あらすじ
フィクションとは、はじめ私が考えていたような、作者の勝手気ままによって、どのようにもなるというものではなく、むしろ、ある必然の動きをもって作者に迫ってくるものだ、ということができます。フィクションとは、全体の真実を、生きた形で表わすための、必要な新しいパースペクティヴなのです――作家志望者に向けた講座(「言葉の箱」)、フィクション論から自作歴史小説での史料活用法まで。貧血化し機能化する散文に対する、豊饒な文学世界の実現へと誘う創作講義。文庫オリジナル。
〈あとがき〉辻 佐保子〈解説〉中条省平
(目次より)
言葉の箱
Ⅰ 小説の魅力
Ⅱ 小説における言葉
Ⅲ 小説とは何か
フィクションの必然性
「語り」と小説の間
小説家への道
小説家としての生き方
なぜ歴史を題材にするか
『春の戴冠』をめぐって
歴史小説を書く姿勢
『言葉の箱』あとがきほか
辻佐保子
あとがきにかえて――記憶と忘却のあいだに
文庫版へのあとがき
中条省平
解説
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Posted by ブクログ
私の好きな作家は自殺したり、鬱になったり、退廃的だったりと逸脱気味の人が多いのだけど、その中で辻先生はまっとうな大人で、本棚に著作があると安心する。没後25年は経った今になって、講演録等をまとめた本書が再出版されたらしく、久しぶりに本屋でお名前を見かけて買ってしまった。
作家志望者向けの講座がベースになっており、辻先生の文学論や作家論が多く含まれている。見聞きした現実の世界ではなく、自分だけの世界を言葉によって作り上げることが小説を書くということであるとする。自分だけの世界というのは、根底の自分自身を動かしている観念、考え方に基づいていなければならない。絶望や死など、いい加減なものに妥協してはいけないと文学青年たちに釘を刺すところがさすが立派である。
また、文学の目的を現実世界と美の世界を逆転させ、人間をより高いものに向けていくことだとする。現実はきびしいが、きびしいと判断するのは私たちであり、自然と同様、本来は人間の生も沈黙している。それを意味のあるビジョンにしていくのが文学である。文学は想像力により一つの世界を作る。その世界を通る前と後で、読む者の人生は変わる。ある別の世界が与えられ、世界は豊穣となるという。
2026年、東京で何作かボッティチェリの作品が公開される。そのうちの1つはなんと『春の戴冠』とタイアップしている。本書では、辻先生がギリシャやフランスで感じた美のあり方が語られていて、『春の戴冠』に直接つながる着想を知ることができたのもよかった。ご自身が学園紛争などをとおして感じた世代間の断絶が投影されたのが主人公の娘アンナらしい。闘争をしていた学生の1つ上の世代で戸惑ったこともあったろうに、父性的な愛情をもっていたんだなと思う。
本書は講演などをまとめたものなので、似たような主題で似たようなことが語られている。辻ファンでなければ、正直全部読む必要はないと思うが、それでも全部読んでほしいと思う。