【感想・ネタバレ】アニメと声優のメディア史 なぜ女性が少年を演じるのかのレビュー

あらすじ

野沢雅子、小原乃梨子、田中真弓、緒方恵美、高山みなみ……。アニメの少年を女性の声優が演じることに、違和感はまったく感じない。しかしこれは、ディズニーアニメで少年を子どもが演じるのとは対照的な、日本アニメの特徴だ。こうした配役はどのようにして生まれ、アニメ文化に何をもたらしてきたのだろうか。

少年を演じる女性声優を軸にアニメと声優の歴史をたどり、日本が独自に育んできたアニメと声の文化を描き出す。子役起用が難しいという制約から始まった少年に女性声優をあてる配役は、魔法少女もの、アイドルアニメ、萌えアニメ、BLなどのアニメの変遷とともに実に多様な広がりを見せている。性も年齢も超えて恋愛対象としての「イケボ」の青年まで演じる女性声優は、外見とキャラクターとの差異やジェンダーのズレから、視聴者に独特の欲望を喚起している。

みんなに愛される少年から女性が恋する青年までの女性声優を切り口に、アニメと声優のメディア史を考察する。

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Posted by ブクログ

ネタバレ

なぜ歴史は理解されず、繰り返されるのか
――「女性が少年を演じる」構造から見るメディア史の前提

なぜ女性が少年を演じるのか。

アニメと声優のメディア史 なぜ女性が少年を演じるのかは、
この問いを歴史的背景から解き明かしていく。

だが本質は、事実の整理ではない。
むしろ

「なぜそれが理解されないのか」

という問題にある。

第一次声優ブーム以降、この構造は繰り返し現れている。
にもかかわらず、毎回“新しい現象”として扱われる。

ここに第一の逆理がある。

本来、歴史は繰り返しを防ぐために存在する。
しかし現実には

歴史があるからこそ、同じことが繰り返される。

なぜか。

それは歴史が「知識」として消費され、
前提として共有されていないからだ。

「女性が少年を演じる」という構造も同様である。

これは単なる演技上の選択ではない。

声質
表現様式
制作体制
メディア環境

これらが複合的に作用した結果として成立している。

つまりこれは

歴史的に形成された最適解

である。

しかしこの前提が理解されないと、どうなるか。

なぜそうなっているのか分からない
表面的な模倣だけが行われる
構造が崩れる

ここに第二の逆理がある。

最適解であるはずの構造が、
理解されないまま使われることで

劣化コピーとして再生産される。

団長が述べられた通り、

「理解できない人が多いからこそ今がある」

これは極めて重要な指摘である。

問題は知識量ではない。
**歴史を“前提として扱えるかどうか”**だ。

ここで、あの言葉が意味を持つ。

「歴史は繰り返す。
一度目は悲劇として、二度目は喜劇として。」

この構造を読み替えるとこうなる。

一度目:文脈の中で発生する(必然)
二度目:文脈を失って再現される(誤用)

ここに第三の逆理がある。

再現しようとする行為そのものが、
本来の意味を破壊する。

ではなぜ、人は歴史を理解できないのか。

理由は単純である。

歴史は結果であり、過程ではないからだ。

私たちは完成された形だけを見る。
だがそこに至る選択や制約は見えない。

その結果、

形だけを取り入れ
背景を無視し
同じ失敗を繰り返す

ここで終極に至る。

歴史を学ぶ意味は、再現ではない。

「どの条件でその構造が成立したのか」を理解すること

である。

なぜその選択がなされたのか
どの制約が存在していたのか
何が最適化されていたのか

これを把握しない限り、
歴史は知識のまま終わる。

ゆえに結論は一つである。

歴史は繰り返されるのではない。
繰り返されるように扱われている。

そしてそれを止める方法もまた一つだ。

前提として扱うこと。

それができたとき、初めて
過去は“材料”ではなく“判断基準”になる。

――それが、メディア史が持つ本来の役割である。

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2026年05月01日

Posted by ブクログ

緒方恵美さんのご自伝を読んでから、こちらも気になって読んだ。
硬いっちゃ硬い本で、緒方さんに直接関連する部分は思ったより少なかったけれど、声優の長い歴史のなかで緒方さんが果たした役割が掴めたような気がする。やっぱりすごい方だ。

永井一郎さんが声優に対する偏見と闘ってきたこと、舞台もアニメも演じることには変わらないと力強い永井さんの言葉にも感動。もう一回『母をたずねて三千里』を見たくなった。

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2021年05月08日

Posted by ブクログ

どんなことにも、それが生まれた歴史がある。女性声優が少年キャラを演じるのは、日本でアニメを見てきた者にとっては当たり前のことだけど、もしなにかが違ってたら、当たり前ではなかったのかもしれないな。

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2021年01月18日

Posted by ブクログ

丸の部分はポップガード。
昔は洋画の吹き替えが生放送だった。

プレスコでは声優の声の質やセリフのニュアンスが絵に生かされている。
アフレコは仕上がった絵に声優が従う、、、アニメーターが描く原画や動画から生まれる視覚的、作画的要素(造形、表情、動き)に声優の演技が微細なレベルで同期することが求められる。

アニメを構成する視覚的、聴覚的表現の双方を刺激してきた。

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2025年04月14日

Posted by ブクログ

 女性声優が少年役を演じるという現象は占領期のラジオドラマにまでさかのぼることができた。

 当初の理由は子役を扱うにおいての経済的倫理的理由が大であったが、時を経るに従い、女性声優は単に少年にとどまらず、青年・成人男性をも演じるようになり、アニメにおいてキャラクターのデータベース化が進むと、両性具有的な役までが熱狂的な人気をもって受け入れられるようになった。

 このように女性声優はアニメを中心に様々な領域においてジェンダー越境的な新しい物語世界を創出している。

 本書は上述のように女性声優が少年役を演じるというこのについての考察を中心に、戦後から現在に至るまでの「声優」というアーティストについて、アニメ研究やメディア史の観点で記述したものである。

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2021年03月15日

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