あらすじ
嘘も誠も、売るための武器。自称「天狗」店主が仕掛けた空前絶後のメディア・ジャック
明治10年代、旧来の出版秩序を根底から揺るがした男がいた。「兎屋」店主・望月誠。新聞を最強の武器に変え、虚実入り混じる「あざとい宣伝」と価格破壊を武器に、読者を熱狂へと誘う。望月が手掛けた出版物や、現代の視点からも驚愕を禁じ得ない、えげつなくも魅力的な広告史料を徹底調査。江戸風情を残す出版界が、近代的な大衆市場へと変貌を遂げる瞬間の生々しいリアルを描き出す。人心を煽る熱狂の正体を暴き出す、異色の出版文化史。
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Posted by ブクログ
新聞にとって「出版広告」とそれ以外の「普通広告」は出稿料金が違うと言われてきました。書籍や雑誌の広告の方が料金が優遇されているのです。今でも第一面の下に掲載される「サンヤツ広告」(3段を8等分した枠)と言われるスペースは出版社専用の広告枠です。それは新聞というメディアにとって「出版広告」が多いことが、その文化的価値を高め紙面のクオリティイメージを上げていくことに繋がったから、と言われています。明治時代に新聞が政治を論ずる「大新聞」と娯楽的な記事で構成される「小新聞」に分かれていたころ「小新聞」を広告媒体として用いるクライアントには、怪しげな薬屋や小さな飲食店などがあり(これは現在のデジタル広告でも状況は同じですね!)、その中でメディアとしての価値を上げ、クオリティペーパーとしての存在感を作るために、取った施策が出版社の広告を優遇することだった、ということです。ところが本書を読んで「怪しげな出版広告」というジャンルがあることを知りました。「兎屋」望月誠、初めて知った名前です。本をコンテンツとして売るのではなく、安さや、店の勢い、他店との争い、あるいは店主のキャラクターで商売していく、現在のバズを意図したクアンペーンを彷彿とさせる大暴れです。歴史から消え去った、この商売人の活躍は、「出版広告」と「普通広告」の汽水域に思えるし、のちにくる「円本ブーム」の下地を作ったようにも思えます。何より感じたのが、この時代から日本人が本を読む、新聞を読む国民になっていく勢いです。誰でも文字を読む、という時代があの戦争への道に繋がったのではないか?という妄想を感じました。8月だからかな…?そして、それは誰も文字を読みたくない国民に向かっているように見える現在の状況と重なるのも不思議な気がします。面白い本でした。