あらすじ
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「もしこれが実を結んでいたなら、日本のワクチンがCOVID-19から世界中の人々を救っていたかもしれない――そんな幻の国産ワクチン開発プロジェクトがあった。
東京大学医科学研究所教授の石井健が2016年度から2018年度にかけて第一三共と共同で進めていたmRNAワクチンの研究開発プロジェクトがそれだ。」(本書第2章「幻の国産mRNAワクチン・プロジェクト)から)
感染者数4億9700万人、死者617万人(2022年4月10日現在)の新型コロナウイルスのパンデミックは終息する気配が見えない。切り札のワクチンはファイザー・ビオンテック連合とモデルナに依存し、治療薬でもメルクなどが先行している。ワクチン、治療薬とも日本メーカーの存在感は薄い。
こうした状況はなぜ生まれたのか。バイオテクノロジーと医薬品産業を長年取材してきた著者は、モダリティのイノベーションに日本の製薬企業が乗り遅れたことが原因と見る。「低分子化合物」「ペプチド」「抗体」「核酸」など治療に用いる物質の種類の違いを「モダリティ」という。その世界の潮流の変化についていけなかったのだ。日本企業の創薬力については、第2部で検証する。
ワクチン「1日100万回接種」を指示した菅義偉前首相のインタビューを収録。
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Posted by ブクログ
コロナでワクチン接種を皆で経験して、
ワクチンの種類や、製薬会社について、今までより身近な話になった。
この本は、日経バイオテクの編集長なども経て、日経の医療系メディアでご活躍される著者が書かれたものであり、製薬業界の詳しい事情や、時代を追う視点、個人を追う取材力などがふんだんに織り込まれた、とても勉強になる一冊でした。
正直なところ、一般知識よりもだいぶ踏み込んでいて、理系ではない私には難解な部分もところどころありましたが、やっぱこういう生ものの情報は、その後どうなっているのかもとても気になり、続きを読みたくなります。
- なぜ日本の製薬企業はコロナのワクチン・治療薬の創薬に乗り遅れたのか?
ひとつは、日本のワクチン分野でのモダリティ確信に乗り遅れたこと。低分子化合物から高分子、つまり、バイオ医薬品への転換に後れを取っている点が指摘されています。
また、ワクチン承認制度については、日本独自の制度・市場でなりたっていたために、ワクチン産業自体もグローバル化していない。国内知見が必要で、海外ワクチンの導入にも遅れが生じた事情にもつながっているようです。
ワクチンの鎖国的な側面があったのですね。
一方著者は、日本の創薬力、製薬産業の競争力が劣っているわけではない、としています。
- モダリティについて。
色々あるんですね。生ワクチンは低分子だったのか。黄熱病とかですね。
ファイザーやモデルなのmRNA`のワクチンと、アストラゼネカのウィルスベクターのワクチンとの違い、みたいな話が、どのワクチンを打つか、という現実的な話として当時は出てきていましたが、
全体像としてあまり知らなかったのでとても興味深かったです。
2020年の早い時期からAZは日本国内企業と製造や製剤の交渉・契約を進めていたみたいですが、このモダリティの製造を請け負ったJCRファーマを除いて、2022年3月末の時点で日本企業が製造したワクチンはこのAZのワクチンのみとのことです。
執筆当時はまだコロナ禍ではあり、開発が進行中の中だったようですが、緊急時の率先力としてはなかなか厳しい状況なのだと理解しました。
医薬品としても、2000年以前にバイオ医薬品の製造技術を有していた製薬企業は、一部企業だけだった、と言います。日本最大手の武田薬品でさえ、後れを取り戻そうと10年ほど前になって研究部門の改革に取り組むまでは、低分子化合物中心であったそうです。
- 教訓とこれから
製薬産業は、長期的な投資を必要とするとても特殊な産業でもあり、国の制度に大きく影響されるものだと理解しました。
バイオベンチャーが発展したアメリカの制度についても少し触れられていましたが、
では、誰がどう改革を主導するのか。
当時ワクチン大規模接種を主導した菅首相のインタビューが掲載されていましたが、このコロナが製薬関連制度改革の機会を与えたのは間違いなさそうです。
菅首相のインタビューは、切迫した状況の中での実際の経験、判断、そして決行力が感じられました。さらにその教訓を踏まえ実際に改善も指導したことが述べられていました。
2021年6月、ワクチン開発・生産体制強化戦略
治験のグローバル化、ベンチャー育成など。
これに基づき、
2022年3月、先進的研究開発センター(CARDA)を日本医療研究開発機構(AMED)内に立ち上げる。
ワクチン開発の司令塔として、ワクチン基礎研究から実用化を一貫して戦略的に進めていくことが期待されているそうです。
センター長補佐は、過去にJCRファーマで20年以上勤務し、アムジェンを経て第一三峡でご活くされた方だそうです。
規模の大きい海外のグローバル企業も、買収などが頻繁に行われながらランキングの入れ替わりも激しく、変化の絶えない製薬業界ですが、人間の命を懸けた創薬の取り組みは、交易も絡み合った非常に特異で興味深い分野であるとあらためて感じました。