【感想・ネタバレ】死の泉のレビュー

舞台は第二次世界大戦下のドイツ。ナチや人体実験、ゲーテの「ファウスト」、北欧神話をはじめ、芸術に狂う医者の倒錯的な愛、精神不安定となった母親の幻想的な悪夢、去勢された男性ソプラノ歌手(カストラート)の美声etc…、ありとあらゆる耽美要素でお腹いっぱいの一冊だ。
さらに本書がギュンター・フォン・フュルステンベルクなる劇中作家によって著され、野上晶という人物に翻訳されたというメタ構成になっている点も見所。これにより、最終的に物語中の人物関係は二転三転し、真実も嘘も曖昧となって、読者をさらなる悪夢へと突き落す。これぞ幻想小説の醍醐味!私は読後しばらく脳内麻薬の分泌が止まらなかった。
また、本書は1997年の「週刊文春ミステリー・ベスト10」の第1位、第32回吉川英治文学賞受賞などミステリーとしても極上。皆川博子の目くるめく幻想の世界をぜひご堪能あれ!

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Posted by ブクログ

ネタバレ

悲劇にしかならないことは最初からわかっていたので、重い話を読める時で良かった。
貫き通せる大人陣は本望だろう。巻き込まれた子どもたちがキツい。

そして、それらを全部崩壊させるラストだった。
これは、虚構の世界とラストのどちらにハマるかによって、読み方が変わる。前者ではフランツの愛憎、苦悩に揺さぶられ、後者ではクラウスに振り回された。

どこからどこまで虚構なのか、事実か。
最終的にはクラウスがアメリカ(と大佐、これは偶然)を振り切り、城と2人のミヒャエルを手に入れるため、と解釈した。

この話はマルガレーテの手記(全て終わってから、錯乱してから書き直されているので、事実とは限らない)と夢想、フランツの復讐、クラウスの執念が複層になっている。

・マルガレーテが城に行ったのは雪が残る新緑の時期であり、これは戦後に行ったこととの混同。ギュンターと一緒にいたのは夏。
・マルガレーテと繋がることができるのは同系統である2人のミヒャエル。エーリヒは繋がれ、マルガレーテは時を止めた。
・エーリヒをクラウスが手に入れるにはフランツの復讐が必要。…このため、マルガレーテが呼んでてもギュンター=フランツ説は取れなかった。。。
・アリツェとレナはカメロットに安置されている(マルガレーテが錯乱した原因のひとつ)ので、リロ、アリツェ、顕微鏡を持って来るテオ(テオ自体はいたかも)は幻想。刑吏の酒場はあったかもしれない。フランツの死と共に彼らの世界も崩壊した。
・マルガレーテはギュンターをフランツと混同しているが、これはフランツが成長して自分を攫ってほしいという願望。同様に繋がることもすべて夢。
・城の中でマルガレーテはギュンターを認識している。これが正しい場合、ギュンターは城まで生存か。しかし、パンツァ以降のギュンターすべて創作の可能性もある。
・マルガレーテが夢の中で見つけたギュンターの墓、東部戦線で亡くなったのは兄あり、ギュンターは西部戦線に行っている。24歳戦死であれば終戦時。しかし、戦死してしまうと入れ替わりが成立しない。少なくとも戦死したのは兄だったことになっている。マルガレーテには戦死でも構わないか。
・クラウスはギュンターの城を手に入れ、ギュンターと入れ替わる(家族に、弟にする)手段をとった。クラウスの遺産もギュンターに引き継ぐ算段をこの時点でしていたか。
・フランツがクラウスの喉を裂いたのは、逆か。わざわざ喉。泣。
・あとがき手記。クラウスは子供に歌うように命じた。マルガレーテがミヒャエルを見知らぬ子供と認識していた訪問時、とも読めるが、城の中、と読んだ場合、クラウスギュンターが2人のミヒャエルに歌って、といい、クラウス(フランツ)が殺害されたシーンに繋がる。穿ち過ぎか。
・聖職者はクラウスとフランツ、繋がったレナとアリツェ、2人のミヒャエル、祖母が混在。
・ヘムルートたちの扱いが適当なのは作者がギュンターだからか…。

…と、諸々考えたものの、本当に捩れた空間をさまよう。

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2021年11月28日

Posted by ブクログ

ネタバレ

 ◆若干ネタバレあり◆

文庫本にして650ページ近い大作。

ナチス台頭するドイツにおけるマルガレーテの手記の部分と、それを受けた十五年後のドイツ。
手記においては、マルガレーテの微妙な心理が描き出される。
自分の産んだ子を守るために、医師クラウスと虚構に近い(マルガレーテは完璧な拒絶を持ち切れない)夫婦になる。
カストラートの美に魅入られたせいで、SSでありながら「ポラッケ(ポーランド人)」のフランツとエーリヒを養子に入れる、なかば狂気に近いクラウスの情熱。
去勢や人体改造(レナとアリツェの双子)への抵抗を感じる正義感をときどき発揮しながらも、クラウスの強大な力には逆らえないマルガレーテ。
やがて、子供のフランツに対し、5歳のときに好きになった8歳の(そしてのちにミヒャエルの父となる)ギュンターの面影を見る…。
何かがどこかでねじまがってしまった虚構の「家族」が、第一部で描かれる。

十五年後の二部からは視点の統一がない。
壮年ギュンターの視点、クラウスと看護婦ブリギッテの息子である少年ゲルトの視点、ゲルトに同性愛を抱くヘルムートの視点、さらには「大佐」の視点に、狂したマルガレーテの視点、とごちゃごちゃに入り交ざる。

十五年の間に何が行われたのか、誰が加害者で誰が被害者なのか、マルガレーテの見る幻の正体は…、というのがミステリの部分。

どの人物も「核」を持っている。
正義感と自己愛に揺れるマルガレーテはもちろん、「卑小にして偉大な」クラウスさえも、深い闇をもった人物として、造型されている。
幼さゆえに虚構の家族に早くなじむエーリヒと、エーリヒを手なづけるための要素として養われているせいで、「父」に愛憎をもつフランツ。
兄弟はクラウスとマルガレーテへの復讐を糧に、生き延びる。
ゆがんだ教育を受けるミヒャエルを庇護したいギュンター。
全員が全員、物語を動かす原動力になっている。

そしてライトモチーフの巧妙さ、全体の構造の壮大さ、「あとがきにかえて」で覆される本自体。
どれをとっても一級。

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2016年07月13日

Posted by ブクログ

ネタバレ

第二次大戦下のドイツ。ギュンター・フォン・フュルステンベルクの子を身ごもったマルガレーテは、ナチの施設“生命の泉《レーベンスボルン》”に身を置く。不老不死の研究を行い芸術を偏愛する医師クラウスに求婚され承諾したマルガレーテは、彼の養子であるフランツとエーリヒそして産み落とした我が子・ミヒャエルと共に戦中の最中、豊かな生活を送りつづけていた。
だが、家政婦であり、昔の看護婦仲間であるモニカ・シュネーは、執拗にマルガレーテを脅迫する。戦火を逃れオーバーザルツベルグへ移り住んだ1945年春、事件は起った。しかし英ランカスター機の投下された爆弾はオーバーザルツベルグの全ての建物を壊滅、それは闇の彼方へ……。そして、15年の歳月が流れた――――――――。


最初、この本を手にして扉を開けた瞬間、確かに「おや?」と思った。その疑問を持ちつづけたまま、読み進めて行くこととなったが、それが後に、あんなトラップの布石だとは思いも寄らなかった……。
確かに、この本は“どんでん返し”があると聞いていた。従って、淡々と進む話をその最後の瞬間の数ページの為だけに読み進めていたと言っても過言ではない。
しかし、思いも寄らない趣向で「やられました」の一言に尽きる。今まで色々本を読んだが、こういう趣向ははじめての経験だ。以前読んだものの中で、宮部みゆき著の「火車」という作品があるが、これは読んでいて作者の意向が伝わったし、あえてこういう手段をとっているという事が読めた、だがこの作品に関しては全くそこまで読めなかった。完敗である。
物語は本当に淡々と進む。三部構成になっていて、“? 生命の泉”だけでは一体何を語ろうとするのかが読みきれない。“? ミュンヘン”で繋がりが明確になり、最終の“? 城”で一気に佳境へ突き進む。ただ悔やまれるのが狂気の医師であるクラウスの狂気さがあまり出ていない部分と、執拗に殺意を抱くフランツとエーリヒの動機面が弱く感じる。そしてミヒャエル。
特にミヒャエルに関しては意外とあっさりだったのが悔やまれる。あそこまで書ききってるのだから、読者としてはもう一捻りを求めてしまう。それは読み手側のエゴというものなのだろうか。
多分、これは読む人によって賛否両論あるだろう。そういう作品だ。だが、二重三重に絡めた謎、そして、650頁近くに及ぶこの大作が、最後のたった数行で読者を驚かす手腕は見事だ。と思わずにはいられない。

マルガレーテと一緒に並ぶあの足は一体誰のものなんでしょうねぇ……。うふv

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2020年07月22日

Posted by ブクログ

ネタバレ

『開かせていただき』から皆川文学にはまって第5弾目(笑)
幻想的で美しい世界観に引きずり込まれ自分的には結構早いペースで読んでしまったかな。
クラウス医師の美への執着、マルガレーテの狂った世界、兄弟の復讐劇に感情を翻弄されつつ読み終え、最後のあとがきで物語を覆す言葉が…。
始めに本を開いたときに野上晶訳とあったので嫌な予感はしていたけどね。
著者の語る「実在してる人物」「複数の特性をかねあわせて一人の人物」という言葉から、あの時あの人物は死んでしまったのではないか、あの二人は同一人物なのではないかと思考が完全に迷走してしまった。
何度読んでも分からないままになるかもしれないけど時間を少しあけて再読したいな。
謎は解けないままでも充分魅力的ですが。

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2016年05月23日

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