【感想・ネタバレ】安楽死が合法の国で起こっていることのレビュー

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Posted by ブクログ 2024年03月14日

安楽死は「合法化」なのか、「非犯罪化」なのか…。
安楽死と緩和ケアの混同。
囚人でも安楽死を行う国もある。
臓器提供安楽死の問題…。
認知症や障がい者、精神的苦痛のみを理由にした安楽死の判断は難しい。
その判断は誰がやるのか、医者なのか…。
治療してくれてる医師に死にたいって言うのも、なんか辛いし、...続きを読む言われる方も悲しい。でも…
医療費や介護費のことを言い出したら、倫理的にどうなのかと思うけど、正直なところ、心の中で思うことはある。


消極的安楽死(尊厳死)については、賛成。
末期がん患者の苦痛をとるための緩和ケア的な安楽死も賛成。
しかし、積極的安楽死のルール作りがとても難しいのだとわかりました。

これは非常にデリケートな問題で、著者は慎重派のようだけど、人によっては綺麗事と思うかもしれない。
死にたいと思うことはそんなにダメなのか。
病気の本当の苦しさは本人にしかわからないから、本人が死を望むならその意思を尊重させてもいいのではと思う。
NHKで放送されたスイスに渡って安楽死をしたドキュメンタリーも観ましたが、
死の瞬間までカメラを回していました。衝撃的で今もあの映像が鮮明に焼き付いています。

日本ではまだまだ議論の余地がありそうですが、そのためにも多くの人に興味をもってもらいたいです。

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Posted by ブクログ 2024年02月24日

安楽死が合法の国では安楽死の条件と対象がすべり坂を下りるように拡大して本人の意思で行うものから本人以外の判断で与えるものになってきていて、そこに「無益な治療」論や「パーソン論」「臓器提供(のための)安楽死」が悪魔合体している現状が紹介されているだけでなく、日本もこれらの動きと無縁ではないということが...続きを読む著者の実体験も交えて明らかにされていて、中途半端な障害者として衝撃を受けたし、「なぜ」死を望むのかということを考え続けてほしいとの提言には納得した。安楽死や尊厳死についてだけでなく、臓器移植や社会福祉に関心のある人にはぜひ読んでほしいし、できれば関心のない人にも読んで知ってほしい良書です。

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Posted by ブクログ 2024年01月29日

安楽死の是非を、安直に判断するのではなくて、「なぜ」この人は死にたいと思っているのか?「なにが原因で」苦しんでいるのかを理解しようとする姿勢が大事。人の死を題材しているものと比較するのもよくないが、人事部で働くためのマインドセットとしても通じる気がした。

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Posted by ブクログ 2023年12月16日

われわれが考える安楽死とは何か。そして安楽死先進国ではどんな問題が起きているのか、一方の日本では。考えるべきトピックが非常に多く読み進めるうちに辛いと感じる事も多かった。今の時代は段々と多様な命を許容できない局面に至っているのかもしれない。
コロナ禍のトリアージは医療の現場にいない私は「仕方ない」と...続きを読む勝手に思っていた。命の選別にも無自覚だった。恥ずかしながら高齢者が起こす痛ましい事故を見ると何か心が揺れる事もある。そしていつのまにか浸透した「健康寿命」、ここにも健康でなければ価値がないという危険な思想が透けて見える。

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Posted by ブクログ 2024年04月14日

ある意味想像を裏切った内容でした。
自分には関係ないと思っていたが誰もが向き合う瞬間がある。
是非一読してほしい。

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Posted by ブクログ 2024年04月13日

本書を読む前までは、自分の中では安楽死を尊厳死と同じようなものと考えていて、自分が死にたくなった時に好きに死ねる制度の何が悪いのか・・・で、本書にやたら出てくる「すべり坂」という表現に、失礼ながら少々うんざり感もあったんだけど、半分くらい読んだところで、著者が重度の障害を持つ娘の母であるということが...続きを読むわかってようやく腑に落ちた。

筆者の言いたいこともわかるが、全肯定もできない、重くて考えさせられる内容であった。

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Posted by ブクログ 2024年03月20日

終末期の患者がこれ以上苦しまないようにと善意で導入された尊厳死が、安易な解決方法として世間の選択肢に変わっていく過程が怖い。無益な治療の「無益」は患者にとってから社会にとってへと無邪気に変容するのも怖い。死を勧める前に福祉を充実させるべきという意識は常に持っておかないと落とし穴にはまりそう。

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Posted by ブクログ 2024年03月10日

スイスやオランダで安楽死が認められている程度の知識しかなかったので、カナダのケベックでは死者の約7%がMAIDによる死亡となっている現状には驚きました。
著者の言うように安楽死「賛成派」「反対派」のような単純な話ではなく、一人ひとりの「死にたいほど苦しい」理由や環境を医療機関や行政が理解して手を差し...続きを読む伸べるのが理想だとは思いますが、今後、高齢化社会がさらに進めば医療のリソースが益々減っていくのは確実で、終末期に限らずQOLの観点から「死ぬ権利」を議論するのは避けられないように思いました。
コロナ禍で救う命の順位づけが検討されたように、人間の生命は平等で、価値で軽重づけされるものではない原則も見直しが求められるようになるのではないかと思います。
その中で、どこかで線を引いてもその線は易きに動いていくものだということを認識して十分なセーフティネットを考えていくのが求められるのでは。

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Posted by ブクログ 2024年03月03日

私自身「安楽死」についてちょっと雑に考えていた部分があったように思う。本書を読んで反省した。最低限「尊厳死」「医師幇助自殺」「積極的安楽死」の区別はついてないとあかんね。それだけでこの本を読んだ意味があったようなもの。
本書では世界各地の終末期医療とそれに伴う安楽死、いや医師幇助自殺と言ったほうがい...続きを読むいのかもしれないけど、第三者からすると耳を疑うような判断が「無益な治療」の名のもとに下されている実態が暴かれている。
少なくとも平時においては、自身の意思があるかどうか疑わしいにもかかわらず、他人によって死という判断を下すのは倫理的に問題があると思う。その一方で、自身のアイデンティティが喪失しつつある際は、死に方について自身で決める権利を持ってもいいという考えも理解できる。結局、そのバランスをどう取るかという問題なのだが、その議論の前提となる知識を得るにはもってこいの一冊だと思った。
星を一つ下げたのは、コロナ禍でのトリアージの問題について対案が示されていなかったから。これを書けなかった理由はよく分かるけど、せっかく一つの章を設けたのだから、そこはもう一歩踏み込んで見解を出して欲しかった。

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ネタバレ

Posted by ブクログ 2024年01月29日

安楽死は個人の意思によって実行されるものという建前のもと、社会からの要請で死んだほうがメリットになる社会的弱者を締め出すものとなりかけている。経済的な状況や支援を得られない人が政治的に殺されている。カナダでは医療や支援がない人の最後の手段になってしまっている。それは元々の原則から逸脱した政治的な安楽...続きを読む死であり、到底この安楽死の制度を認めるものであってはならない。

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Posted by ブクログ 2024年01月19日

日本でもたびたび話題に上る安楽死の合法化。
それについて、すでに安楽死が合法化されている国の事例を見ながら問題提起をしている本。


〇日本で混同される言葉たち
 ・安楽死:医師が「死なせる意図をもって」薬物を注射。直接的に「死なせる」行為
 ・医師幇助自殺:医師が薬物の入った点滴等を用意するが、点...続きを読む滴のストッパーを外す、死を引き起こす最後の決定的な行為は患者自身の手で行われる行為
 ・尊厳死:やらなければ死が予想される状態で治療しない。「死ぬに任せる」行為
  ※日本で合法化されているのは「尊厳死」のみ。

〇安楽死で自殺者は減るか?
 安楽死が合法化されている国と近隣の自殺者数を比較した結果、安楽死により自殺者数が減少したという結果は見られなかった

〇「健康寿命」というサブリミナル効果
 いつからか、寿命とは別に日本で語られるようになった「健康寿命」。
 健康寿命とは「日常生活に制限のない期間」と定義されている。
 そして、私たちはいつからか「寿命」ではなく「健康寿命」を伸ばそうと考えるようになっている。
 この考え方の裏には、「障害があって介護を必要とする状態は健康とは言えない」という価値観が潜んでいることに留意が必要。


〇安楽死合法化の後におこる「すべり坂」事例
 合法化当初は「終末期の人」のみを対象としていた。
 しかしその後、認知症患者、難病患者、障がい者、高齢者、病気の子どもへと拡大。
 安楽死容認の指標が「救命が可能か」ではなく「QOL(生活の質)」へ変化している。
 そのため、上記のような終末期の人以外にも、病気や障害、高齢により生活に不自由があり、QOLが低いとみなされる人へと対象が広がることとなった。


〇安楽死と社会保障費
 カナダでは安楽死合法化により医療費の削減が行われるという試算が出ている。
 このことにより、安楽死が医療現場における経費削減の手段の一つとして機能する危険性が挙げられている。
 本来「自己決定」が原則である安楽死において、経済的困窮者や障碍者が「QOLの低さ」を理由に医療現場・家族・行政からの誘導等で「自己決定させられている」状態が起こっていないか、今一度検証する必要がある。


〇安楽死と臓器提供
 安楽死の合法化により、安楽死を自己決定した人は臓器移植の潜在的ドナーとみなされるようになった。
 安楽死による死亡はあらかじめ誰がいつどこで死ぬかが明確なため、準備期間が取れ質の高い臓器を提供でき、レシピエントの生存率が上がることが期待されている。
 また、レシピエントの生存率への期待として、本来「死後」行うべき臓器提供を安楽死を自己決定した人から「生きたまま」摘出するという議論へと移行する危険性もある。


〇日本と安楽死合法化
 海外の現在の安楽死合法化における諸問題を考えたうえで、日本での合法化は諸外国以上にハイリスクと考える。
 それは、集団からの同調圧力が大きな日本文化に起因する。
 欧米で安楽死を希望する理由として挙げられるのは耐えがたい苦痛、障害を負った自分、不自由な生活を送る自分を受け入れられないという「自分」を主体とした理由である。
 一方、日本では「家族に迷惑をかけたくない」という「他者」を主体とした理由である。このような状態で安楽死が合法化された場合、それは本当に「自己決定」ということができるのだろうか?

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ネタバレ

Posted by ブクログ 2023年12月15日

尊厳死=終末期の患者に積極的治療を開始しない、中止する。=消極的安楽死。死ぬに任せる
安楽死=積極的安楽死と医師ほう助自殺。
海外でも、積極的安楽死を認めるところも多い。
医師ほう助自殺を尊厳死に含ませる国もある。

2007年は、オレゴン州、オランダ、ベルギーが安楽死を認めていた。スイスは、医師自...続きを読む殺ほう助が認められていたため、支援機関が存在する。
カナダが生涯や不治の病がある人にも安楽死ができるようになった。
スイスはスイス国民と1年以上滞在した外国人には医師ほう助自殺機関が合法的に活動している。
重大な病気はなくても、QOLの低下に耐えられないという理由で自殺をほう助していいか。高齢者の理性的自殺は容認されるか。容認されるとしたら、障害者、精神疾患、認知症はどうか。子供はどうか。コロナで絶望感を抱いた高齢者はどうか。
現時点で意思が表明できない人が過去の意思表明に頼って自殺をほう助していいか。手が動かない人はほう助でなく安楽死させていいか。
すべり坂状態。どこまでも範囲が拡大していく。

安楽死を望んでいる人は、ほんとうに死を望んでいるのではなく、この状態で生きるなら死んだほうがいい、と考えているだけ。

救命可能性からQOLの低下が指標になってきている。
安楽死は権利か。ある人に認められてほかの人には認められないのはおかしい、という権利議論の中に、すべり坂が内包されている。

医師ほう助自殺の要件に満たない人が、絶食によって、終末期と同じ状態にする代替自殺方法もある。そのための緩和ケアもある。やがて余命6か月以内という医師ほう助自殺の要件に達する。

死にたい、という自己決定が果たして正しいものか。終末期の患者の考えは揺れ動くもの。長い時間をかけてよりそわなければ、本当の理解と自己決定は出てこないはず。認知症、精神発達知的障害のある人、こども、は本人の自己決定は誘導的になりやすい。
安楽死の自己決定原則は崩れかかっている。ナチスによる障害者の強制安楽死と同じではないか。

安楽死と臓器提供。死ぬ前に臓器を取り出したい=脳死判定で取り出せるようになった。さらに自己決定権としての安楽死に誘導できればもっと臓器提供はたやすくなる。=無益な治療論。
テキサス州の無益な治療法=無益だと認められれば生命維持装置を外すことができる。
無益な治療論でも安楽死と同じすべり坂現象が起きている。脳死が植物状態から最小意識状態に変化しても、無益な治療だと判断されることもありうる。回復不能なら無益と言われかねない。
健康寿命もあまり浸透すると、この議論に巻き込まれかねない。健康でなければ生きている価値がないとならないか。健康寿命という言葉は、無益な治療を示唆していないか。

パーソン論=パーソンとは生物学的だけでなく一定の知的能力が必要とする考え方。
治療の費用をワクチンに回せば多数が助かる、という理論には気を付ける。功利主義的で、優性保護になりかねない。
自分の意思を表明できない人たちがドナーに含まれるのではないか。
脳死に至らない患者から人工呼吸医を外して数分呼吸が戻らないことを確認して、死とする=ドナーとできる。
あらかじめ臓器提供を希望している人から取り出せるのなら、無益な治療を行う患者から臓器を取り出しても問題はない、という考え方。
さらに、潜在的なドナーは必ず死ぬ。治療が無益だと判断されれば。=循環死後臓器提供。

コロナのトリアージ=高齢者を救うのか。利益の最大化を考えると高齢者、障碍者、難病患者は救わないという
結論に達する。
尊厳死の法制化=医師に促されてあらかじめそのような意思決定をしておけ、という誘導にも聞こえる。

医師によるパターナリズムから患者の自己決定権、無益な治療論の意思の決定権、へと議論が進化した。いずれの過程にもすべり坂が存在する。

家庭内ケアにもすべり坂が存在する。家族介護者による自殺ほう助に対する寛容な判決。
本人の自己決定により医師ほう助自殺を選んだとしても、残された家族には、まだ何かしてあげられたのではないか、というしっくりこないものが残るのではないか。

患者の死にたい、という言葉をそのまま受け取ることは理解とはみなさない。医師は要件に合っているかを判定する前に、苦しみに伴走する姿勢が必要。
患者の考えや意思は揺れ動く不確かなもの。
すべり坂現象が、医療職の命への畏怖を失わせることにならないか。
1回目と2回目の判断の時間が短く緩和されるること、安楽死の日常化によって、医師ほう助自殺が例外から通常に行われる医療行為になってしまうこと、への恐れがある。

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Posted by ブクログ 2023年11月13日

安楽死を合法化すると、なし崩し的に要件が緩和され、終末期ではない患者に安楽死が提案されるようになる。医療費削減や医療資源の逼迫であるという本人とは無関係の要因で安楽死が進められる実態がある。既に患者の長男の意思で治療を中止する林田医療裁判(平成26年(ワ)第25447号損害賠償請求事件、平成28年(...続きを読むネ)第5668号損害賠償請求控訴事件)のようなことが起きている。公立福生病院透析中止事件では安易に「延命治療」を中止させたり、その約束をさせたりする行為が批判された。一度合法化すると拡大することは違法ドラッグの合法化論と通じるところがある。

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Posted by ブクログ 2024年04月26日

最初の方は各国での法令や運用、裁判になったケースなど、安楽死を検討するにあたって懸念される事項を客観的に公平な立場で紹介していたが、途中トリアージの話の辺りから著者の状況をふまえた強い反対への主張が感じられるように。すべり坂を懸念するのは分かるけど実際に希望する人もいる訳で、まずは厳格な運用から始め...続きを読むてみるのがフェアだと思った。

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Posted by ブクログ 2024年03月04日

前半の安楽死が既に導入されている国の事例は大変勉強になった。どこで線を引くのかの難しさや、導入されることで安楽死の要件がどんどん緩くなってしまう問題、社会保障で救われるべき案件にお金がかかるからと安楽死をさせられる問題など本当に難しい問題だと思い考えることが多かった。
ただ後半は、医療や介護制度に対...続きを読むする恨み辛みがベースになっているように感じられ進まなかった。
総じて「命の選別をするな!もっと社会保障と介護を!」というメッセージを受け取ったが、少子高齢化がどんどん進み、持続可能な医療のため、縮小の議論が避けられない中では、どうにも素直に頷けない内容だった。

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Posted by ブクログ 2024年03月02日

安楽死が合法となっている国で起きている問題を説明しながら、安楽死という制度の現状、問題点を挙げ、もしも日本で安楽死が導入された場合どういった問題が起きる可能性があるのかを考察した評論。
現代日本において生きづらさを抱えている人は多く、死にたい、安楽死制度があればいいのに、と考える人も少なくないだろう...続きを読む。かくいう私もその一人で、安楽死制度があったら楽に死ねるのにな、と思っている。また、たとえば急性放射線障害になった人が死までの二週間前後の時間を地獄の苦しみに耐えなければいけないくらいなら、安楽死制度があった方がいいんじゃないか、と思っている。
しかし、本書を読んだことにより、実際に安楽死を制度として導入することによって発生する問題はとても難しく、「楽に死にたい」程度で導入を決めていい話ではないな、とも思わされた。
自己決定が原則の安楽死で、意識がない人や、意思表明ができない人などについても安楽死が適用されかねないのが恐ろしい。
安楽死が根付いていく先にあるのが「死ぬ権利」ではなく、「選民」になっていく可能性も高い。障がい者は安楽死した方がいい、ホームレスも安楽死した方がいい、家族に迷惑をかけるくらいならさっさと死んだ方がいい、と、どんどん「生きるのが難しい人」達が自らの意思という体裁で安楽死を選んでいく可能性は高く、その問題を解決するのはとても難しいと感じた。
そうやって社会的に弱い人達が淘汰されていくことは、どんどん自分達の首が絞まっていくことに繋がるのではないだろうか。
安楽死後臓器提供についても問題の難しさを加速させている。家族を助けたいから安楽死して臓器提供します、みたいな世界がやってくるのかもしれない、と思った。
「社会に不要な人には安楽死してもらおう」という思想が日本で発生しそうな感じがすごく、安楽死制度は難題だな……と感じた。
他人に死ねと押し付けることなく、真の意味で死を自己決定できるような人間達だけの世界になる気がしない。人間はとても愚かだ。

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Posted by ブクログ 2024年02月09日

健康寿命の不可解さは私も感じます。
あくまで健康かは自分で判断するもので、肉体的にも精神的にも病院行かなければ健康かは多いに疑問です

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Posted by ブクログ 2024年02月02日

海外の安楽死の制度や実情が沢山書いてあり勉強になった。悪い情報のみピックアップして述べているように感じた。
私は医療職者だか、安楽死には賛成である。DNARの日本の現状について述べているが、現状とはかなり違うと感じた。

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ネタバレ

Posted by ブクログ 2024年01月26日

タイトル通りの前半部分と、著者の主張と医療批判強めに出てくる後半部分。笑

そう言う意味では、著者の立場がかなり明確。というよりも、偏っていると思って読む方がいいのかな、と思いました。

医療サービスって、当然資源的な制約もあるし、医者だって人間であるわけで、医療にかかればどんな病も解放に向かうわけ...続きを読むではないし、医者は全知全能の神ではないのです。

また、医療の進歩とはいえ先進的な治療はスキルと費用がかかるし、資源を有効活用するためにトリアージという仕組みがあるわけで、それを批判されてしまうと「では、どうしろと?」という疑問を持たざるを得ません。

こう書くと、それは今わたしが切り捨てられる立場にいないからだという反論もありそうですが。

少数派の意見をどう社会に反映させるか、という課題はLGBTQの話題にも関係するなぁと思うのですが、この場合は「選択肢を増やすこと」で多くのケースに対応できると思うのです。

そう考えたときに、安楽死という選択肢また取り入れる方向で議論していくのは、そこまで飛躍した発想ではないようにも思います。

もちろん、選択肢のひとつとして。です。

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