【感想・ネタバレ】あの春がゆき この夏がきてのレビュー

あらすじ

2001年『五年の梅』で山本周五郎賞、02年『生きる』で直木三十五賞、04年『武家用心集』で中山義秀文学賞、13年『脊梁山脈』で大佛次郎賞を受賞。1年年『『太陽は気を失う』で芸術選奨文部科学大臣賞、17年『ロゴスの市』で島清恋愛文学賞を受賞。
あらゆる賞を総なめにしてきた名手が描く美しい本!

戦後、浮浪児だった男が主人公。画家の養子となり、装幀家になる。多くの女性と出会い、別れ……。名手が紡ぐ「一人の男」

「死んだ伯父さんが言ってた。汚いものばかり見ていると目も汚れる。そんなときこそ、美しいものを探せって」神木が画家に出会ったときのその言葉が、彼の運命を変えた。
神木は忘れなかった。女性を愛し、芸術を愛しながら、浮浪児の孤独だけは忘れずにいたので、ときおり、自家中毒を起こした。

神木(こうのぎ)は、戦後、浮浪児から、画家だった養父に拾われ、「養子となった。芸大在学中、養父が死去。
全くの一人になった男が辿った道筋とは。出版社の装幀部に勤めていたが、その後、川崎にバーを経営。魅力的な女性と出会い、別れる。名手が書き下ろす一人の男の人生。
「変に優しいのよね。けっこう優しく裏切る」
彼は優しい男のまま別れようとしていた。人の人生までねじ曲げるような乱暴は好まなくなっていた。
女は気を失うような刺激に飢えていたのだと思った。今の女には安堵の色が見えていた。
「私が男の人に真実を期待しすぎるのかしら、それとも男の人が私に真実を期待しないのかしら」ニューカレドニア生まれのマリエは神木の経営するバーに咲いた花だったが、とことん男を見る目がなかった。男に裏切られてきた女が見出したのは。

逗子に住む富豪夫人・漆原市子の画集装幀を依頼される。
「描いている間の自由を愉しみ、どうにか平常心を保ってきたのです。私の絵は窮屈な現実との闘いであり、逃避でもあります。ここが私の全世界」
「動機はなんであれ、突き進むのが芸術です」

戦争孤児で浮浪児だった神木は、軌跡的な出会いで、画家の養父に拾われた。浮浪児だった時、清潔な下着や靴下、自分たちを案じてくれる人の目、親の抱擁と言った温かいものに飢えていた神木は、美しいものにもそれに代わる力があるのに気づいて癒やされた。
終わりを感じる体と精神になって人生を見失い、もう一度性根を据えてなにかに懸けてみようと考えたとき、神木には美しい本をつくることしかできそうになかった。

「パリだけがフランスでないように、東京だけが日本でもない、人はその人に向いている土地というのがあるのかもしれない。そこに行き着くためにいろいろやって生きてきたような気さえする」

神木は美しい本を求め続ける。
「十年後に見ても美しいものが本物だろう、ここからが私の闘いで、愉しみなが身を削ることにもなる」

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Posted by ブクログ

 言葉を、表現を、そして神木の人生を、しっかりと味わった。劇的なものはないかもしれないが、それは仕方の無いこと。憧れはないが、こんなにふうに成し遂げられないままで終わるのも本当の人生だな。

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2022年04月04日

Posted by ブクログ

 過去、現在、未来 → すべてつながっているが、過去の不幸は現在の不幸でも未来の不幸でもない。現在の不幸は今現在作り続けている不幸であり、未来の不幸は悩み続けているからの不幸であるから。
 どこか納得させられました〜

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2022年04月21日

Posted by ブクログ

乙川氏の髄ともいえる文、そして選びつくされた言葉が並ぶ。

黄昏期に立つ男女の機微を主人公の語り手神木の言葉で紡いでいく。しかし、このくらい嫌な男はいないだろうと言うのが正直な感想・・ほとほと嫌悪感で充満した。
だから読書っていいんだなとも思う・・好きな人とだけ、好きな時間を生きていた結末の空虚さを逆に考えさせられる。

画家であり、装丁家である神木・・どこまで乙川氏が乗り移っているのかと思ったり、上期がこの作品を想定したとも思ったり。ブルー―を基調とした色彩に俯く肌を見せる女性。
神木が好む女性~乙川氏が好む女性をかいま感じたり。。。

同じ語彙の日本語でも「この言葉」を選んだ乙川氏だからこそ、好き嫌いが大きく出そうな感想を持った

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2022年02月12日

Posted by ブクログ

ネタバレ

 今月は、乙川優三郎さんに凝っていますw。乙川優三郎さん、時代物から入りましたが、近年は現代物のようで。女性が主人公の場合、凛とした女性が多いと思っています。男性の場合はいかがでしょう(^-^) 「あの春がゆき この夏が来きて」、2021.10発行。出版社に勤務、絵描きと文筆に造詣があり、バーのオーナーに転身するも、装幀の魅力に舞い戻る神木(こうのぎ)久志を描いた作品です。後半にいくほど、味わい深く感じました。

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2023年11月22日

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現代を描いているかと思いきや、戦後の浮浪経験のある人が壮年として生きてきた時代。
男女の機微については、共感し難い部分も多いが、芸術についての文章が多く、作家の思考に触れる感じがいい。

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2022年10月31日

Posted by ブクログ

画家として、装丁家として、ひたすらに美を追い求め闘い続けた男の生き様を、その歳々にすれ違い、情を交わした女たちとの水のような関わり通じて描き出す8つの物語。

まず本の装丁が美しいの一言。開かずに表紙を眺めているだけでうっとりする。乙川さんの作品はいつも装丁が一つの美術品のようだけれど、今回は特に好き。
その作者の装丁への想いがこの物語の主人公である装丁家・神木の言葉によって十分に描かれている。
売るために目立たせるだけの商業的な装丁に抗い、会社を辞めた神木が語る装丁への思い。それは多分、作者のこだわりそのものなんだろう。
だからこそそんな乙川さんの本はこんなにも美しいんだなと納得。

作者の言葉は相変わらずどこを切り取っても美しく、情景が浮かび上がり、温度や湿度、匂いまでもが感じられるような心地よさ。
男と女の情は、抑えた中にも熾火のような熱量を感じて哀切を帯び、静かに心を満たしていく。

「夏仔」は切なく、その20年後の2人描いた表題作もまた哀しい余韻を残す。神木が、最後に追い求めた美を見つけたことが希望の光となって読後を照らす。
美しい物語でした。

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2021年11月17日

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