【感想・ネタバレ】ぼくが見つめた、ふたつの指先のレビュー

あらすじ

生まれて初めて参列した葬儀は、祖父の葬儀だった。突然のことで準備が間に合わなかったぼくは、祖父のぶかぶかの喪服を借りることになった。元ヤクザの祖父、宗教にハマる祖母、自分勝手な母の姉たち、そして耳が聴こえない両親に代わり、ぼくは祖父の葬儀の喪主を務めた。ややこしい家族で育ったぼくは、家族のせいでいつだって余計な形容詞が付けられていてずっと嫌で仕方がなかったけれど、祖父の葬儀をきっかけに、ぼくは大切な事を気づくことが出来た。
”ふつうではない”家族のこと、自分のことを否定するのも肯定するのも自分次第。だからぼくは、肯定しようと思う。家族に振り回され、嫌な思いをし、落ち込んでばかりいたあの頃のぼく自身を認めてあげようと思う。
CODA当事者が自分の人生のきっかけをくれた出来事を綴った、幻のデビューエッセイ、ついに文庫化!
(『しくじり家族』改題)

\ レビュー投稿でポイントプレゼント / ※購入済みの作品が対象となります
レビューを書く

感情タグBEST3

Posted by ブクログ

ネタバレ

1983年生まれのライター・文筆家。エッセー『ぼくが生きてる、ふたつの世界』が2024年に映画化。

本作、面白かったです。特に、乱暴だった祖父を決して許したわけではない、という点が、心に残りました。

・・・
かなり複雑めな家族に育った筆者の、家族に対するモヤモヤ・葛藤が綴られた一作。一言で言えば、家族の話(実話)、です。

読んで思うところはありました。大切なのは、家族を知ろう・理解しよう、ということなのかな。

・・・
ヤクザの祖父、宗教の祖母、聾唖の父母にあって、家がイヤだ・離れたい等々思うのは当然かと思います。ましてや田舎の閉鎖的な環境だったり若者が経る反抗期を鑑みれば当然だともいえましょう。

・・・
程度の差こそあれ、家族を(敢えて言いますが)「受け入れる」のは、多くの人の課題なのではと思います。

うちの場合、問題があるというわけではありませんが、知り合って30年経っても妻にはやっぱりイラっとする(それ以上に切れかかる)こともあるわけです。言い方がキツイ、言った言わないの話、等々(まあくだらん争いです)。やっぱりガイジンだからかな、この人とは一生「100%分かり合える」とかないのかな、とか絶望的に感じる時もあります。
加えて、似たような疎通不能性を母親にも感じることがあります。

・・・
でも家族は家族なのですよね。(基本)逃げられない。おそらく分かり合えない・分かりかねるのは、国籍とか関係なく、あらゆる人たちでそうなのかなと、ようやく50を過ぎて思い至ります。

となると、どう理解してどう受け入れるか、と。

思えば自分のことを棚に上げて相手のことをよくもこき下ろしたものです。

自分だってわがままで、一貫性がなく、そりゃあ相手からしたら理解もしづらいのだろうなと。
それをこうやって一緒に家族でいてくれるのです。それは喧嘩もおきましょう。

だからこそ、考えてみることは大切なのかもしれませんね。あるいは良いところをより良く見るように。

なんて、家族だけではなく、会社やコミュニティの隣人をもそういう視点で見れたらよいなあとも思います。

・・・
ということで、五十嵐氏のエッセイでした。

正直言うと、全体的にはありふれた内容のエッセイということもできると思います(祖父の葬式と父の入院がメイン)。

ただ、物語ではないリアリティと家族関係を振り返るというポイントは非常に胸を打った次第です。

0
2026年10月25日

Posted by ブクログ

ぼくが見つめた、ふたつの指先
五十嵐大
角川文庫

いつからか「大丈夫」という言葉の意味さえよくわからなくなっていた。
でも、本当は大丈夫じゃなかった。全然。
本当は、いつだって誰かに助けてもらいたかったのだ。
ただ、幼いぼくが抱えている苦しさに気づいてくれる大人なんて、どこにもいなかった。

それ以降、「ぼくはしっかりしなきゃいけないんだ。誰にも頼れないんだ。」と思うようになっていった。

怒りの沸点を超え、腹の虫が治まらないと、祖母の髪の毛を摑み、部屋の奥へと引っ張っていく。

やっぱり、ぼくは祖父のことが許せない。
許したくない。

死をこんなにも悼んでくれる人がいる

お前まで逆らうのか!誰がお前を育てたと思ってるんだ!

ぼくは「終わりよければすべてよし」という言葉が嫌いだ。
その言葉に則るならば、どんなに傍若無人な振る舞いをしてきた乱暴者でさえも、大人しい最期を迎えたらすべて許されるというのだろうか

許してほしいなら、謝ってくれよ。「すべてよし」にしたいなら、自分のしてきたことを心底反省し、きちんと謝罪の言葉を口にしてくれよ。じゃなきゃ、被害をすべてなかったことにできるわけじゃないか。

おじいちゃん、本当にごめんなさい。もしも生まれ変わって、また家族になることがあったら…今度は、今度はちゃんと話したいです

耳の聴こえないもの同士が一緒になって、幸せになれると思うかい?絶対に苦労する。

それぞれに「ひとりの人間」として見られるようになったということかもしれない

「家族」になりたかった

あなたが家族のことを書くことで、まるで大きなアルバムができるみたいだね

0
2026年06月08日

「エッセイ・紀行」ランキング