【感想・ネタバレ】プラムディヤ・アナンタ・トゥールとその時代(上)のレビュー

あらすじ

二〇世紀アジアを代表する作家プラムディヤ・アナンタ・トゥール。その八一年の生涯はオランダの植民地支配、独立後の新国家建設、スハルトによる独裁的支配まで、インドネシアが歩んできた歴史と重なる。その間、彼は三度におよぶ牢獄と流刑生活のなかで、さまざまな物語を紡ぎだし、作品は四〇を超える言語に翻訳され世界的な名声を獲得した。作家はいかに誕生し、いかに生き、いかに闘ったのか。豊富な資料をもとに、彼の生涯と時代との格闘をいきいきと描きだす世界初の本格評伝。

一人の作家の伝記がそのまま一国の歴史に重なる。
反体制派であった作家の視点と権力者のふるまいは対立するから、この本には弁証法的な奥行きが生じて真の歴史となった。
投獄に耐えて書き継がれた彼の作品群は国の歩みの証言でもある。池澤夏樹

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Posted by ブクログ

まったく知らなかった世界を、初めて垣間見る好奇心が充実した満足感に変わる体験だった。

インドネシア文学者の横川典昭が書いたプラムディア・アナンタ・トゥールという小説家の本格的な評伝だ。彼は従来からプラムディアの小説の翻訳を数多く手がけ、蘭印文学の研究を重ね、集大成としてこの大作を結実させた。彼がこの分野で著名な研究者であり卓越した表現者であることは初めて知った。

池澤夏樹の推奨を目にするまで、プラムディア・アナンタ・トゥールの存在も知らなかった。
彼はインドネシアを代表する小説家でアジア初のノーベル文学賞候補であった。押川は彼の波乱万丈の人生を綿密に調べ丁寧な文章で紡ぐ。

この作品で初めて知る世界を存分に堪能し、久しぶりに読書の醍醐味を味わった。
長編の大作で、克明で緻密な描写の連なり、誠実で透き通った洗練の文体、まだ上巻なのに読み進むのが名残惜しくなる。

インドネシアがオランダに300年間も植民地支配されていたこと、太平洋戦争で日本軍がオランダに代わり侵略統治をし、国民は解放を期待したがもっと酷い支配を受けたこと、日本の敗戦でやっと独立しスカルノが共和国建国を宣言するが、連合国のオランダが再支配を目論む。以後、本格的な民族独立運動は共和国の左右各派やオランダ派が入り乱れて混乱する。
初めて知ることばかりだ。

プラムディアは、家を顧みず民族運動と教育に奔走し絶望で博打に現を抜かす生活無能者の父トゥールと家族を支え夫の負債も抱えて一人で奮闘する母サイダの長男として影響を受けて育つ。彼女は「自分で自分の主人になれ」が口ぐせで慈愛溢れる理想の母親で貧困のなか多くの子供を育てる。

彼は小説を書くことを唯一の生活の糧にして家を建て直し、8人の弟妹の面倒も見る。
彼の作家活動は政治に翻弄され、反政府分子として監獄に収監されながらも書き続ける。
文学と政治の問題はこの作品を貫くテーマでありプラムディアの人生に終始つきまとう。

年を追い、彼の小説の抜粋を挟み思想や行動の軌跡をなぞる。ソ連や中国の社会主義に惹かれ、政治的立場や周りとの確執を越えて文筆でしぶとく生きる姿がフォーカスされる。

上巻はインドネシアの歴史やプラムディアの生い立ちなど偉大な文学者の形成過程が丹念に綴られる。
下巻に進むのに、気分転換の一息が必要になる。
それほど新鮮で濃密な内容だ。
後半に期待が膨らむ。

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2026年06月04日

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