【感想・ネタバレ】花で読みとく「源氏物語」 ストーリーの鍵は、植物だったのレビュー

あらすじ

◆花をよく観察していた紫式部
2024年のNHK 大河ドラマが、紫式部の生涯を描く「光る君へ」となりました。
ご案内の通り、紫式部の「源氏物語」といえば日本のみならず世界文学史上の名作で、源氏物語では約110種の植物が登場します。源氏物語は登場する植物の生態の記述や表現が至極正確で、しかも、各植物が物語の場面をつなぎ、人物表現や心理描写、場面転換に寄与しています。
源氏物語と植物の関係を知ることで、源氏がさらに面白くなります。

◆キャラクターや物語の進行に、効果的に植物が使われる
紫式部は、人物や巻名に植物の名をつけることで、読者のイメージをふくらませています。
重要な女性登場人物の名前には植物がからむことが多く、ヒロインの紫の上(ムラサキという植物があります)は臣下最上の色彩である紫色から、物語中最上の女性だと連想させています。現在、ありふれた植物であるアサガオは、当時は渡来したての新規な輸入植物で、朝顔の宮の楚々として清く貴い人物を示唆します。末摘花はベニバナの別名で、姫の赤鼻をもじったギャグです。
さらに、各場面や和歌の中にも、植物が使われます。源氏が紫の上を見初て詠んだ、
おもかげは身をも離れず山桜 心の限りとめて来しかど
(山桜の美しい面影が私の身から離れません。
私の心のすべてをそちらに置きとどめてきたのでしたが)
では、古来日本人に親しまれてきた桜をヒロインになぞらえています。
全編に散りばめられたウメ、サクラ、ヤマブキ、フジ、アサガオ、ナデシコ、オミナエシ、フジバカマ、モミジなど、今も私たちが慣れ親しんでいる花や樹木が、登場人物に艶やかな彩りを添えています。四季折々の美しさを湛えた花は多くの場合、歌に詠まれて贈答され、時に風景の中で情緒たっぷりに語られ、時に人物にたとえられ、そしてそれらを模した色目の衣服が雅な人たちによってまとわれます
本書では、本編を彩る主要なキャラクターごとに、花や植物との関係をひも解きます。



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玉鬘が好き

花を愛でる習慣がない人は源氏物語面白いとは思えないと思う。

川崎景介
東京都出身。1989年、アメリカのグレースランド・カレッジ卒業。2008年、倉敷芸術科学大学修士課程修了。2006年より、マミフラワーデザインスクール校長を務める。花にまつわる世界各地の文化を、独自の視点で調査研究する「考花学」を提唱。大学や文化団体などでの活発な講演活動や執筆を通じて、文化の啓蒙に努めている。日本民族藝術学会員。著書に『花が時をつなぐ』(講談社)、監修に『花のことば12ヶ月』(山と溪谷社)、『すてきな花言葉と花の図鑑』(西東社)他多数。

「大陸の文化がことのほか尊ばれた奈良時代の貴族社会において「花」といえば中国が故郷のウメを指すことが多かったのですが、平安時代になると我が国に自生していたサクラが注目を浴び、「花」の代表格へと押し上げられます。それまで内裏の前庭に植えられていたウメの木が九世紀半ばにはサクラの木にとって代わられたことも、その社会的風潮を如実に物語っています。「源氏物語」が著された十一世紀初頭になると、サクラは文学に彩りを添える重要な花となっていたのです。  さて、ここで問題は【紅葉賀】におけるこのくだりですが、原典に光源氏は「花」に例えられるとだけありますので、その花がウメだったのか、あるいはサクラだったのか明言はされていません。しかし、いくつもの訳本が、それはやはりサクラであったとしています。その理由を私なりに考えてみると、「花」に例えられた光源氏に並び立つ頭中将が「深山木」に例えられていることが重要です。やはり当時は同じ「花」と呼ばれ得る存在だったとしても、スケールの大きな山林を彩る花といえば大木になるサクラであり、それに比べ小柄なウメではなかったと想像できるのです。」

—『花で読みとく「源氏物語」 ストーリーの鍵は、植物だった』川崎景介著

「季節の花や葉を頭に挿すこの習慣を挿頭といいます。たくましい生命力から中国では不老不死の花として称えられたキクが光源氏の頭に挿されたのですが、これは才気あふれる貴公子の長寿を願ってのものだったのでしょう。」

—『花で読みとく「源氏物語」 ストーリーの鍵は、植物だった』川崎景介著

「実際、お嬢様育ちの葵の上には周囲の気持ちを察せない側面があり、そのことが彼女自身に悲劇をもたらす様子が【第九帖「葵」】で生々しく描かれます。」

—『花で読みとく「源氏物語」 ストーリーの鍵は、植物だった』川崎景介著

「 ハスは泥中から伸びた茎の先端に美しい大輪の花を咲かせることから、釈迦が「泥中から咲くハスのように、たとえ汚れた浮世であったとしても、修行を積めばそこで悟りを開くことができる」と弟子を諭しながら指し示したと伝わる仏教徒にとって重要な花です。こうした説話からハスは極楽浄土に咲く花に位置づけられ、紫の上と光源氏は浄土の再会をハスに誓ったことになります。  ハスの花言葉に「清らかな心」というのがあります。夫である光源氏のわがままを許し、自分に不利益をもたらすかも知れない相手にも心を開き、他人の子どもを愛を込めて育て上げた孤高の淑女・紫の上のためにあるような花言葉です。」

—『花で読みとく「源氏物語」 ストーリーの鍵は、植物だった』川崎景介著

「三の君こと花散里は波乱万丈の人生を生きた光源氏に最も癒しを与えたであろう女性です。控え目で台詞も少ない花散里ですが、その行いや周囲の評判から面倒見がよく穏やかな人格者であったことがうかがえます。  若いころから光源氏の心の拠り所であり、目立たないもののやがて事実上の妻の一人として六条院に迎え入れられ、光源氏の嫡男で生まれてすぐに母親を亡くした夕霧を養育するなど光源氏の厚い信任を得た数少ない女性です。」

—『花で読みとく「源氏物語」 ストーリーの鍵は、植物だった』川崎景介著


「朱雀院の強引な決定は結局誰も幸せにせず、次世代の薫にまで暗い影を落とすことになります。夫である光源氏に愛されず、柏木との間に不義の子をもうけた末に仏に救いを求めようと若くして出家の道を選ぶ女三の宮は、身分の高さがあだとなった不幸な姫君として悲しみを誘う登場人物です。」

—『花で読みとく「源氏物語」 ストーリーの鍵は、植物だった』川崎景介著

「 日本の原風景を彩っていたのがヤマザクラです。大まかにいってヤマザクラが交配されて生まれたのがサトザクラであり、前者はもともと自生していたサクラ、後者は人が育てた園芸品種というふうに定義できます。  桜の名所・吉野で花とともに葉をつける系統のサクラはヤマザクラと総称されます。いっぽう私たちがよく花見で仰ぎ見る花だけを先に咲かすエドヒガンやソメイヨシノはサトザクラの枠でくくられます。柏木と女三の宮が歌に詠んだサクラは原種のヤマザクラだと思われ、柏木が詠んだように夕日に照らされた素朴なサクラの花はさぞや美しかったことでしょう。」

—『花で読みとく「源氏物語」 ストーリーの鍵は、植物だった』川崎景介著

「季節の花を頭に挿して自然の生命力にあやかろうとする挿頭の風習にも見られるように、先人は花や、花を思わせるものを身に着けることを好みました。布の色で季節の花を表現した襲はそうした趣向の明確な現れといえるでしょう。そして、その趣向の背景には植物の生命力を尊ぶ思い、また花や葉の美しさへの憧れがあったのです。  艶やかな装束姿の幼き侍女らに囲まれて、美しい絵画を観賞するという、まるで夢のように優雅な絵合の軍配はどちらに上がったのか。この機会にぜひ「源氏物語」を読みといていただき、ご自身でご確認いただければ幸いです。」

—『花で読みとく「源氏物語」 ストーリーの鍵は、植物だった』川崎景介著

「【第一帖「桐壺」】は光源氏の実母・桐壺更衣の話でもあります。彼女の不幸は桐壺帝の寵愛を更衣の身分であるにも関わらず独占してしまったことです。たいてい帝には複数の妃がいますが、その中で最も位の高いのが中宮と呼ばれる皇后であり、これは一人しかなれません。  次の身分に相当するのが女御で、この中から中宮が選出されます。そして最も低い身分とされるのが更衣であり、それでも桐壺更衣はあり余るほどの格別な扱いを帝から受け、自らも高貴な人らしく気丈にふるまい、最も帝に近い妃となるほど魅力的な女性でした。」

—『花で読みとく「源氏物語」 ストーリーの鍵は、植物だった』川崎景介著

「 光源氏を産んでから間もなく亡くなる桐壺更衣を、ことのほか愛した桐壺帝が彼女の面影を持つという理由で妃に迎えたのが藤壺宮、後の藤壺中宮です。幼き光源氏も亡き母に匹敵する美貌を持つと噂される藤壺宮に憧れ、季節の花やモミジを贈るのでした。そんな仲のよい二人の様子を見た人々は光源氏を「光る君」、藤壺宮を「輝く日の宮」とそれぞれ呼んで誉めそやしました。」

—『花で読みとく「源氏物語」 ストーリーの鍵は、植物だった』川崎景介著

「「大和撫子」などといって、今では魅力的な日本女性を意味するナデシコの花ですが、古くは光源氏と藤壺宮のやりとりに見られるような男女を問わず可愛らしい子どものことを意味し、「撫でし子」が元になってナデシコと呼ばれるようになったともいわれています。  ナデシコには古くから穢れを払う力があると信じられ、先人が河原で子どもたちをこの花で撫でて無病息災を祈ったという話もあり、こうした風習も「撫でし子」の名の由来になったようです。そして、ナデシコは秋の野を愛らしく彩り、今でも見る者の心を清め癒してくれているのです。」

—『花で読みとく「源氏物語」 ストーリーの鍵は、植物だった』川崎景介著

「 その後も光源氏は空蟬が住む邸を訪れ、彼女に近づく機会をうかがいます。ある時、光源氏は空蟬と、その義理の娘の軒端の荻が碁を打つ姿を垣間見ます。美人ではあるけれど品格に欠ける軒端の荻に比べて、派手さはないけれど上品な空蟬のほうがやはり光源氏の目には魅力的に映ります。  その夜、たまらず空蟬の寝室に忍び込んだ光源氏ですが、それを察知した空蟬は素早くその場から逃げ、光源氏は側に寝ていた軒端の荻とともに取り残されてしまい、作戦は空振りに終わります。  まだまだ若く経験不足の光源氏が、自分より身分の低い空蟬をどこか見下して意のままにしようとし、その末に痛いしっぺ返しを食う話は、光源氏に人としての成長をうながす大切なエピソード。  世の中の酸いも甘いも味わい尽くした空蟬はその後仏道に救いを求め、地味ながら実直に生きる彼女のことを、光源氏は長きに渡り支援することになります。」

—『花で読みとく「源氏物語」 ストーリーの鍵は、植物だった』川崎景介著

「常緑樹のサカキは通年変わらない光沢のある葉が不変の概念と結びつき、昔から神々の依り代に相応しいとされた神木です。神芝とも呼ばれ、ある地域では正月に門松の代わりに用いられることもあるようです。光沢がある門松に人々はより一層の神々しさを感じたことでしょう。  サカキは漢字で榊と書きますが、この「木」と「神」を合わせた字は日本固有のもので、それだけ我が国における重要な樹木として特別視されたのがうかがえます。神社の行事で奉納するサカキの枝葉を玉串と呼び、これは「古事記」などでサカキの木に神聖な飾り物である玉を下げて奉ったことにちなむという説もあります。」

—『花で読みとく「源氏物語」 ストーリーの鍵は、植物だった』川崎景介著

「「源氏物語」には多くの容姿端麗で社交的な女君らが登場しますが、彼女たちとは一線を画す末摘花は極端に内向的な女性です。しかし、亡き父の教えを守りながら慎ましく暮らす純真で一途な心の持ち主の末摘花に感動した光源氏は、その後長きにわたりこの不運な姫君を庇護することになります。」

—『花で読みとく「源氏物語」 ストーリーの鍵は、植物だった』川崎景介著

「ベニバナは遥か遠くのエジプトを故郷に持つ、古くから染料の素材として世界各地で重宝された花です。日本には飛鳥時代に伝わり、花から採れる朱色が人気を集めました。染料として用いられるのは茎の末端につく細い花弁で、染色職人はこれを摘んで朱の色を得ました。引っ込み思案の姫君に与えられた末摘花の呼称もこれにちなんでいます。」

—『花で読みとく「源氏物語」 ストーリーの鍵は、植物だった』川崎景介著

「これは、平安時代初期の歌人、大江千里による「照りもせず曇りもはてぬ春の夜の朧月夜にしくものぞなき」(はっきりしない春のおぼろ月夜は他にくらべようもない)の歌にちなんだもので、確かにその夜は霞がかった月が綺麗な夜でした。光源氏は奔放な雰囲気のその女性に声をかけ、一夜を共にします。  明け方、名も知らぬその女性に素性を訊ねる光源氏ですが、女性は、憂き身世にやがて消えなば尋ねても草の原をば訪はじとや思ふ(私の憂き身がこのまま消えたとしても、私が葬られた草の原を訪ねようとまではお思いにならないでしょう)  と言って、「それほど真剣な恋ではないのでしょう」と光源氏をはぐらかします。  それに対し、光源氏は「これは失敬」とわびながら、次の歌を返します。何れぞと露の宿りを分かむ間に小笹が原に風もこそ吹け(露のようなあなたの身の上を知ろうと尋ねている間に、小笹が生えた野原に風が吹いて露が吹き飛んでわからなくなったら大変でしょう)「風が吹くように世間が騒ぎ始めて、小笹についたあなたという露がどこかに吹き飛んで会えなくなったら嫌です」という気持ちをササについた露にこめて源氏は本気のほどを伝えます。」

—『花で読みとく「源氏物語」 ストーリーの鍵は、植物だった』川崎景介著

「光源氏の年上の恋人、六条御息所の娘で、帝の代理として伊勢で神事を司る斎宮の巫女を務めた才女が、前坊の姫宮こと、後の秋好中宮です。  光源氏との関係に終止符を打とうと、六条御息所は斎宮となる娘とともに伊勢へと旅立ちます。その後、自らの死を予見した六条御息所は都へと戻り、巫女の任を終え前斎宮となった娘を光源氏に託して出家し、そのまま亡くなってしまいます。光源氏は母親の面影を持つ前斎宮に魅了されますが、亡き母親の六条御息所に配慮し、その娘を養女として迎え入れます。  その後、光源氏は藤壺の元中宮と相談して前斎宮を冷泉帝の妃として入内(皇后、中宮、女御となる女性が正式に宮中に入ること)させるべく手筈を整え、それを実現。こうして、前斎宮に確固たる後ろ盾を与えることで亡き六条御息所に報いようと光源氏は心を砕いたのです。」

—『花で読みとく「源氏物語」 ストーリーの鍵は、植物だった』川崎景介著

「 政敵の娘との密会が露見したことで宮中で干された光源氏は、須磨へと落ち延び、地元の有力者である明石の入道の娘、明石の君を娶ります。その二人の間に生まれた愛くるしい女の子が後に入内して明石の中宮となる明石の姫君です。  明石の入道は、身分の高い光源氏と娘を結びつけることで後々までの一族繁栄を夢見ます。まるでその夢のシナリオ通りに、他でもない紫の上に育てられ、東宮に入内し、今上帝の中宮にまでなる明石の姫君は「源氏物語」随一のサクセスストーリーの体現者です。  後に明石の中宮と呼ばれた彼女の第六皇子・匂宮が次世代の物語をけん引する存在となる点からも、明石の姫君が源氏一族の繁栄に多大なる貢献をしたことは間違いありません。」

—『花で読みとく「源氏物語」 ストーリーの鍵は、植物だった』川崎景介著

「その点、この朝顔の姫君は少し事情が異なります。それは彼女の朝顔の姫君という呼称が、かつて光源氏が式部卿の姫君に歌と一緒にアサガオの花を贈ったのを周囲の女房(女官)たちが噂していたのが根拠となっているだけだからです。  なぜ光源氏が桃園宮の姫君にアサガオの花を贈ったのかについてはどこにも触れられていません。その後、朝顔の姫君と光源氏とのやりとりの中で、ようやくアサガオを題材にした歌が出てきますが、朝顔の呼び名の由来もそのやりとりから推察する以外にないと思います。」

—『花で読みとく「源氏物語」 ストーリーの鍵は、植物だった』川崎景介著

「このやりとりから、かつて源氏がなぜ彼女にアサガオの花を贈ったのかがおぼろげながら想像できます。自分のことを好いてくれていると思ったら、一転して遠のいていってしまう相手を源氏は「朝に美しく咲いても、長くは愛でられないアサガオの花」に例えたのではないでしょうか。そして朝顔の姫君もまた、自分がアサガオに例えられたのを否定はしませんでした。  朝だけ花を愛でられるアサガオの花言葉は「儚い恋」。若き頃は半ば相思相愛だった光源氏と朝顔の姫君にぴったりの花言葉です。  アサガオは虫下しの薬として評判を得ていた種子が、まずは大陸からもたらされ、奈良時代の人々は実際の花を知らなかった可能性があります。ですから「万葉集」に収録された山上憶良による秋の七草の歌に出てくる「あさがほ」はアサガオではなくキキョウだったとする説があります。平安時代になるとアサガオは庭で育てられるようになり、歌に「垣根にまとわりつく」とあることから、「源氏物語」に登場する朝顔は今私たちが慣れ親しんでいるアサガオと考えてほぼ間違いないでしょう。」

—『花で読みとく「源氏物語」 ストーリーの鍵は、植物だった』川崎景介著

「イネ科のオギは同じススキ属のススキによく似ているのでしばしば混同されます。オギとススキの見分け方は、種子の先端から伸びる芒と呼ばれる線状の細い部位があるのがススキ、ないのがオギということで、近づいて観察しないと違いが見分けられません。それにしても、秋の夕日に照らされて輝くオギの姿はまことに美しく、こんな見事な風景がいたるところで見られたであろう昔の人がうらやましくもあります。  そんな忘れがたい風景の中でオギの穂を撫でる風の音は、夕霧と雲居の雁がそれに悲しさを感じたように、様々な思いを人々の胸に去来させたことでしょう。  夕霧の歌と同じように秋風に揺れる姿が優雅なオギは「万葉集」に収録された歌にも次のように詠まれています。葦辺なる荻の葉さやぎ秋風の吹き来るなへに雁鳴き渡る(葦辺のオギの葉が音を立て、秋風が吹いてくるのにつれて雁が鳴き渡っていくことよ)  夕霧は詠み人知らずのこの歌にインスピレーションを得たのでしょう。風に音を立てるオギに加え、その上を鳴きながら飛んでいく雁が、いやがうえにも秋の深さを実感させる歌になっています。」

—『花で読みとく「源氏物語」 ストーリーの鍵は、植物だった』川崎景介著

「「源氏物語」の女性登場人物の中で最も波乱万丈の半生を送ったのがこの玉鬘ではないでしょうか。【第二十二帖「玉鬘」】から【第三十一帖「真木柱」】までが「玉鬘十帖」と呼ばれることからも彼女は物語中盤のメインヒロイン的存在です。  宮中の実力者で光源氏のよきライバル、頭中将とその愛人だった夕顔との間に生まれた玉鬘は、母親亡き後、乳母一家とともに隠れるように筑紫(現在の北九州)へ移り住みます。やがて美しく成長した彼女は諸事情から再び都の土を踏むのですが、かつて母親の夕顔と恋愛関係にあった光源氏は、玉鬘が都に帰還するとすぐに養父の役を買って出ます。しかし、玉鬘に夕顔の姫君の面影を重ね見た光源氏はこの義理の娘に胸をときめかせてしまうのでした。」

—『花で読みとく「源氏物語」 ストーリーの鍵は、植物だった』川崎景介著

「この歌の「葵」については「光にむかふ」つまり「光へと向かう」とあることから、ヒマワリと訳されることもありますが、「源氏物語」が書かれた平安中期には日本にヒマワリはまだ紹介されておらず、これは太陽のある大空に向かってすっきりと茎を伸ばすタチアオイであるとの説があり、本書ではそれを参考としました。  西アジア起源のタチアオイの歴史は古く、鎮静や消炎作用をうながす薬草だったことから、中国ではボタンにその地位を奪われる唐代まで最も人気の高い花でした。日本にも薬草として紹介され、やがて花の美しさも愛でられるようになり歌にも詠まれました。空に向かってスッと立つ姿に威厳を感じる花であるのに加え、たくさんの花を咲かせるので子孫繁栄を意味することもありました。そんな正のイメージを持つタチアオイと、光源氏に言われるままに行動せざるを得ない負の自分を比較しつつ玉鬘は嘆きともとれる歌を詠んだのです。「自らの意思で陽の光に向かって伸びるタチアオイでさえ、消せないものがある。だから自分の意思で動けない私が、どうしてあなたの存在を心から消すことができましょうか」。そんな玉鬘の心の叫びと自分への恋心に苦しむ蛍宮への優しい思いやりがこの歌からは同時に伝わってきます。  タチアオイの花言葉に「気高く威厳に満ちた美」というのがありますが、多くの制約が加えられても、それを不満に思いながら気高さを失わない玉鬘にこそ贈りたい花言葉です。  養父の光源氏に宮仕えをうながされたあげく、理想の相手とは言い難い髭黒と結婚せざるを得なかった玉鬘は、その時代の女性がいかに不自由で、我慢を強いられたかを今に伝える「さすらいの姫君」なのです。」

—『花で読みとく「源氏物語」 ストーリーの鍵は、植物だった』川崎景介著

「この時、真っ先に光源氏に届けられた薫物は朝顔の姫君からのもので、練香を入れた香壺(練香を入れる壺)が香壺箱(香壺を入れる木箱)に二つ収められていました。それぞれの香壺には贈り物のしるしとしての心葉(金、銀、糸などで作られた小さな造花)が添えられていて、一つは五葉のマツの枝を模り、もう一つはウメの花木を模っていました。ちなみにマツは長寿を司り、ウメは春のはなやぎを意味し、明石の姫君の門出を寿ぐのにこれ以上相応しい心葉はないほどでした。  このように大切な身だしなみの品である薫物を贈り物にするさいには極めて高度な美意識が必要とされました。香りのたしなみはそれを贈答し合う人たちの心のたしなみでもあったのです。」

—『花で読みとく「源氏物語」 ストーリーの鍵は、植物だった』川崎景介著


「 フジは美しさや香りはもちろん、その蔓を素材に強靱な綱が作れるなど実用面でも古くから重宝された花です。藤沢、藤岡など「藤」のつく地名が数多く見受けられますが、その幾つかはフジの産地だった可能性があります。また、藤原、藤田、藤井など「藤」を頂く姓も多くあり、フジが一族に繁栄をもたらす樹木であるとかつて信じられたのが垣間見えます。「古事記」にフジにまつわる印象的な話があります。春山之霞壮夫という男神が結婚することになり、自分に自信がなく縮こまっていると、母はフジの蔓でできた衣服や弓矢を与えます。男神がそれらを身に着けて婚約者のもとを訪れると、全身からいっせいにフジの花が咲いて自信がみなぎり、めでたく結ばれたというのです。  フジの花言葉に「歓迎」というのがあります。フジの花が咲く頃、親しい人を邸に招いて共に花見をした古くからのしきたりにちなんだ花言葉だと思いますが、まさに頭中将が夕霧のために開いた宴は「歓迎」の花言葉どおりのものです。  藤見の宴のお陰で夕霧は雲居の雁と結ばれたというのですから、フジは縁結びにも効力を発揮する花なのかも知れません。」

—『花で読みとく「源氏物語」 ストーリーの鍵は、植物だった』川崎景介著

「このように薫は、遠くまで香る芳ばしい体臭を持つという特異体質の持ち主だったのです。既に豊かな香りを持つウメの花にしても、薫が軽く袖を触れただけでより芳ばしい香りを漂わすようになり、さらにそれを自分の着物にしみ込ませる者がいるくらいです。また薫がフジバカマを手折ると本来の花の香りが隠れてしまい、一段と素晴らしい香りが追い風に乗って遠くへ運ばれるほどだというのです。  薫本人は自分の類希な芳ばしい体臭をかえって面倒に思い、しかし、そうであるがゆえにめったに香など焚きしめません。その反対に、天性の香りを持つ薫を、匂宮はとても羨ましがり、同世代の薫にライバル心を燃やすあまり衣服に念入りに香を焚きしめて薫に対抗するのでした。」

—『花で読みとく「源氏物語」 ストーリーの鍵は、植物だった』川崎景介著

「 光源氏を祖父に持ち、今上帝と明石の中宮との間に生まれた匂宮は、生粋の皇族であり、将来を嘱望される若者です。しかし、彼は祖父ゆずりの浮気性と宮家に似つかわしくない自由気ままな行動が多くの波乱をもたらすトラブルメーカーとしての側面をもあわせ持ちます。  身分の高さゆえの堅苦しさを嫌い、その反動からか美しい女性を見た途端に甘い言葉で巧みに恋をささやく匂宮。「自由奔放なプリンス」、そう、彼にはそんな通り名が似合います。  宇治の中の君、夕霧の娘の六の君、そして最終盤のヒロイン・浮舟と、匂宮が恋する相手は皆、彼の魅力の虜になりながらもこの「自由奔放なプリンス」に翻弄されます。  特に匂宮との間に男の子をもうける中の君は、夫の感心が六の君や実の妹の浮舟へと移り変わるたびに戦々恐々とします。浮舟にいたっては匂宮と薫との間で板挟みとなり、生きる気力さえ失せてしまのですから、匂宮はかなりお騒がせな皇子なのです。」

—『花で読みとく「源氏物語」 ストーリーの鍵は、植物だった』川崎景介著

「浮舟は八の宮と、その女房(女官)だった中将の君との間に生まれ、その後母親に育てられた素朴な娘で、八の宮家の大君や中の君らと比べると、歌や楽器の演奏など貴族女性に求められたたしなみに秀でていたわけではありません。けれども、そんな彼女の等身大の魅力が薫や匂宮を虜にしたのでしょう。  義理の父の仕事の都合で京へと戻ってきた浮舟の話を彼女の姉・中の君から聞いた薫は、亡き大君の面影をこの末の妹に見ようと一方的に夢をふくらませていきます。  いっぽう、ひょんなことから浮舟と遭遇した匂宮は、早くも彼女に魅せられてしまいます。ここから何とか浮舟を独占しようと策を弄する薫と、隙あれば薫を出し抜いて浮舟の愛を得ようとする匂宮の腹の探り合いが繰り広げられます。  言うなれば浮舟は、身分を盾に女性に対して好き勝手をしかねない当時の貴族男性の犠牲者として描かれているようにさえ見え、そのあたりに紫式部が「源氏物語」に込めた貴族社会への痛烈な批判が反映されていると思います。  何かと世話を焼いてくれる薫。ロマンティックな大人の恋の世界へと自分を誘ってくれる匂宮。純粋で心の優しい浮舟は、自分に関りを持つ二人の青年との間で揺れ動き、板挟みになって苦しみます。そして彼女は自らの死ですべてを清算しようと決心するのでした。」

—『花で読みとく「源氏物語」 ストーリーの鍵は、植物だった』川崎景介著

「タチバナというと、そのふくよかな黄色い果実が真っ先に思い浮かびます。一年を詳細な季候ごとに細かく区切る七十二候の一つに「橘始黄」というのがあり、いかにこの樹木が暦として重んじられていたかがうかがえます。  また、「日本書紀」には不老不死の果実として非時香菓が登場しますが、これはタチバナの実を意味していたと考えられています。匂宮と浮舟が贈り合った歌にあるタチバナは常緑の葉が印象的な樹木ですが、それがどことなく先ほどの不老不死の果実と結びつき、朽ちることのない永遠の時の流れをイメージさせます。  浮舟は歌を通してタチバナの木の普遍性と、運命に流されて変わっていく自分とを鋭く対比し、未来への不安を訴えているように思えます。  タチバナの花言葉に「追憶」というのがありますが、まるで浮舟と匂宮のタチバナの小島での忘れ得ぬひと時を示唆しているようで興味深いものがあります。」

—『花で読みとく「源氏物語」 ストーリーの鍵は、植物だった』川崎景介著

「「源氏物語」に出てくる花についての本を書かせていただくにあたり、誰よりも私自身が得難い経験をさせていただけたと思っています。それというのも、「源氏物語」が何よりも人間味あふれる深淵な物語であり、この日本最古の小説が花を題材にした「美しい表現の宝庫」ともいえるからです。読み進めるうちに、誰でも間違いなく「源氏物語」の虜になることでしょう。」

—『花で読みとく「源氏物語」 ストーリーの鍵は、植物だった』川崎景介著

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2026年05月06日

Posted by ブクログ

日本の歴史でもこの時代は書物も読めないし(字が判別できない)読めても意味がわからない。
よってなかなかとっつきにくいのだが、この視点はとても良いと思った。
タイトル通り源氏物語だが、この物語の解説というよりは登場人物やその背景を植物で表している。
避けられないのは、和歌でありその解説は必要だが面白く読めた。
この時代の都人ならそれなりに暮らせたらだろうになぜと言うことが起こるのは、当時も今も変わらないんだと思いを馳せました。

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2024年06月23日

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