あらすじ
〈私には、非行少年少女や受刑者の多くが人生の偶然や不運に翻弄されているように見えた。そして、人生のほんのわずかな何かが変わっていれば、自分も少年院に入って反対側の椅子に座っていたかもしれないと感じていた〉刑務所や少年院などの受刑者・被収容者の中には、精神障害が理由となって法を犯した者もいれば、矯正施設という特殊な状況下で精神障害を発症する者もいる。しかし、受刑者たちの治療の前には、つねに法の「平等主義」が立ちはだかってきた。親の顔も知らずに育った青年。身寄りもなく、万引きを繰り返して刑務所と外の世界を行き来する老人。重度の精神障害のため会話もままならず、裁判すらできずに拘置所に収容されつづける男性――。著者は精神科医として、矯正施設でありとあらゆる人生を見てきた。高い塀の向こうで、心の病いを抱えた人はどう暮らし、その人たちを日夜支える人々は何を思うのか。私たちが暮らす社会から隔絶された、もうひとつの医療現場を描くエッセイ。
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Posted by ブクログ
とても面白く、学びが深かった。
安易な共感にも批判にも与しない抑制された語り口、時々顔を覗かせるユーモア、具体的なエピソード。エッセイなので読みやすいが、決して浅くはなく、どれも塀の中の人たちへの理解を深めるのにとても有用だった。
睡眠薬を増やしてもらう受刑者のふるまいを「セリでもやっているかのように」と表現していたのは秀逸。
印象に残った部分を箇条書きで残しておく。
・エピソードで強い衝撃を受けたのは累犯窃盗の中年女性の話。
娘に対して依存気味で、親離れして大学生活を謳歌する娘の気を引くために万引きに走った母親がいた。淡々とした描写だが、どこにでもいる拗れた親子だと強く思った。
まさに私も、それまでべったりした母子関係だったのが、大学入学を機に一気に外にひらけていくのに母親はついていけず、衝突を繰り返した時期があった。
この女性と私の母親をわけたものはなんだったのだろう。思ったより紙一重だったのかもしれない。寝る前に横になって読みながら、そんな思いにふけって不意に泣きそうになった。
・私が今通っている山谷のドヤ住まいや路上生活者のおっちゃんたちも、ここに出てくる受刑者たちと一続きなのだと改めて感じた。
一見ばらばらに見える自分の関心分野が実は繋がっていることに心強さも感じた。
『そもそも決して豊かとは言えない家庭で育ち、低い学歴のまま就職し、若いうちは就労しているが加齢とともに職を失う。やがてホームレスになる。運が良ければ食いつないでいけるが、Dのように窃盗をするしかなくなる者もいる。飲酒やギャンブルがこの過程を加速することもある。無銭飲食という名の「詐欺」で収容される場合も多い。力に自信があり気性が荒ければ強盗になる者もいるだろう』
・明らかに精神疾患があり責任能力を負えないように見える受刑者も実は中にたくさんいるとの指摘は、虚をつかれた。
お金がなくて国選弁護人はそこまでしてくれない、そもそもありふれた犯罪にそこまではやらない、など色々事情はあるが、『刑法39条をきちんと運用するのであれば、本件犯罪の大小ではなく、被疑者の精神状態の評価こそが重要である。もっと公平な運用がなされるべきだと思われてならない』
まさにその通りである。私が見てきた精神鑑定ありの裁判はやはりそれなりの規模の事件ばかりだったので、この点にはこれまで気づかなかった。
『この先生に意見を聞けばこういう判断が返ってくるという予見のもとに精神鑑定が依頼されることが少なくない』というのも、まあそうだろうなと思うが改めて認識をした。
・受刑者の老いと病と「刑の執行停止」についての記述も大変興味深い。
『受刑者が重大な病気になって回復が見込めず、医療刑務所でも管理が難しいと判断されると「刑の執行停止」が行われる。たとえば癌の末期で余命いくばくもない場合などがこれに該当する。刑の執行停止の是非を判断するのは、なぜか検察官の権限である。刑を言い渡すのは裁判官なので、どうして検察官なのか不思議に思ったが、とにかくそうした決まりになっている。ただ検察官はふつう自分が起訴して受刑した元被告の受刑後の経過を把握しているわけではない。(中略)だから刑務所の側から検察官に情報提供をして、受刑の意味がないことを伝えなければいけない。しかし、これは刑務所からするとたいそうハードルの高い行動らしかった。現場が相当に困っていても、色よい返事をもらえたことがなかった』
なるほど、こんな問題もあるのか。
・「人が変わることがあるとしたら、求められた反省ではなく自己肯定感の中からであると思う」
きっとそうなんだろう。
総じて、今後刑務所や加害者について考えていく上での指針を示してくれる本だった。ありがとうございました。
Posted by ブクログ
凶悪犯罪についてのドキュメンタリー動画をYouTubeでよく見たりするので、個人的にはおもしろかった。
治療と刑罰を同時に実行するのは難しい問題なんだなと思ったし、人間を育てるのも大変だなと思った。
Posted by ブクログ
矯正施設の受刑者や非行少年たちの中には、一般社会よりも高い割合で、精神障害の方や、学習面や身体面に困難さを抱えて社会に適応できずに道を踏み外してしまった方がいるとされる。
本書は、そうした矯正施設で精神科医師として20年以上勤務した著者のエッセイである。著者の野村先生は、哲学、臨床心理学を経て、30代後半で医学の道に進んだという。この“回り道”が、野村先生の医師としての懐を深いものにしていることが、本書を読むと伝わってくる。
野村先生は、このトレーニングをすればいい、この治療でどうにかなる、ということを軽々しく言わない。むしろ何度も医療の限界を述べ、それでも試行錯誤して、根気強く、支持的に対応をしようとする。落ち着いた口調で、殊更に煽ることなく、淡々と語られる塀の中の精神医療は、非常に心を揺さぶられる。
先日も刑務所の受刑者には再犯者が多く、高齢化も深刻な状況であると報道されていた。このため国は矯正施設にリハ職である作業療法士を配置したり、触法者の地域定着支援をしたりしているが、なかなか思うようにはいっていない。自助ができず、互助、共助の力も落ちている今、矯正施設が彼らのセーフティネットとなっている。
堀の中の人たちにも人生がある。本人、家族、被害者、それぞれの人生が入り乱れ、交わる。もしかしたら、この人生は自分の人生だったかもしれない。そう思い、読み通した。
Posted by ブクログ
分類は刑事法の中の矯正ということになってますが⋯まぁエッセイですね。
タイトル「刑務所の」とありますが著者が勤務されていたのは医療刑務所だったり少年刑務所だったりで、収容されている人たちの犯罪の種類や重さもさることながら、年齢や病気の種類、病状の軽重など実に様々な人たちと関わってこられたことが綴られています。
他にも大学の先生になられたり頼まれて精神科病棟の医師になられたり様々な場所で受刑者だけでなく一般の精神病やADS患者、認知症と思われる高齢者などに関わられたということで、実務の中でしかわからない興味深い話がたくさんありました。
様々なケースを語られる中で「こういう点についてこうしたらいいと思うが」や「このあたりのことは外国と日本の違いがあって考えさせられる」や「こういうやり方がいいと自分は思って周りに聞いてみたが」というような、ここを改善したらいいのではという意見や提案や問題点の指摘などもあり、確かにそうだなと思うこともあったけれどだからこういう啓発をしたとか、どこかの機関に働きかけたとか、提言を挙げて改善に努力したということはなく、その点でも実用書や教養書的位置づけというよりはやはりエッセイですね。
頷くところはとても多かったです。
洗練された心理学的手法ではなく福祉的な配慮と根気強い支持的な対応なのである(p55)
医療刑務所に収容されるような人およびその家族に必要なものはそういうことだと自分も思うが、そのようなところに収容される事態になるまでに福祉的なところと繋がってそのような対応をされてきていたなら、そもそも刑務所に収容されるような事態にはならないで済んだだろうにと思えてしまいました。
精神鑑定が必要かもしれないと思われる被疑者であっても精神鑑定を受けていない、受けさせていないケースがほとんどだということには衝撃を受けました(著者の勤務していた当時で今も同じかは分からないが)
刑法39条をきちんと運用するなら被疑者の精神状態の評価のために精神鑑定というものが公平に運用されるべきだというような提言には深く頷きます(p84)
精神障害が疑われる被疑者の司法手続きや処遇が標準化されないと空しい(p89)著者のやりきれなさを感じます。
読んでいて時代を感じたのは、ADSが母親の育て方のせいにされていたということ(p119〜)かなりの長い期間、自閉症は育て方の問題とされて本当に多くの親たちが苦しんできた歴史があります。現在でさえも、自閉症について関心や知識のない人にはそのように誤解している人がまだ少なからずいます。
医学的にまだ分からなかった時代の話とはいえ辛い話でした。
そういえばその前段で触れられている(p115〜)アスペルガー障害という言葉も、一時流行りのようにあちこちで耳にしたものでしたがいつの間にかぱったり聞かなくなりました。その始まりと廃れていった経緯が本書を読んでよく分かりました。
(p136)受刑者を医療施設へ移すということの困難さ(その費用をどこで持つのか、誰が対応し手続きをするのかなど)は如何にも日本的だなと思いました。
触法精神障害者などの対応も福祉なのか司法なのかどっちつかずになっているケースがとても多いと思います(司法福祉という対応の仕方が導入されてきた地域も増えてきてはいるようですがまだまだ公平とは言えないのではないかと)
(p148)法律の論理と医療の論理は違うのだと実感した
フィンランドの刑務所の章はルポでしょう。(p162〜)
生まれた子供をそのまま刑務所で母親が育てることができるということに衝撃を受けました。そういう国があるのだなと。福祉が進んでいる国の考え方は違うなと思い著者がいうように子どもの人権について考えさせられます。でも日本ではやはりそのようにすることは考えられないでしょう。
文章がところどころ自分には冗長に感じられる個所がありましたが、貴重な記録だと思います。
Posted by ブクログ
塀の中の事は中々知ることはできない。
長年興味があった。
この本は作者が矯正施設に精神科医として勤めていた時の経験談が書かれています。
作者個人の経験なので限られた範囲にとどまってしまうが、犯罪を犯してしまった人たちの心理がわかることができた。
作者がフィンランドの刑務所を見学に行ったときの言葉が印象に残る。
「私たちはよい受刑者をつくる事ではなく、よい市民を作ることを目標にしている」その言葉についての作者の感想が「日本の刑務所はよい受刑者を作ることに躍起になっていると言われたような気がした」とある。どちらが良い悪いは別にしてこの本を読むとそれを痛切に感じる。
私たちは自分に害を及ばす恐れがあるものを排除して隔離してしまえば、それでないことにしてしまいがちだ。
「諦めなければ夢はかなう」「努力は裏切らない」などの言葉をよく耳にする。だが、いくら努力しても成功できないこともある。一生懸命やっても報われないこともある。
この言葉を突き詰めていくと「出来ないのは努力がたりない」「夢がかなわなかったのは途中で諦めたから」という自己責任の思想にたどり着いてしまうのではないだろうか。
運不運や不確実性がつきまとうのが人生ではないだろうか。だとしたら失敗した人や、つまずいた人を一義的に非難することはできないと感じた。
Posted by ブクログ
支援に関する本なので難しいかなと思っていたが、けっこうするする読めた。
もとがエッセイなことを最後で知った。
罪か罪じゃないかの境界はとても難しい。だからといって、人を傷つけていいわけではないけれども。
本文にもあるが、実際そこまで遠い世界ではないはずなのに塀の外と中の世界が違いすぎる。その区分けをすることで、罪が減るわけではないのだな、と改めて思った。
Posted by ブクログ
大学生の時、福祉専門官として働きたいと思った事がある自分としては、非常に興味深い内容でした。著者の野村先生の書き振りに、受刑者・被収容者に対する誠実さや実直さがあらわれているようで、最後まですっと読むことができました。
Posted by ブクログ
少年少女から老人まで、さまざまな受刑者達と向き合ってきた精神科医が接した多くの事例を挙げ、日本における受刑者への精神医療を問いかける。淡々とした口調で書かれているが、非常に重い問題に最前線で接している医療従事者達の苦闘が伺える。
「刑務所が一種のセイフティーネットになっている」という言葉が重い。平穏に暮らしている人々からすれば「見たくない世界」であり、出所してからの社会の受け入れはさらに難しい。認知症を発症している例では刑務所が「矯正施設」とはなり得ずさらに症状が進行する。それが分かっていても、なす術がない。
読み進めるのが重苦しい本だが、自分の周囲で起こり得ない話ではなく、知っておくべき話だと思って読んだ。
Posted by ブクログ
社会から隔離された場所で過ごした後、もう一度社会で暮らさなければならない。元々、居場所が無いような人達が、さらに追い詰められるようなら構造になってしまっているのだろうか。
また、精神病患者が現れたのはここ最近の出来事では無いというのは、興味深かった。確かに、知能などが劣っている人や、落ち着きがない人は昔からいたはずであり、彼らはどのようにして生きたのだろうか。気難しい人というイメージは持たれていただろうが、それでも、現代よりは気にかける人が多分、居たのだろうな。
精神病患者と名付ける事で、より患者は増えただろうが、一方で、彼らを気にかける人は減ったのだろう。このドアの向こうに住んでいる人は、どんな方だろうかと、私自身は考えることすらしない。こういう部分がある事を思うと、繋がりって何だろうと思ってしまう。
Posted by ブクログ
刑務所で臨床医として勤めた経験のある筆者が体感し、考えた罪と罰、そして精神医療の在り方について書かれた一冊。
この本には、正解も不正解もなく答えはなにもない。
結論もないし、筆者の一貫した意志や考えがあるわけでもない。
だけど、平坦や冷淡ではなく
自己の主観に縛られることなくフラットな視点で事実が綴られている感覚がある。
少年犯罪からの更生の余地
少年犯罪を取り巻く環境
高齢者、特に認知症を患う高齢受刑者の取り扱い
フィンランドの刑務所
「刑務所」というものへの根本的な価値観
決してどれも答えがない。
けれど、この答えのない問を考えることに価値がある。
そう感じさせてくれる一冊。
Posted by ブクログ
超高齢社会、認知症患者が増加するにあたりどのように罰するのかが課題なのだと思う。
神経症などを発症して法で罰せないときに、被害者はやるせないのではないだろうか。加害者が刑務所から出てきたところで、同じことが繰り返される。
Posted by ブクログ
少年院や刑務所で精神科医として被収容者の治療にあたってきた著者のエッセイ。発達障害、認知症、薬物依存、統合失調症、双極性障害などの精神疾患を抱えた被収容者は少なくない。医療と司法の間で、彼らをどのように治療して行ったらいいのか。現在問題視されている、児童虐待や薬物依存での犯罪、高齢犯罪者の増加などについても書かれている。いろいろなことが問題提起されていて、頭の中が飽和状態なので概略のみ。
Posted by ブクログ
読み進むのに何日かかかったけれど、興味深い本であった。うつ病の増加の背景には、少し気分が落ち込んで受信した人に簡単に抗うつ剤を出したり、クリニックの維持のためにはある程度の患者が必要という意見には目からウロコ。でも作者の先生がもう亡くなっているのを知り、残念に思う。
Posted by ブクログ
この前クリニックへ行ったとき、女医の言葉で分からない点があったけど、この本を読んで合点が行きました。
メンタルクリニックへの通院のハードルが下がり、通院患者の増加とともにメンタルクリニックが増え、その経営のため、うつ病の診断を出される人が増えた面もあるかも、てな記載を見つけたとき、俺と同じことを考えている精神科医もいるんだと苦笑い。
収監者に、精神疾患や発達障害を抱えていたり、虐待を受けていた少年少女や、認知症の高齢者が多かったみたいのもあったけど、著者がかかわっていた時期から20年はゆうに経っているから、今はもっとでしょうね。
Posted by ブクログ
いろんな職業の人種がいる中で、精神科に携わる人たちの意見や考え方というのは説得力があって的を得ているような気がする。
この本の著者もそんな人たちの一人。
様々な症状の患者と正面から向かい合った経験からか。
人付き合いがともかく億劫な自分には見習わなけれなならんよな。
Posted by ブクログ
知人から紹介を受けて読んだ。抑揚が効いた文章であり、慎重に記述されたのだと思う。精神科医のエッセイは他にも読んだことがあるが、その方と比べると伸びやかさを感じない。著者は既に亡くなられたと聞いたが、いろいろなことを思い、それをカタルシスなく、逝かれたのではないだろうか。
書評サイトに熱いコメントを拝見した。このエッセイに書かれていないことも含めて、著者の仕事を知る方によるものだと思う。ご冥福をお祈りする。
Posted by ブクログ
SL 2022.3.12-2022.3.14
落ち着いた筆致で、冷静な視点で描かれている。
加害者治療なので被害者支援に言及していないことにも自覚的な点が高評価。
少年少女たちの過酷な家庭環境には胸が痛む。自分には想像できないような現実がこんなにもあるということ。