解説されていて、とても面白い。
実はこの本、YouTubeの『ゆる民族学ラジオ』で紹介されていて気になって手に取ったものだ。『切り捨て御免は裁けるのか』というタイトルのそれはとても面白いので、ぜひ機会があったら見てもらいたい。とても面白い。
Posted by ブクログ
江戸時代の裁判というと、時代劇の影響もあって、いわゆる御白洲にしょっ引かれた罪人が、お代官様から容赦のないを受ける光景を想起する人が多いと思うけど、実際のところどうだったのかを検証、紹介している。
帯にある「物の怪憑きに責任能力はあるか」もかなり興味深い話で、現代でいう刑法第39条「心神喪失者の行為は罰しない」にあたる裁きが江戸時代にもあったことがまず驚きだが、理由が「物の怪に憑かれていたから」というのがまかり通るのが凄い。これ以外にも、江戸時代ならではの感覚で裁かれる事件が、クイズ形式で紹介されており、特に歴史に詳しくない人でも楽しめる。史料がそのまま掲載されているのでやや読み辛いところもあるが、しっかり解説してくれているので問題ない。
江戸時代の感覚で作られた法律なのに、今の量刑判断にも通ずるような所もあって、とても面白かった。
Posted by ブクログ
江戸幕府の刑事裁判の判決までの思考回路を詳しく書いてくれている。
死罪などの重罪は老中まで上げるとは考えようでは今より慎重な手続きを取っていたとも言える。
総理大臣がいちいち裁判までしっかり見るとは現代では考えられない。
奉行たちも限定的な成文法と判例から熟考していることがよくわかる。
現代では三権分立とか人権と言い立てるが、難しい法理論を言い立てる法律屋よりも、行政をして世論がよくわかった役人が裁いた方が妥当な判決を出すのてはないかという気もする。
興味深かったのは近代の主流の懲役などの拘束刑が無かったこと。コストの問題とは思うが、そのコストを避けるために別のコストが出てきて苦渋するのはなるほどと感じた。
また、司馬の本で、安政の大獄で遠島だったはずの吉田松蔭が井伊大老により死罪とされたという話の背景がわかった。
井伊だけの話でなく、司法の最終決定権者が政権最高者だったということ。