あらすじ
2021年11月は「一橋大学アウティング事件」の控訴審判決から1年にあたる。「パワハラ防止法」により、2022年4月からは中小企業でもアウティングの防止対策が義務付けされることになっている。
なぜアウティングは「不法行為」と判断されたのか? そもそもなぜ、性的指向や性自認といった個人情報の暴露が「命」の問題につながってしまったのか?
実は、一橋事件の前からこうした被害は起きていたし、現在も起きている。学校や職場などの身近な人間関係、不特定多数に瞬時に情報を発信できてしまうネット社会において、誰もが加害者にも被害者にもなり得るのだ。
校舎から飛び降りたのは、私だったのかもしれない――。勝手に伝えることが誰かの「命」を左右する瞬間を、痛みとともに、ひとりの当事者が描き出す。
一橋事件を一過性のものとせず、被害を防ぎ、これ以上「命」が失われないためにも、いま改めて考えたい「アウティング問題」の論点!
■「アウティング」とは?
本人の性のあり方を同意なく第三者に暴露すること。
■「一橋大学アウティング事件」とは?
「おれもうおまえがゲイであることを隠しておくのムリだ」。一橋大学大学院のロースクールに通うAがゲイであることを、同級生ZがクラスメイトのLINEグループに同意なく暴露。心身に変調をきたしたAは2015年8月、校舎から転落死した。翌16年、遺族が学生Zと大学に対し損害賠償を求めて提訴。20年11月の控訴審判決では、本人の性のあり方を同意なく勝手に暴露するアウティングが「不法行為」であることが示され、世間的にも「アウティング=危険な行為」という認識が広まるきっかけとなった。地方自治体だけでなく、国レベルでも大きな影響があった。
■目次
はじめに
第一章 一橋大学アウティング事件――経緯
第二章 アウティングとは何か
第三章 繰り返される被害
第四章 一橋大学アウティング事件――判決
第五章 アウティングの規制
第六章 広がる法制度
第七章 アウティングとプライバシー
第八章 アウティングの線引き
第九章 アウティングのこれから
終章 アウティング、パンデミック、インターネット
おわりに
■著者プロフィール
松岡宗嗣〈まつおか・そうし〉
1994年愛知県名古屋市生まれ。明治大学政治経済学部卒。政策や法制度を中心とした性的マイノリティに関する情報を発信する一般社団法人fair代表理事。ゲイであることをオープンにしながら、HuffPostや現代ビジネス、Yahoo!ニュース等で多様なジェンダー・セクシュアリティに関する記事を執筆。教育機関や企業、自治体等での研修・講演実績多数。2020年7月、LGBT法連合会・神谷悠一事務局長との共著『LGBTとハラスメント』(集英社新書)を出版。近著に『「テレビは見ない」というけれど--エンタメコンテンツをフェミニズム・ジェンダーから読む』(青弓社)、『子どもを育てられるなんて思わなかった--LGBTQと「伝統的な家族」のこれから』(山川出版社)。本作が初の単著となる。
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
性の二元論規範に基づく世界の生き辛さはマイノリティに限らずシスヘテロも感じたことがあるはずです。
本来、「理想」である セクシュアルマイノリティに対する差別や偏見が無い世界 には法整備は不要である。
だが過渡期にある現状を踏まえると、
「目標」として掲げられる当然の権利 マイノリティが差別的取り扱いや不利益を被らない社会 の実現のためには法制度などによるアウティングの規制が必要である。
最終的な理想はもちろんアウティングという言葉が無くなるくらいセクシュアリティの多様性が当たり前に受け入れられる世界になることです。
今失うことになるかもしれない尊い命や壊れてしまうかもしれない大事な心を救うために、差別禁止やアウティング規制などの法整備を行うことが急務であることを再認しました。
カミングアウトの自由 は 個人の権利 である。
当事者でありアライの自分として、とても共感できる本でした!
Posted by ブクログ
難しい、すごく難しい…
デリケートな問題すぎる…
大学生が亡くなったニュースは、なんとなくは知ってたけど
詳しい背景が分からなかったが、読んで分かった。
本人の同意なく第三者にバラしてしまうこと→アウティング
アウティングは絶対にダメだと思うが、誰かに相談したくて誰かに話してしまうと、その行為がアウティングになってしまう…
難しいわ。
まわりの環境次第でカミングアウトできたり、できなかったり…
これからの時代、職場でもトランスジェンダーの人が出てくるかもしれない。
そんな人たちが、働きやすいように
男子トイレ女子トイレのほかに、もう一つ用意した方がいいのでは?とかロッカー室の中にも個室の着替えるところが無いとダメなんだろーな。とか、環境作りも必要になってくるな。
将来、何かしら息子がカミングアウトしても、ちゃんと受け止めなければいけないな。
まだ、5歳だけど…
Posted by ブクログ
以前から、答えを出せずにいたことがある。
それは、カミングアウトをされた側が過度な苦しさを覚えた場合、そのカミングアウトはどのように捉えられるのか、ということである。
ある芸能人がカミングアウトをした際、SNSでは「セクハラだ」という声が見受けられた。敢えて「あなたは性的対象です」と宣言されていると捉えたという。
カミングアウトは、本書でも述べられている通り、マイノリティ性が先行する人々に保障されるべき権利である。しかしながら、カミングアウトを受けた人が、例えば同性愛者からトラウマ的な被害を受けていた場合、その人に対する「被害」は想像できない。
このような点について、本書では明確に答えられていない。しかし、これに対して示唆を与える言説があった。それが、以下の言説である。
もし、そのことに違和感なくやり過ごせているのであれば、それはその人にとって常に、「私はシスジェンダーの異性愛者であること」をカミングアウトしている状態とも言えるだろう。(p.98)
シスジェンダー、異性愛者であっても、不可視化されているだけであって、普段から「カミングアウト」をした状態なのである。このように捉えれば、マイノリティ性がカミングアウトすることは、より正当性のあるものであると考えられる。ただし、それでもトラウマ的な経験のある人にとって、カミングアウトを受けることは酷なものであり、前述の捉え方は直接的な配慮になっていない。この点は未だ課題でもあるのだろう。
Posted by ブクログ
恥ずかしながら、この本に出会う前はアウティングについて詳細に知りませんでした。しかし、この本では言葉の意味を説明しながら、どのような危険性を持っているのか細かく書いてあり、勉強し始めの私にとってとても有用なものでした。
アウティングを知っていれば、未然に防げたような事例ばかりで、アウティングを知る前の私はどうだったのかと振り返るきっかけになりました。
また、「なぜ性的マイノリティは存在するのか」という問いに対して、「シスジェンダーと異性愛が自然とバイアスになっている」という気付きにハッとしました。マイノリティがいるということは、当たり前にマジョリティがいる、同じ世界で暮らす人々でなぜ分かれるのか、マジョリティ側に目を向けると、なぜマイノリティがマイノリティとして存在することになったのか見えるような気がしました。
Posted by ブクログ
「おわりに」にある「誰かの命は、まずそれだけで大事にされるべきものであり、他の誰かにとっての大切な命」 を再度自らの肝に銘じ、自分の全ての行動をこの理念に因るものとしたいと思った。学ぶところの多い一冊だった。
Posted by ブクログ
地球っこさんのレビューをみて読んだ本 シリーズ。。
すごく勉強になった。。
一橋大学アウティング事件で、一つの命が失われた。
きちんと相談もしていたのに。
そして、組織は内容を隠した。
これは絶対に許せない。
自分としては多様性を認め、人を偏見で見てはいけないと漠然と思っていた。
でも、この本を読んで、マイノリティの人にとって他人の心ない一言が命に繋がる事を知った。
社会がもっと成熟しなければ、、、
一体いつになればみんながわかり合えるのか。
無駄な命なんてない。
不幸なことがこれ以上起こりませんように。
メモ
026
つらいことがあったら言いなさいね。そしたらつらいことが半分になるから。楽しいことも言ってね、楽しいことが倍になるから。
091
壁は社会にあった。
092
性的指向、性自認等に関する公表の自由個人の権利として保障されること
何人も性的指向、性自認等の公表に関して、いかなる場合も、強制し、若しくは禁止し、又は本人の意に反して公にしてはならない。
139
要配慮個人情報
本人の人種、信条、社会的身分、病歴、犯罪の経歴、犯罪により害を被った事実その他本人に対する不当な差別、偏見その他の不利益が生じないようにその取り扱いに特に配慮を要するものして政令で定める記述等が含まれる個人情報をいう。
199
ゲイであってもなくてもどちらでも構わないのではないか
206
本来、性別という情報は、「見ればわかるもの」でもなければ、知られても「たいした問題ではない」というわけでもない。
212
韓国の事例
215
監視資本主義
プライバシーという権利
230
誰かの命は、まずそれだけで大事にされるべきものである。そしてそれは、他の誰かにとっての大切な命でもあります。
Posted by ブクログ
「アウティング」とは本人の性のあり方を同意なく第三者に暴露することをいいます。
本書では「アウティング」が社会で注目される契機となった「一橋大学アウティング事件裁判」に筆頭に他にもアウティングが発生した事例をいくつか提示し「アウティング」が大切な人の命をも奪ってしまう危険な行為であることを私たちが理解することを助け、また今後の社会をより良い方向へと導くために私たちが性の多様性という問題にどう対処していったらよいのか考えさせてくれる一冊です。
性の多様性だけでなく出自、人種の多様性も「アウティング」のリスクを抱えています。
私は本書を読んだことで「アウティング」という行為を軽率にする、してしまう人間にはならないように努めようと強く決意しました。