あらすじ
古田織部の自死から十八年――上段末尾に「遊びをせんとや」、下段末尾に「これにて仕舞」と記された、織部最後の茶会の指示書が見つかる。この席に誰が招かれ、これは何を意味するのか? 毛利家内での諍いに苦しむ中、茶の弟子である毛利秀元が真相を探る。
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Posted by ブクログ
茶の器で著名な古田織部。家康の名により切腹させられていたとは知らなかった。秀吉と千利休に関係に通ずるものもあり、歴史の再発見も面白く、楽しめる一冊。主人公は毛利秀元で、茶の名人でもある。吉原の花魁である白菊とも心を通わせるが。毛利藩主との関係、他の大名との関係、戦国大名の生き残りという自負など、いろいろな思いを拗らせている。もう過ぎ去ったこと、終わったことだが、大事なことを、人は忘れがちだが、自分を棚に上げて人を論う。自分の思いを貫き通すには、最終的には利休のように死を迎えるしかないのか。でも逍遥として受け入れている。読後、考えさせられるとても良い一冊。この著者の歴史小説は、歴史上の人物の再発見になって面白い。
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後白河法皇の話かと思ったら、サブタイトルに古田織部。
でも、主人公は織部の弟子だった毛利秀元でした。
豊臣の天下が盤石になった時千利休は切腹を命じられ、徳川の世が天下に示された時古田織部は切腹を命じられた。
という因縁を知らなかったので、興味深く読んだのですが…。
む、難しいよ、この本は。
歴史上の有名な人物は、ある程度名前がわかるのですが、さすがに役職までは把握できてるとはいいがたく、「飛州」とか「甲斐」とか「総見院」とか言われるたびに、誰だっけ?ってなる。
よく海外の小説で、名前とミドルネームと愛称が出てくるから、誰が誰やら…という話を聞いていたけど、初めて気持ちがわかりました。
織部が自裁した日に開いた、最後の茶会の茶道具や献立を記した掛け軸が、織部の弟子であった毛利秀元のもとに持ち込まれた。
そこに書かれていた「あそびをせむとや」という言葉の真意、織部は死を前にして何を思っていたのか、最後の茶会に呼ばれた客は誰か。
これがストーリーの第1の柱。
他は、毛利家の本家と秀元との確執が極まり、支藩扱いの秀元の藩を本家から独立させたいという、政治的な運動がもうひとつ。
そして葭原(よしわら)の太夫白菊との関係が三つ目なのだけど…これ、要る?
小難しい割に話が進まないというか、小難しいから進まないのか。
そして苦労した割に、カタストロフィがない。
ぶっちゃけ、家康は実用本位の遊びのないつまらん人間で、茶人たるもの、権力に負けて自分を曲げるなというのが、利休と織部の心意気ということです。
ちなみに不要なものを切り落として切り落として、最後に残ったものを最上のものとして大切にする利休と、一見失敗作のような武骨で歪なものの中に美をみつけた織部は、真逆のようでいて自分の美を曲げないという一点で、まさしくつながっている師弟だったのでしょう。
Posted by ブクログ
「尚、赫々たれ 立花宗茂残照」でデビューした著者の二作目です。今度の主人公は毛利秀元…正直今まで知らなかった人物です。千利休のあと茶の湯の世界の頂点に立った古田織部を信奉する武将であり、関ヶ原前後の変化の時代を生き抜いた存在です。むかし「ひょうげもの」という古田織部を主人公にしたアニメを楽しみにしていましたが、千利休が秀吉に切腹させられたように家康に切腹させられていたんですね。それは権力と茶の湯の密接な繋がりがあった時代で舞台であり、政治と文化の持ちつ持たれつがテーマのひとつだと思います。前作とほぼ同じ徳川幕府の治世が確立していく時代を、違う主人公視点で文化というフィルターで描いた作品だと思います。実際、立花宗茂も登場してきますし。二作通して、戦争の時代から争いを許さない時代への移り変わり、そのものが主役であり、その変化に翻弄される人々の群像劇になっているような気がしました。あるいはちょっと前の時代のキーマンとして実績もプライドもある男たちが向き合う次世代への変化の物語、とも言えるかも。とすると、ここからまたスピンオフな物語も生まれる気がしてきました。今夏の主人公も組織と個人とか、ビジネスとアートとか、自分の本義と社会の流れとか、非常に現代的な問題を抱えているのが共感を高めます。女子との向き合いもその中に入ってきているのも前作に引き続き、です。本作も「残照小説」と言えると思います。