【感想・ネタバレ】ことのはのレビュー

あらすじ

【電子版のご注意事項】
※一部の記事、画像、広告、付録が含まれていない、または画像が修正されている場合があります。
※応募券、ハガキなどはご利用いただけません。
※掲載時の商品やサービスは、時間の経過にともない提供が終了している場合があります。
※この商品は固定レイアウトで作成されており、タブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。
また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。
以上、あらかじめご了承の上お楽しみください。


『美少女戦士セーラームーン』月野うさぎ、『新世紀エヴァンゲリオン』葛城ミサト……声優・三石琴乃、声優哲学を語り尽くす!

入れ替わりの激しい声優業界を生き抜くために大切なことは――?

1990年代、『美少女戦士セーラームーン』月野うさぎ役『新世紀エヴァンゲリオン』葛城ミサト役で一躍人気声優になった三石琴乃。
アニメ、外画、ナレーションと活躍し、TBSドラマ『リコカツ』『Get Ready!』などで女優としても存在感を増し、幅広い活躍を見せている。

幼少期、真面目で目立たなかった少女が、声優という世界に飛び込み、時に傷つきながらも築き上げてきた“琴乃のポリシー”。これまでに歩んできた道を振り返りながら、未来への思いを込めて紡ぐ“ことのは”には、声優という仕事への大きな愛が詰まっている。

アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』監督の庵野秀明、『美少女戦士セーラームーン』原作者・武内直子、『おるちゅばんエビちゅ』原作者・伊藤理佐、ドラマ『リコカツ』で母娘役として共演した女優・北川景子からの寄稿も収録。
公私ともに交流の深い声優・高山みなみとの対談、声優養成所時代の同期・高木渉、森川智之との鼎談、両親・弟との家族座談会といった特別企画も。

声優という仕事への愛と苦悩、そのすべてを語る。


三石 琴乃(ミツイシコトノ):1989 年デビュー。『美少女戦士セーラームーン』(月野うさぎ)で彗星のように人気声優に。『新世紀エヴァンゲリオン』(葛城ミサト)『ONE PIECE』(ボア・ハンコック)、『名探偵コナン』(水無怜奈)、『呪術廻戦』(冥冥)など時代時代のヒット作に常に名を連ね、『ドラえもん』(野比玉子)『クレヨンしんちゃん』(上尾ますみ)などの国民的アニメ、海外ドラマ『グレイズ・アナトミー』(メレディス・グレイ)、バラエティ番組や CM のナレーションなどで多岐にわたり活躍。近年はTBS『リコカツ』などのドラマ出演にも幅を広げ、常に第一線を走り続けている。

...続きを読む
\ レビュー投稿でポイントプレゼント / ※購入済みの作品が対象となります
レビューを書く

感情タグBEST3

Posted by ブクログ

ネタバレ

なぜ「継承」は断絶するのか
――バブル崩壊後に失われたものと、再結集という選択

ブームは終わる。
問題は、その後に何が残るかだ。

ことのはに収められた、
森川智之・高木渉の同期対談、そして高山みなみとの対話は、
バブル崩壊の“後”を静かに照らし出す。

そこで語られるのは成功譚ではない。
むしろ

「何が失われたのか」

という欠落の記録である。

失われたものは三つある。
第一に、現場知の連続性。
第二に、判断の基準。
第三に、距離の取り方だ。

ここに第一の逆理がある。

本来、ブームは裾野を広げるはずだが、
崩壊のあとには

広がったはずの知が、断片化して残る。

継承は量ではなく、線で成り立つ。
だが線は、途中で切れた瞬間に機能を失う。

では、なぜ断絶は起きるのか。

理由は単純ではない。
ただ一つ確かなのは、

「教える側」と「受け取る側」の前提が一致しなくなる
という点である。

ここに第二の逆理がある。

経験は蓄積されるほど共有されやすくなるはずが、
実際には

時代が進むほど、共有は難しくなる。

文脈が変わるからだ。
同じ言葉でも、意味がずれていく。

このズレを埋める仕組みとして、
団長が言及された

勝田声優学院のような場は象徴的である。

そこは単なる教育機関ではない。
基準を再同期する装置だった。

だからこそ「再結集」という発想が出てくる。

しかし、ここにも第三の逆理がある。

過去の成功した枠組みを再現しようとするとき、
それはそのままでは機能しない。

同じ形式は復元できても、同じ文脈は復元できない。

ゆえに必要なのは復古ではなく、再設計である。

では後輩世代の課題は何か。

本書の対談が示唆するのは明確だ。

何を受け取り、何を捨てるか
どの距離でトレンドに関わるか
どの基準で自分を規定するか

つまり、

「選択の軸」を持てるかどうかである。

ここで終極に至る。

継承とは、知識の移動ではない。
判断基準の移植である。

それがなされない限り、
どれだけ情報があっても、同じ失敗は繰り返される。

そしてこの問題は、教える側だけの責任ではない。

受け取る側が、何を受け取るかを選ぶ責任を持つ。

だからこの議論は「忠告」で終わる。
それ以上は、強制できない。

ゆえに結論は一つだ。

継承は用意されるものではない。
選び取られて、初めて成立する。

――それが、バブル崩壊後に残された本当の課題である。

0
2026年04月30日

「エッセイ・紀行」ランキング