あらすじ
盛者必衰の嫌われ者なのに
なぜ平家に心を寄せてしまうのか?
多くの作者たちが書き足し、書き変えてきた壮大な物語を、
図解でわかりやすく解説した入門書の決定版!
鎌倉から南北朝期にかけ、多くの作者たちによって練り上げられた『平家物語』。
史実をベースにしながらも巧みに時を操り、歴史的人物のキャラクター化がなされてきました。
そこには作為があり、政治的背景が隠されています。
本書は覚一本『平家物語』をもとにそれらを紐解き、あらすじや有名エピソードのほか、当時の武士・貴族の行動や考え方なども解説しています。
本書は、『平家物語』の入門書として最適なだけでなく、その複雑さを読み解くことでより深く楽しめるように構成されています。
平安武士の生き様がマルわかりの1冊です。
実は、『平家物語』は滅びの美学や、「諸行無常」を語るための書ではなかったのです。
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Posted by ブクログ
多くの作者たちによって練り上げられた『平家物語』。本書は、『平家物語』の入門書として最適なだけでなく、その複雑さを読むことでより深く楽しめるように構成されています。 平安武士の生き様がマルわかりの1冊です。
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実現するのかは分からないが、中学生の子に、古典を家庭教師で教えてほしいと言われて、ずっと積読にしていたのを開いた。というのも、家庭教師の約束をした中学生が、以前、『青葉の笛』という絵本を紹介してくれたのを思い出したからだった。子どもの頃に親に買ってもらって、以来、大好きだったのだという。元のネタは、『平家物語』の「敦盛最期」である。
平家の公達が次々と討たれていくことになる一の谷合戦。先陣を切った源氏方の熊谷直実は、武功をあげようと将軍首を狙っていた。海岸にたどり着くと、身分の高い鎧甲冑を身に纏った武将がおり、直実は名乗ったが、その武将は名乗らない。直実が組み伏せると、相手は自分の息子と同じ年頃の美しい若武者だった。助けたいと思うものの、後ろにはすでに源氏の援軍が迫っており、助けたところで別の人間に討たれてしまう。直実は、泣く泣くその息子と同じ年頃の若武者を討ったのだった。直実は、若武者の首と、その若武者の持っていた横笛「小枝」を持ち帰った。その後、自分が討った武将が平敦盛だったことを知り、世を儚んだ直実は出家する。
この本の解説によると、『平家物語』を「平家びいき」の京都方と、「源氏びいき」の鎌倉方に別れた、様々な語り手が重層的に語る物語だという。「平家びいき」の語り手たちは、平家の物語を「滅ぼされてかわいそうだったね」と語り、「源氏びいき」の語り手たちは、源氏の物語を「頑張って新しい時代を切り開いたね」と語る(p9)。
そう考えたとき、「敦盛最期」は、どんな語り手が語った物語なんだろうと想像してしまう。敦盛の美しい身なりと、潔い死に様は、平氏の貴種性と同時に武家としての生き様を体現しているように見える。敦盛が、戦場にまで持ち込んでいた由緒ある笛「小枝」の存在は、貴族としての平家の象徴で、「平家びいき」の語り手たちに哀惜の念を促すものだったのではないかと思う。
一方で、源氏方の直実の描き方は、どう捉えられるのだろうか。年若い若武者を前に、同じ年頃の息子を思い出し、ためらった直実は、当時の武士の姿として、どのように評価されたものだったのかは分からない。ただ、由緒ある横笛を手に出家する姿は、間違いなく敦盛を討った敵とはいえ、「平家びいき」の人々の目に好感を持って映ったことは、想像に難くない。この章段は、基本線として衰滅していく平家の最期に、読者が同情を持って共感できるように描かれた章段であることは、素人目には間違いがないように見える。
この物語を現代の読者にも共感しやすいものにしているのは、この直実のためらいにあるように思う。先陣争いや武功、出家という決断の重みは、現代の自分たちには、なかなか想像が難しいものかもしれない。けれども、自分の手で殺害しようとしてる目の前の人間が、子どもであることに対するためらいは、現代的な物語に置き換えられるものになる。そうした通路が保証されていることが、大きな戦の中で、若者の命が奪われていくことに対する直実の無力感を描いた物語として、解釈され、現代に書き換えうる可能性につながっているのだと思う。
この本では、『平家物語』を一貫した無常観の物語として読むことの物足りなさについて、都度都度説いている。この物語は、平清盛が因果応報の元に死んでいく物語に、六代が斬られるまでの平家の盛衰を描いた物語、そして、平家の菩提を建礼門院徳子が弔う灌頂巻という位相の異なる物語が重層的に重なっている物語だという。三つの物語は、成立時期も異なっていたのではないかと考えられていて、100年もの長い時間を通して成立した『平家物語』の成り立ちが、そのまま物語の重層性になっている。
物語の中に、一貫した内的な語り手がいないこと。バラバラの物語が、冒頭の祇園精舎の語りの下、ツギハギに繋がっていくところに、「敦盛最期」を置いてみると無常の物語としての『平家物語』とは別の側面が見えてくるような気がする。いずれにせよ、『平家物語』の古典としての面白みは、やっぱり、個別の章段から個別のテーマを抜き出しても見えてこないということを、割と確信した読書だった。
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エクナレッジの解剖図鑑シリーズを手に取ったのは、アーサー王に続いて2冊目だ。
どちらも、ある軍団の栄華と黄昏の美学を描いている。
解剖図鑑シリーズでは、平家物語の方が遥かに密度が濃くて面白かった。
が、どちらもいわゆる入門書なのは間違いない。
(アーサー王は私にとって既存の内容だったために、比較してもそう見えてしまった可能性はあるが、本書は内容に沿った小さい地図もよく載せてあるし、全ページの下部に小さい字で補足がみちみちと書いてある)
昨年、この本を買ってきたのは、源氏が犬、平家が猫、天皇家が狸、藤原氏などの公家が狐で描かれているから、というのをネットで聞いて、面白そうだなあと思ったから。
そして、人生のどこかでは、ちゃんと平家物語を学びたいと思っていたからだ。
子供の頃のNHK人形劇の平家物語(壇ノ浦しか覚えてない)、子供の頃の学習漫画(清盛が湯気出して死ぬところ、斎藤実盛の白髪染めと、敦盛と熊谷直実のところだけ覚えていた…)のうっすらした記憶しかなかった私。
自分の少ない知識を補完するため、そして、ちょうど去年から子供らが学校で平家物語を習っていたのでおさらいするために、この本をパラパラと読んできたが、圧倒的に役に立った瞬間があった。
わたしがアニメ『平家物語』2021を再見したとき(=今)である。
放映当時はさらっとしか見ていなかったが、スタッフも声優陣も本気を感じたアニメである。
そして、何よりこのアニメって、高野文子の絵が動いているんですよ。(キャラデザ原案)
カットによっては、どこが高野文子タッチなんや、と思う瞬間もあるけど。
そんなわけで、いずれちゃんと内容を噛み締めながら見るぞと思っていたのだが、なかなか向き合えずにいた。
なんせ、平家はみんな、名前が似ているから。。。笑
そしていま、意を決して、この本を片手にアニメを見ると、いやあ分かりやすい。
特に巻末の家系図にはお世話になった。
本書とあのアニメで、物語全体の流れもすっかり理解できたし、ドラマ鎌倉殿の13人(吾妻鏡)の流れも改めて理解できた。
わかったことを箇条書きすると
・テーマは無常感ではない
・南北朝時代に成立した以上、鎌倉幕府に対して反対する立場で書かれているため、滅びゆく平家方に同情を抱くように書かれている。
・なかでも、早生した賢人・重盛(清盛の嫡男、CV櫻井孝宏)を人格者として描いているが、史実ではそこまででもないらしい。少なくとも冒頭の資盛(重盛の次男、清盛の孫)牛車の話のあと、恐ろしい復讐をしたのは清盛ではなく重盛その人らしい。えっ。清盛がやった手酷い復讐に心を痛めている重盛、という流れは虚構だったのか。とはいえ、同時代人にも評判の良い人だったのは史実らしい。銀⚪︎英⚪︎伝⚪︎における、『ジークフリード・キルヒアイスが生きていれば』枠は間違いなく、重盛、お前のものである。
・背景にあるのは、後白河法皇と清盛の権力闘争なのはもちろん、寺社同士の勢力争いも大きいのだな。
・平家はかなり藤原氏をモデルにしているよね。貴族化するの早すぎぃ。笛やら歌やらとアーティストが多いのもそれ。そもそも、この頃になるともう藤原氏と天皇家がほぼ一体化しておる。
・後白河法皇の奥さんも平家の人なんですね。
・この後、内ゲバで全滅した源氏と違って、平家は家族思いで情に深い、という表現。
・平家が都落ちの際に連れていった皇太子に安徳天皇以外にも男児(守貞親王)がいたんすね。弟。知らんかったよ。母親は徳子ではないらしいけど。この子は水中都には行かずにちゃんと京都に戻ったらしい。そしてこのとき、海中に沈んだ三種の神器のうち、草薙剣だけは今も失われてたまま(たぶん)。これ、本物ではない神器で即位してきた、その後の天皇の権威に大きく関わることだよね。いまの技術でまた海中を探してみるプロジェクトとかないのかな、と素人目線で思ったりした。
・薩摩守、忠度のこと、もうちょっと描いてあげてもよくないか。エピソードもあるのなら、代表作も載せてあげて。デザインも黒猫の額に「歌」で笑ってしまった。←あとでよく見たら、欄外にちゃんと一つは和歌が載せてあった。
・熊谷直実が出家したのは、史実では敦盛への悔恨からではなく、頼朝と(幕府と?)揉めて訴訟沙汰になったから、らしい。わあ、それは知りたくなかった。
・幼い頼朝の助命をかなえた池禅尼(清盛の父の後妻)は、藤原家隆の子孫。まじか。そして源氏一族は、命の恩人の子孫として、池禅尼の子たちの家は殺さないで、ちゃんと優遇した。すごい。
もったいないと思うのは、原文がほとんど載せられていないこと。
ページの都合上仕方ないのだろうけど、せっかくの口承文学だから、原文の文字を見て、発音して楽しみたい気がしました。
個人的なメモ。
能の藤戸、俊寛などは平家物語をわかっていないとピンとこない。(敦盛、経政(正)など、平家物語由来の能楽は他にもたくさんある。この二人、兄弟だったのですね)
これが浄瑠璃や歌舞伎など後々の時代の芸能にも降りてきているのだし、日本の芸能や文化に深く関わっているのだ。
場所についてメモ。
徳子の終焉の地である、大原の寂光院は燃えてしまうまえに、子供の頃に観に行くことができてよかった。
徳子は出家後に当初は京都の吉田山(私の職場も近かった)に隠棲したらしいし、冒頭に出てくる祇王寺も京都の寺ではベスト3に入る好きな場所だ。
また京都に行きたくなった。
そして、現在私が住む兵庫南部もあちこちに出てきて楽しかった。
そもそも兵庫県自体が清盛がかなり手を入れた作った土地だ。
大輪田泊=福原は今では神戸の繁華街というか、歓楽街である。
大阪の渡辺、福島、尼崎の神崎もすべて源氏方の停泊地だった。へえ。
今は海辺ではないが、同じ地名が残るのでロマンがある。
そもそも、この渡辺(今は駅名、渡辺橋のあたり?)って、金太郎の同僚の渡辺綱の一族の水軍たちの拠点で、この一族は代々名前が1文字らしくてかわいい。
金太郎の上司の親である清和源氏も兵庫県川西市多田あたりが発祥だし、これまた身近な地名が見えて嬉しかったという隙あらば自語…。川西市のシンボルは金太郎(墓が市内にあるらしい)なんです。
さらにメモ。
そういえば、百人一首の編集者の藤原定家が仮想恋愛した相手(上司?)の式子内親王のりこさんって、高倉天皇の妹だったのーーー?!
違う本で見てこれを知ってびっくり。
たしかに忠度の歌の師匠は、定家の父の俊成だもんなあ。
本当にこれ同じ時代の人なんだ。
全然そう思えないくらい、頭の中では別ジャンルの人だったけど、激動の時代だなあ。
定家が50年以上書いてた癖字の日記にこういう動きはどう書かれているのか気になってきた。
いずれ読んでみたい。
平家物語アニメで、厳島神社に一門がそろって祈祷する内容は、「徳子が高倉天皇とのあいだに男児を生みますように」だ。
それに一族の繁栄に懸かっているから。
この本を読んだ直前にあった、中曽根某という政治家のとんでもなく失礼な発言を思い出す。
女性に求められるのは、産む機械としての存在意義ばかり。それも男児を。
この吐き気を催す考え方が千年近く後の天皇家の内親王にまで投げつけられている。
こんな世界、正直言って滅んでもいいのかもしれないなあ…。
(平家物語の中盤で、徳子が清盛に、終盤では後白河法皇に、いずれも年上で目上である、傲慢な権力者の男たちに、異を唱えて諌めるシーンは印象的だった。
虐げられた女性たちの声は、藤戸で、小督(こごう)で、もっと以前には祇王や仏御前の段で強く叫ばれてきた。
若くして一ノ谷で散っていった平家の公達の場面も涙を誘うが、この女性陣の声なき声、権力者の男たちの身勝手に苦しめられた女性たちの悲鳴こそ、物語の真の通奏低音のように思えてならない。)