あらすじ
1940年、太平洋戦争勃発直前の南洋サイパン。日本と各国が水面下でぶつかり合う地に、横浜で英語教師をしていた麻田健吾が降り立つ。表向きは、南洋庁サイパン支庁庶務係として。だが彼は日本海軍のスパイという密命を帯びていた。日本による南洋群島の支配は1914年にさかのぼるが、海軍の唱える南進論が「国策の基準」として日本の外交方針となったのは1936年だった。その後、一般国民の間でも南進論が浸透していった。この地にはあらゆる種類のスパイが跋扈し、日本と他国との開戦に備え、海軍の前線基地となるサイパンで情報収集に励んでいた。麻田は、沖縄から移住してきた漁師が自殺した真相を探ることをきっかけに、南洋群島の闇に踏み込んでいく……。時代が大きなうねりを見せる中、個人はどこまで自分の考えを持つことができるのか? そして、どこまで自らの意思を通すことができるのか? 南洋の地を舞台にした壮大な物語がここに――。
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Posted by ブクログ
舞台は太平洋戦争も秒読みとされた時代のサイパン。生きるために海軍の犬(スパイ)として動くことになる主人公の麻田。日本では英語教師として働いていた彼は、アメリカの情勢にもある程度詳しく、日米は開戦してはいけないと考えている。
喘息持ちで体が弱く、日本に残してきた妻と一人息子のために、なんとしても生きて祖国の地を踏むことだけを目的とし、そのために任務を全うしようとする麻田。
言ってみれば戦時中は『生きることへの執着』は醜いとされた時代です。作戦の責任をとって自決することが賞賛され、捕虜となることは恥とされ、捕まるぐらいなら民間人でも崖から飛び降りることを率先して選ぶ、そんな世の流れです。
人間も生き物です。生きている限り『生きたい』と思う気持ちは当たり前のことなのに、それが許されない時代です。
麻田の雇い主である堂本も、非戦のために諜報部隊を使っていました。開戦すれば遅かれ早かれ負けることは予測がついていたから、自分の役割を『戦争を避けること』と位置付け、自分の立場で出来ることに必死だったと思います。
開戦を望まないのは麻田も堂本も同じでした。
ただ、堂本は軍人だった。
物語の冒頭で、すでに堂本の中で自分の作戦が失敗した時の責任の取り方は決まっていたように描かれています。
度重なる失望、最後はそれが自分へ向けられたのかも知れません。
自決という最後を選んだ堂本に関して、麻田が抱いたのは怒りの感情でした。
これが、より一層麻田の中の『生きて帰る』という想いを強くし、戦況が激化する中でも信念を崩すことなく、最後の最後まで希望を捨てなかった原動力になっていたように思います。
生きることはきれいごとではないけど、生から逃げて選ぶ死もまた、きれいごとではないのだと、そう思いました。
Posted by ブクログ
第二次世界大戦開戦前のサイパンか舞台。
世の中の大きな流れの中で、自分の価値観を貫くことができるか。何が正しいか、自分で決めることができるだろうか。
問題提起される作品でした。
横浜で英語教師をしていた麻田健吾。持病の喘息のため東大卒でありながら職に苦労した彼は、喘息の悪化で教職さえもできなくなる。これでは家族を養えない、と彼はサイパン南洋庁の仕事を引き受ける。
南洋庁に赴任した彼の真の仕事は、海軍、堂本頼三少佐のもとでのスパイ活動。
いくら頭がいいとはいえ、普通の教師だった人にスパイなんてできるの?という心配をよそに、麻田は苦労しながらも見事にスパイの仕事を遂行していきます。
赴任したての麻田に堂本少佐が尋ねました。
「君は米英と開戦すべきだと思うか?」
日本が戦争に突き進んでいたときでも、戦争をすべきではないと考えていた人もいたはずです。だけど止められなかった。
サイパンでのスパイ活動をへて麻田は「米英と開戦すべきではない」という結論に達します。また、日本が助かるためには即時撤退しかないと。それを聞いた堂本少佐「それを、誰が決断する?」と。
そう!誰も決められなかった。世の中の流れが大きくなると、誰もそれに逆らえなくなる。
堂本少佐が死を選んだのがなんとも残念でした。一方で麻田が「死は、死でしかない」と、死ぬことが美徳とされた当時の価値観に抗ったことに、覚悟を感じました。麻田には生きていて欲しかった。
世の中の大きな流れの中で、自分の価値観を貫くことができるか。何が正しいか、自分で決めることができるだろうか。
問題提起される作品でした。
Posted by ブクログ
タイトルだけだとどんなミステリか分からなかったけれど、いざ読んでみたらとんでもない熱さとテーマが秘められた素晴らしい本だった。戦時中は特に敵前逃亡、ましてや生き残ることなど言語道断とされていたのに、主人公はただひたすら生きることを貫こうとする。島民と日本人、海軍、陸軍、アメリカ軍、様々な組織の関係を絡めた凄いミステリだった。ラストの手紙もぐっとくる内容だった。本当に読んで良かった。他の作品も読んでみたい。
Posted by ブクログ
人物造形や内容が誠実だと感じました。
デキる男なのですが、家族想いで喘息持ちな所等親近感のある主人公。スパイとして動くほど、反戦派になっていく所がリアリティを感じる。
戦時化、サイパンの市民の生活なんて、想像もできなかったけれど、島民と日本人の関係等の描写も現実感がある。
終盤の自死を美とせず、何がなんでも生き抜くというテーマが貫かれていてよかった。
ローザさん好き。表紙の鳳凰木の赤がすごい訴えかけてくる。表紙も含めて良い。
そんなに話題作というわけではなかったように思うのですが、もっと読まれていいのでは!?
⭐︎4.5
Posted by ブクログ
悲しすぎるんだが。
麻田は親の死も、ミヤの死も知らずに殺されてしまった。
普通の善人が、ただ時代に巻き込まれた。
生まれた時代のせいか。
堂本が普通の感覚だよな。アメリカに触れたら、この国とは戦争してはならないと思うよ。昔の軍人、一般国民は日本を過大評価しすぎいた。あー、良一とだけでも再会してほしかったな。