あらすじ
目付の永井重彰は、父で小納戸頭取の元重から御藩主の病状を告げられる。居並ぶ漢方の藩医の面々を差し置いて、手術を依頼されたのは在村医の向坂清庵。向坂は麻沸湯による全身麻酔を使った華岡流外科の名医で、重彰にとっては、生後間もない息子・拡の命を救ってくれた恩人でもあった。御藩主の手術に万が一のことが起これば、向坂の立場は危うくなる。そこで、元重は執刀する医師の名前を伏せ、手術を秘密裡に行う計画を立てるが……。御藩主の手術をきっかけに、譜代筆頭・永井家の運命が大きく動き出す。
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Posted by ブクログ
とても読みやすく良質な作品である。ビックリした。が、御殿様の妄言とは何だったのか?? 作品内でヒントがあったのかな?他の方のレビューを読んでも考察などが見つからない。ということは私の読み方が浅いわけではなく、読者の想像に委ねられているということだろうか。
私の頭に浮かんだのは、御殿様は元重さんを禁じられた意味で愛しており、元重さんもまた心の内で愛していた(それ故に彼の痛みを感じることができた)という説しかない…。
元重さんは、心の深いところで家族よりも誰よりも御藩主を愛してしまったこと、それが痛みの共有という形で証されていることを畏れ悩み、また御藩主に立派になってほしい気持ちと、自分が彼の愛の対象になってしまったことにも深く罪の意識に苛まれていた。プラス家族への罪悪感、などなど。
御藩主の「誰にも言わん」の内容は元重さんへの愛(;_;)
しかしそれでも2人の愛は言葉にすらされない、2人の間での秘め事であった。
が、麻酔時のうわ言で、それが向坂先生にバレてしまった。omg...
ということで元重さんは向坂先生をも犠牲にして、秘密を墓場まで持っていくことにした。
すべては御藩主のため…。
という究極のプラトニック・メンズラブ…かな…。
幻肢痛の話も何か象徴的に見えるけど、何を表しているのか。あと、御藩主が麻酔から覚めた時に元重さんがはばかりに行ってたのも何かを示していそうだけど…。たんに重彰との会話の描写の都合上、そうなっただけなのかな。
とにかく、最終的に、メチャメチャ切なかった小説。
Posted by ブクログ
印象的な言葉が出て来る。『褒められたいのだと思う』藩主が親同然の家臣に求めたものは褒められたいであった。領民の為の良政は、シンプルに褒めてもらえそうというところから来ていた。妙に納得がいった。私も仕事しながら、褒めてもらいたいと素直に思ってるのを得心したら、笑ってしまった。あぁそうか褒めてもらいが根本の本音だ。カッコよく社会の為とか、そんなんじゃない。好きな人がいたら、尊敬する人がいたら尚更だ。分かるぞ。
もうひとつ、躾についても言っていた。躾とは気持ちが動かずとも身体が動くようにするのが躾だと。
そのままの言葉を引用する。『人なら、疲れ果てもするし、塞ぎ込みもするでしょう。目の前の用に、手が出せなくなるのもめずらしくありません。それでも気がつくと、ひとりでに身体が動いて、やらねばならぬもろもろをやっている。そういう者に育つように仕込むのが躾なのです。なんで、そうするのか、わかりますか?当人が楽になるからです。生きていく、ということは、日常の用をこなしていくということです。人です。獣ではないのです。汚れたままの皿で物を食べるにはゆかぬのです。誰かが皿を洗わなければなりません。自分で洗わなければ、何者かが洗ってくれているのです。もろもろな事情で、その何者かがいなくなるさのはいくらでもあることです。そうなったとしても躾られていれば、なんの痛痒も感じません。日常の用を、自分で苦もなくこなせるというのは、それだけで縛られるものがなくなるということです。自由になるということなのです』
Posted by ブクログ
ある御藩主と名医、そして家臣たちの物語であると読み始めるが、最後に予想しない結末が待っていた。
蘭学や漢方医、時代背景など、細かな情報が精確に著され、表現も会話も、そして物語も武家社会そのものを感じさせる、独特の世界。
「跳ぶ男」「本を売る日々」を読んで3冊目の作者。どれも一分の隙もなく、時に非情でさえある。しかし、どの人物も人としての魅力に惹かれる。
Posted by ブクログ
漢方と蘭方の関係の描写が興味深い。人間宣言する前の天皇というものの記憶を語るものがまだ大勢いた昭和の終わりに天皇の体にメスが入ったとの報道に、医者の気持ちというものは如何なるものかと想像した時のことを思い出す。思想信条の違う人々があれこれ申していたことも同時に思い出す。漢方から蘭方に移る過渡期について、さる藩の出来事を通じて描く。家族の物語であると同時に、流行りの言葉で言えば「イノベーション」の歴史を書いているとも言える。
ミステリーの部分についてはなかった方が良かったと思うが、泉鏡花の「外科室」を思い出した。
Posted by ブクログ
「父がしたこと」
タイトルに惹かれ
読む前から(父は何をしてしまったの?)と
気になって仕方がない。
青山文平さんが描く世界だから
「父のしたこと」の大きさは
とても許されることではないだろうと予測はつく。
蘭学排撃の嵐が吹き荒れる中
藩主の病の治療は外科手術で行われることになった。
当時は漢方医が主だ。
手術で藩主に危機が及べば一大事。
相当な覚悟が必要だったと思う。
どのように蘭方外科が成ってきたのか。
丁寧に書かれているのでその歴史も知ることができる。
曲がらぬ一本の筋。
ときには、それが厄介なのだと改めて思う。
Posted by ブクログ
いかにも青山文平らしいというか…
でも、納得いく結末かと言われれば、ちょっと。もし、本当に「父がしなければならなかったこと」だとしたら、真相は息子にも書き置くべきではなかったのでは(それでは小説にならない、というのは置いとくとして)。
Posted by ブクログ
目付の永井重彰視点で語られる静謐な物語。
蘭方が認められ、発展し始め、漢方医からの反発が強まるなかで行われた藩主の外科手術。執刀医の向坂は重彰の息子の恩人だった。藩主の信頼厚い小納戸頭取永井元重は、失敗したときに孫の恩人を守るため、策を巡らし、息子と二人だけで藩主の手術・療養を乗り切ることにする。
医師を志したことがあり、世の中の流れにも敏感で、思慮深く、柔軟な思考をもっている元重。先進的な考えを持つ英明な若き藩主。父と同じく医師を志したことがあり、息子の療養に際しても妻を守り、夫婦協力することを当然と思う重彰。芯の通った聡明な母と妻。良心的な名医向坂。
どこをとっても悲劇になりそうもないのに、静かな語り口が不穏を孕む。
そしてあってはいけない出来事が起こる。
遺書で全ては明らかになるが、が!
結局のところ自己満足にしか思えないのは仕えるべき主をもたない、現代人だからか。
聡明で柔軟だと思えた人が犯した二つの罪。二つめはずるいなとすら思ってしまう。封建制の呪縛からまだ逃れられない世代というべきか。