あらすじ
【「横」は木(きへん)、「特」は牛(うしへん)はなぜ?】
「虹」はなぜ「虫」がつくのか、「零」はなぜ「雨」なのか……身近な部首の起源を探ると、古代中国の景色が見えてくる! 現在使われる214部首のうち約8割が誕生していた、中国史上最古の王朝・殷。当時の甲骨文字から、西周の金文・秦の篆書・中世の楷書へと、漢字は中国王朝史と共に変化を遂げてきた。甲骨文字研究の第一人者が、漢字の部首の成立の過程を辿り、文化、社会、自然観との関係性を解きほぐす。
「零」は「わずかに雨が降る」様子だった
「示」は祭祀用の机に供物が載っている
「酬」は本来「酒をすすめる」こと
「聖」は「よく聞く」人を讃えた文字
【目次】
はじめに──部首は古代世界の縮図
序 章 漢字の歴史──甲骨文字から楷書へ
第一章 部首の歴史──『説文解字』から『康煕字典』へ
□コラム 甲骨文字の部首と配列
第二章 動植物を元にした部首──「特」別な牛、竹製の「簡」
□コラム そのほかの動植物を元にした部首
第三章 人体を元にした部首──耳で「聞」く、手で「承」ける
□コラム そのほかの人体を元にした部首
第四章 人工物を元にした部首──衣服の余「裕」、完「璧」な玉器
□コラム そのほかの人工物を元にした部首
第五章 自然や建築などを元にした部首──「崇」は高い山、「町」は田のあぜ
□コラム そのほかの字素の部首
第六章 複合字の部首──より多様な概念の表示
□コラム そのほかの複合字を元にした部首
第七章 同化・分化した部首──複雑な字形の歴史
□コラム そのほかの同化・分化した部首
第八章 成り立ちに諸説ある部首──今でも続く字源研究
□コラム 字源のない部首
おわりに──漢字の世界の広がり
索引
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Posted by ブクログ
序章は漢字の歴史、第一章は部首の歴史。
自分の勉強のために、少しその内容をまとめてみる。
殷代の甲骨文字から説き起こされる。
その後成立した周王朝は殷の字を継承する。
そのころの字は青銅器に刻まれた銘文である金文から知ることができる。
加工が大変な青銅器に刻むから形が簡略化するかというとそうではなく、むしろ複雑化する傾向があるというのは面白い。
高価な素材だからだろうか?
周では象形性が薄まり、既存の字の組み合わせの方法が用いられ、理論化が進む。
春秋戦国時代になると、官僚制が発達し、法律の整備も進む。
字を日常的に読み書きする層が厚くなったため、象形性はさらに薄れ、字形の簡略化が進む。
この時期の資料としては金文の他、竹の札・木の板に文字を書いた簡牘文字がある。
江南地方の湿地帯で、酸素の少ない水につかっていたため残っていたのだという。
周代には字体の統一を行い、小篆が生まれる。
秦で使っていた金文を基礎とした文字で、曲線が多いのが特徴とのこと。
ただ、この統一字体が使われたのは正式な文書と碑文の字形で、手書き文字は簡牘文字が使われたという。
前漢の状況は大きく変わらない。
後漢では製紙技術の改良により、太い筆で質の良い紙に書くことができるようになり、より美しい筆法を追求した「八分(はつぶん)隷書」が生まれる。
隷書はそれまでも手書き文字として多く通用していた。
後漢のこの書法は、しかし篆書と隷書の両方を継承しているとのこと。
八分隷書は、中世に成立する楷書の源流の一つとなる。
漢字研究は後漢の許慎による「説文解字」が嚆矢となる。
王義之の時代には異体字が多用される状況だが、隋唐時代に科挙が始まったことで「正字」を定める必要が生まれ、「干禄字書」などの字書が作られる。
最も大規模な字典は清代の「康煕字典」だが、大規模なことがあだとなり、字形の誤りや部首分類の錯誤があるとのこと。
さて、本書ではあらあらこのような漢字の歴史が語られ、するりと書法のことも入っていた。
そこで気になるのは、行書・草書の話がないこと。
本書は部首の話がメインになるので省略されたのか?
行書や草書は部首の成立、変遷に影響はないという理解でよいのだろうか?
第一章では部首の歴史。
約九割を占める形成文字。
これを分類するのだから、大変だ。
実際自分が読み書きする中でも、「間」は門構えで、「聞」は耳など、部首はよくわからないことが多い。
これは部首の定義や解釈が時代ごとに変わったためだとのこと。
形成文字は意符と声符を組み合わせた構成だが、「洗」であれば、液体に関わる「セン」という行為を表すものと説明されている。
この説明の仕方に、自分的にはああ、と腹落ち感があった。
この例でいえば、「先」は音が同じ当て字だと考えておけばいい―というのは、言い過ぎだろうか?
例外的なものが多いのも形成文字。
意符の形も、役割も歴史的に変化する。
意符が二つあったりするものもある。
「雲」のように、意味は変わらないのに、象形文字であった本来の字形(「初文」、ここでは「云」)に、「雨」をつけてしまった(「繁文」)ものもある。
部首は、その異体字から同じ意味を表すのに別の形を取るものが生まれ(分化し)たり、別の意味が同じ形になって(同化し)たりすることもある。
「雲」の「云」のように、意符と声符を兼ねているものを「亦声」という現象もある。
「省声」という現象は、声符が略体になる。
「雪」のもともとの声符は「彗」だが、それが「ヨ」になるようなことだそうだ。
転用法と言えば、六書の転注と仮借。
本書で知ったのは、それに加えて似た形の字を転用する「借形」という方法もあるということだ。
ちなみに、「借形」はこの本での呼称。
仮借は発音を利用した当て字。
転注は意味を利用した当て字。
そして仮形は字形を利用した当て字ということである。
仮借の例。
「六」は殷代には屋根の形を強調した家屋の意味だったのだが、数字の6と発音が似ていたので、数を表す意味に転用される。
転注の例。
染色した糸を表す「幺」が、黒の意味に転用された(後に黒の意味の方は、上部を強調表示した「玄」という字に分化していく)。
そして仮形の例。
「夲」(トウ)を、字形の近い「もと=本」の意味に用いるというようなこと。
六書はかなりよくできた分類方法だけれど、それでもまだ当てはまらないものがあるということだったのだが、まだ他にもあるのだろうか。
沼が深すぎる。
許慎は「説文解字」で、篆書をもとに「字素(意味を持つ文字としてそれ以上分けられないもの)」と「意符」を基準にして540もの部首を立てた。
部首の採択基準は明確だったものの、配列方法は混迷し、検索の利便性がないことになったとのことだ。
後代の学者たちが整理し、例えば「康煕字典」などでは214にまとまったが、それ以降もさまざまな形で工夫が続いているのだとか。
さて、その後2章以降は各論ということになる。
金文、篆書、隷書、楷書に至る形の変化も大きくチャート化されているので、変化が追いやすい。
「鯖」は古代中国では淡水生の青魚を指していたということなど、個々の字の由来を通し、古代の社会が垣間見えることもあり、たしかに面白い。
(が、全部を同じ集中力と熱量で読んでいけるかというと、そこは自分には難しかった。)