祖父江孝男のレビュー一覧
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学問の位置づけ、歴史、扱う分野を説明したうえで、生業、言語、婚姻・家族、宗教・儀礼などについて取り上げる。一般向けであることを意識していることが伝わってくるほど、わかりやすく丁寧に説明されている。学生時代に読んでおきたかった。
・日本語は、南方系の言葉があったところへ、あとから大陸系の言葉が入り、混合してできあがった。南方系の言葉としてはオーストロネシア語、ドラヴィダ語(タミール語)が、大陸系の言葉として朝鮮語、ツングース語が候補としてあげられている。
・無文字社会では結婚適齢期の年齢差が男女で開いていて、適齢期の男性の人数が少ないことが多妻制の要因のひとつ。
・妻が夫の住居に移って住む夫方居住婚の社会が68%を占める。
・日本で夫方居住婚が始まったのは、鎌倉時代の武士のあいだにおいてであり、庶民の間で一般化したのは江戸時代の中期と推測される。
・母系制社会では、父親の財産は姉妹の息子(甥)に継承される。
・平行イトコとの婚姻は厳禁されているが、交叉イトコとの婚姻は優先されている場合が多い。父系制社会では母型交叉イトコ婚が多く、母系制社会では父型交叉イトコ婚が多い。
・東北地方に広く分布していたイタコと呼ばれる巫女は、視力を失った女性たちを救うための制度。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ文化人類学の範囲における研究成果が概説されている。文化人類学とは、という説明もあるが範囲が広すぎて、一つに定義しきれない感がある。文化人類学とは、ある人間の集団における思考や行動、社会構造など仕組みを解き明かそうとする分野、としてなんとなくは理解した気がする。
様々な研究が紹介されていて興味深い。
ポトラッチについてここにも出てくるのか。利他行動の裏側の心理として、「思いがけず利他」を読んだばかりだから驚いた。
中公新書「県民性」の人なのか。県民性についても風土などという簡単なもので述べることができるのかはわからないが、読んでみようと思う。 -
Posted by ブクログ
ほかの人のコメントに同じく、思っていた内容と違っていた。完全に文化人類学という学問の説明。柳田國男的なのを期待して読むとガッカリする。
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p.35
……この実験において、チンパンジーのかわりに……二人の人間であればどう……だろう?人間……には……言語がある。そのため前からいる者は新入りに事情を口で説明することができるので、二人はただちに協力してロープをひくことができる。
【疑問】どうして同一言語を操る人間同士という前提なのか。外国人同士とまではいわなくても、沖縄から出たことのない年寄りと青森からでたことのない年寄りで会話が成り立つとは思えない。設定が少し雑すぎる。
p.41
……日本語で「文化」というと、「教養」や「知性」の意味にとられやすい……ので、今西錦司氏などは、文化人類学的な意味での文化を「カルチュア」と片カナであらわすことを提案しているが、たしかによい方法と思われる。
【疑問】ただの逃げでは……。
p.207
……固有の宗教の存在していたところへ他の宗教が接触し、両者が融合されたという例は、他の民族のあいだではあまりないといってよいだろう。たとえばイスラム教の存在しているところへキリスト教が入ろうとすれば、両者のあいだには烈しい憎しみと闘争がおこり、……力の強い方が残って他は駆逐されてしまう。二つの宗教が仲よく妥協しあい混合融合しあうなどということは、あまり例のない日本の特殊だとみてよい……。
【疑問】イスラムもキリストも一神教で且つ出所は同じ。それに対して神道は宗教と呼べるかさえもあやふやで、仏教はさらに中国、朝鮮を経由する間に元の教義さえも可也変質して、ほとんど儒教化してしまっている。両者を同じ舞台にあげて論ずることにそもそも無理があるのでは。
p.220
……10世紀になると、弟はこのオトを二つつづけて「オト・オト」とよんで、「弟」としての名称が生まれた。他方……「イモ」をくっつけて、「イモ・オト」から、結局今日の「妹」という名称が生まれた……。
【疑問】オトヒトとイモヒトの転訛がそれぞれオトウト、イモウトであり、オトが二つとかイモにオトがついたとかいうのは誤り。どこからこんな変な説を引いてきたのか甚だ謎。 -
Posted by ブクログ
「文化人類学」という分野について包括的に紹介した本。その成立から研究動向の推移などをまとめている。その研究対象は文化の伝搬、経済活動の推移、衣服の意味、言語の構造、婚姻関係の分析、宗教の分類、民族性の類型化など多岐にわたっている。あまり文章のまとめ方がうまいとは感じられず、論点が分かりにくかった。一文が長くて、その中で話題も飛んでしまうため、焦点がぼやけてしまう傾向がある。事例が多いのは良いことだが、その事例を挙げて主張する要点がぼやけてしまっている。かっこを多用し、その中に長文補足事項を入れている。こうした書き方の傾向が著者の特質なのか、文化人類学という分野全般に見られるものなのか、文科系学問一般にみられるものなのかはよく分からない。全般的に研究の成果を網羅的に紹介することを主眼としているようだ。取り上げられる分野や対象について幅広く紹介されているが、どのように研究や考察が進められるものかについては記述が少ない。したがってこの分野での研究の面白さがあまり伝わってこないのが残念だ。