【感想・ネタバレ】妖精世界へのとびら ~新版・妖精学入門のレビュー

あらすじ

妖精の誕生・分類・系譜から、
伝説・文学・絵画・演劇などでの描かれ方まで、
妖精の多彩な世界の魅力を、
妖精学の第一人者・井村君江がコンパクトに解説した格好の入門書!

図版多数掲載!

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シェイクスピアは、目に見えない世界の妖精や妖怪、
魔女や幽霊や悪魔や妖精を劇によく登場させ、
心の機微や現実世界を重層的に見た。

科学が発達している今日でも、解明できない不可思議はこの世に存在する。

現実の世界をより豊かに生きていくためにも、
もっとよく「妖精」たちと、付き合うことが必要ではないだろうか。
――井村君江
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Posted by ブクログ

 井村君江さんの妖精やケルト思想関連の著書は、山田南平さんの『金色のマビノギオン』で参考文献にあがっているので前々から気になっていたが読めずにいた。最近ちょっとファンタジーづいていたので色々調べていたら、二〇二三年出版という新しいこの本を見つけた。『金マビ』の方も並行して既刊全七巻を読み直し、たいへん充実した妖精週間となった。(金マビの行方が気になりすぎる。)
 正直飛ばし読みした箇所もあるのにこう言うのも恐れ多いが、とても素晴らしい本だった。妖精、妖怪への情熱は水木しげる大先生に決して引けをとらない。漫画家である水木サンとは当然表現形態が違って、井村さんのは地に足ついた学術研究なのだけど、目に見えない、わかりやすく役に立つでもない、権威もない民間伝承のよくわからないものたちを対象に研究されてきた過程に思いを馳せてしまう。世界史や、文学や芸術の勉強をしたくなる。



 以下、気になったところだけ雑メモ。網羅的ではない。間違ってるかも。★は自分の感想。

▼現代の妖精
・アイルランドのノーベル賞詩人、W.B.イエイツ(一八六五〜一九三九)が、ギリシャ神話、アーサー王伝説、シェイクスピア等々で語られてきた物語を元に妖精を分類した。
・オックスフォードの中世英語教授J.R.R.トールキン(一八九二〜一九七三)が、昔話の妖精と新しい妖精「ホビット族」を組み合わせて『指輪物語』を著した。
・日本では水木しげる。★『水木サンと妖怪たち』で水木サン、英国の妖精の話していた。

▼妖精の始まり
・パラケルススの四大元素、自然の擬人化、卑小化した古代の神々、土地の霊、ゲルマン系堕天使、祖先の霊、などに妖精の起源は求められるが、ヨーロッパ民族のルーツであるケルトの思想が「妖精の世界」を生かしてきたのだと言える。
・ケルト民族は昔は広くヨーロッパ大陸中に暮らしたが、ローマ帝国に押されて「島」にたどり着く。なかでもアイルランドに強くその文化的特色を残している。
・古代ケルト社会においてドルイド僧は多岐にわたる役割を担ったが次第に「立法」「政治と祭祀」「詩人」にまとまっていく。中でも詩人は重要で、歴史や法律や英雄物語や宗教の教義など、社会のあらゆる知恵と知識を記憶し韻律に乗せ伝える、「語り部(フィラ)」「吟唱詩人(ポエルジ)」「吟遊詩人(バード)」なのである。
・アイルランドにもキリスト教布教の波が押し寄せたが、聖パトリックの采配で、ドルイド教は「異教」として排除されずにキリスト教とうまく融合していった(★日本の神仏習合に似ている)。そのおかげで妖精は怪物扱いされずに残ったし、さらにキリスト教の筆写僧たちが口承のケルト伝承を書き残してくれたために今につながっているとも言える。
・アイルランドに伝わる民族渡来神話では、今のアイルランド人の祖先にあたるミレー族が最後にやってきたとき、その前にいたトゥアハ・デ・ダナーン族は敗れたわけだが、ミレー族が「目に見える国」をつくり、ダナーン族は海の彼方や地下に逃れ「目に見えない国」を作ったとされる(★日本の国譲りに似ている? オオクニヌシは出雲へ、タケミナカタは諏訪へ)。
・「目に見えない国」は、山腹の洞窟や丘や土塚、先史時代の遺跡、埋葬塚など。これらを古代ゲール語で「シー」と呼ぶが、そこに住むダーナ神族(ダナーン族)のこともシーと呼ぶようになり、それがさらに「妖精」の意味を帯びていくようになる。

▼語られた&書かれた妖精
・口承、文献、絵画、演劇などの形で妖精の姿は表現され伝えられてきた。
・十二、三世紀、吟遊詩人がリュートやハープに合わせて歌う韻文ロマンス「ブルトン・レイ」が流行。十二世紀後半にフランスの女流詩人マリ・ド・フランスが十二のロマンスを北部フランス語で書き記した。これがイギリスにも伝わってさらに粉飾も施され広く愛唱されていった。宮邸風恋愛、妖精物語、アーサー王伝説、ケルト神話、などが入り混じった世界。アーサー王伝説の妖精といえば、ダーム・デュ・ラック、モルガン・ル・フェ、ニミュエ(★『金色のマビノギオン』読み直した)。
・シェイクスピアは、それまでの醜く恐ろしい妖精のイメージを一新し、現代にも通じる「美しく、可愛らしく、小さい」妖精像を生み出した。
・十九世紀浪漫派の詩人や画家も盛んに妖精を表現した。前世紀の合理主義の反動か。ジョン・キーツの詩や、ウォルター・スコットによるバラッド蒐集など。
・十九世紀末、アイルランド文芸復興運動の中心となったウィリアム・バトラー・イエイツは、アイルランド各地方で語り継がれてきた神話、民話、伝説こそ新しい文学の母体となるものだとの確信に基づき、『アイルランド農民の妖精物語』という編纂書を刊行(一八八八年)。ダグラス・ハイド(初代アイルランド大統領も務めた作家)、レディ・ワイルド(オスカー・ワイルドの母)など、この運動から多くのケルト文学者を輩出。
・児童文学。ジェイムズ・バリ(一八六〇〜一九三七)の『ピーター・パン』は様々な変遷をたどって現代に至っているが、ともかくバリは独自の視点で新たな妖精像を見出し愛した作家と言える。そしてトールキン『ホビット』(一九三七)、『指輪物語』(一九五四)を経て、C.S.ルイス(一八九八〜一九六三)『ナルニア物語』(一九五一〜五六)。キリスト教色が添えられるのが特徴。

▼描かれた妖精
・妖精の絵画の歴史も面白かったがメモは割愛。ただ、アーサー・コナン・ドイルの父とその兄(リチャード・ドイル、一八二四〜一八八三)が二人とも妖精を多く描いた画家だったというのは「へえ」だった。ただし父チャールズ・アルタモンド・ドイル(一八三二〜一八九三)は生涯を素人画家として終えている。精神病院で療養中に書き残した日記に妖精たちの絵が多く見られる。★二人とも絵はどちらかというと漫画チックでかわいい。

▼演じられた妖精
・仮面劇の演出をしたイニゴ・ジョーンズ(一五七三〜一六五二)、豪華な衣装、場面転換の機械装置や宙吊り、ゴンドラ、クレーンなど趣向が凝らされた。
・チャールズ・キーン(一八一一〜六八)による『夏の夜の夢』の演出に、ルイス・キャロルが熱烈なファンレターを送った。

▼コティングリー妖精事件
・少女二人が妖精とともに写る写真の虚実をめぐる事件。アーサー・コナン・ドイルが妖精の存在を弁護する『妖精の到来』という本を著した(一九二二)。
・ドイルの父と伯父の話は先述の通りだが、ドイル自身も神秘主義者の一面がある。十九世紀末はそれが流行ってもいた。
・一九六五年に、老婦人となったそのかつての少女たちと接触した記者による記事がきっかけで再燃。社会心理学者で心霊研究家でもあるジョー・クーパーがテレビ企画やインタビューで再三取材をし、真相を暴く。そして二人の同意の元これらの経緯を本にしている(『コティングリー妖精事件』日本語訳、一九九九)。また、十三名の学者たちにより、二〇二一年にも本事件関連の本が出ている。
・クーパーの著書を下敷きにした映画『フェアリー・テール』が一九九八年に公開されている。

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2024年08月01日

Posted by ブクログ

同著者の『妖精学入門』(講談社, 1998年)を改稿、「はじめに」として2017年に書かれた文章が同じく改稿のうえで加えられている。「I章 妖精はどこから生まれたのか」は、妖精というものが考えられるようになった理由を主にケルトとの関係性から考察。「Ⅱ章 妖精のエンサイクロペディア」ではたくさんの妖精たちが図版とともに紹介される。「Ⅲ章 創造された多彩な妖精像」は物語や絵画などフィクションのなかの妖精たちの紹介。最後にコティングリー妖精事件が紹介されていて、コナン・ドイルのことばを引きながら、目に見えない存在は時として不気味なものだが、「しかし、私たちの「生」に豊かなイマジネーションと活力を与えてくれるのも「目に見えない存在」なのではないだろうか」(p189)と著者は我々に語りかけてくる。古代から現代までの妖精たちと、著者のみちびきにより触れ合うことのできる楽しい本。

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2024年04月04日

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