高橋大輔のレビュー一覧

  • 剱岳 線の記 平安時代の初登頂ミステリーに挑む

    Posted by ブクログ

    前人未到の剱岳に平安時代に登った人達がいる、という謎に歴史好きとしてはすぐに引き込まれた。著者が入念な資料による下調べをしつつ、何度も何度も実際に山に登るという行動力がすごい。5W1Hの仮説をたてつつ、それを随時修正しながら答えに辿り着くというアプローチも面白い。私は山や立山の地名に疎いので、本にも登場するNHKの番組を見ながら本を読むことで現地のイメージを膨らませる事ができてよかった。が、最後で明治時代と平安後期を開国の時代として共通の視点で見ているのはやや疑問かも。

    0
    2022年05月05日
  • 剱岳 線の記 平安時代の初登頂ミステリーに挑む

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    注!内容に触れています



    「剱岳に初登頂したのは誰か?」、「平安時代の初登頂ミステリーに挑む」って、そりゃいくらなんでも面白そすぎだろ!って読んだ本。

    ……だったんだけどー。
    なぁ~んか、イマイチ、エキサイティングじゃない(^^ゞ
    この本のハイライトって、絶対、第8章の著者が初登頂(というか、恐らく「開山」) ルートと推測する、立山川を遡行→「ハゲマンザイ(という場所)」から早月尾根に上がるルートを登った時の記録だと、(自分は)思うのだ。
    でも、それって、250ページくらいあるこの本で、25ページくらいしかない(^^;

    それ以外は、著者による「剱岳ファーストクライマーの謎」、つまり、
    「いつ:山頂に立ったのは何年か」
    「誰が:山頂に錫杖頭と鉄剣を置いたのは誰か」
    「どのように:どのように山頂を極めたのか」
    「どの:どのルートから山頂にたどり着いたのか」
    「どこに:山頂のどこに錫杖頭と鉄剣を置いたのか」
    「なぜ:なぜ山頂に立とうとしたのか」
    という推理について、資料をあたったり、人に聞いたり、劔に行ったりして繰り返すばかりなのだ。

    いや。そのことに興味はなくない。
    著者が様々な経緯を経て、その推理が変遷していくのも。
    だって、だからこの本を読み始めたんだもん。

    でもさー。それは、劔岳なのよ(^^ゞ。
    劔だからこそ、最初に登ったルートがどこか? それはどんなところなのか?というのはすごく興味がある。
    つまりだ。
    それと比べちゃったら、最初に山頂に立ったのが誰か?とか、錫杖頭と鉄剣をどこに置いたのか?等って、正直どーでもいいのよ。←身も蓋もない(^^;
    ぶっちゃけ言っちゃうなら、この本って、その山が劔じゃなかったら、エンタメ本としては出版されてなかったと思うの。
    どこかの1500メートルくらいの地味ぃ~な山だったとしたら、民俗学的な学術書的な出版のされ方をされていたように思うのだ。
    立山川から早月尾根へのルートを実際に登った時のことは、実際にテレビ番組になったらしいが、それも、やっぱりその山が劔だったからだと思うのだ。
    劔岳って、そのくらい魅力がある。


    第1章で、著者は現在の一番ポピュラールートである別山尾根から山頂を目指した時のことを描いている。
    その中に、“一難去ってまた一難。次は平蔵の頭が待っている(中略)登山者は山頂の手前まで迫りながら、その巨大な障害物を乗り越える試練を与えられる”とあるんだけど。
    「平蔵の頭(ずこ)」なんていう場所、全く記憶になかったのに、“山頂の手前まで迫りながら、その巨大な障害物を乗り越える”という文を読んでいたら、ふいにその時の記憶がまざまざと甦ってきたのだ。
    その時というのは連日の雨で。劔沢で2日間停滞した後のわずかな雨の止み間だったから。一服劔から先はほぼガスの中で、ほとんど視界はなかった。
    そんな中、急にガスの中に黒々と巨大な影が現れて、ちょっとドキッとした記憶があるのだが、あれがもしかしたら「平蔵の頭」だったのかもしれない。
    そんな風に、著者は情景の描写に優れているように思う。
    だからこそ、立山川から早月尾根の件も、もっと詳しく描いてほしかったなーと、そこはすごく残念(^^;

    ただ、最終の推測である、劔岳は実は古くは多くの人に登られていて。でも、加賀藩が山中での活動を制限、立山信仰の地を一本化したことで、立山川から早月尾根に至るルートは忘れ去られてしまった。
    その結果、室堂起点の信仰では劔岳は「登ってはならない山」→「登れない山」へと変わっていったという推測はすごく納得出来る。
    ただ、うがった見方をしちゃうと、著者って、本当に劔岳の昔のルート(著者の言うところの「初登頂ルート」)に別山尾根を想定していたのかなぁーって勘繰っちゃうのだ(^^ゞ
    もちろん別山尾根は立山三山に連なる尾根だから、立山三山に登るために知られていたとは思う。
    でも、今は地図があるから山々の位置を上空から俯瞰は出来るけど、昔はまずは下から見るしかなかったわけだ。
    下から見て、「あの山はどこから行ったら登りやすそうか?」「どこが一番近いか? 早く登れるか?」と考えたと思うのだ。
    だとしたら、普通に考えたら早月尾根…、だよねぇー(^^ゞ
    だって、修験道とかもからんでいるわけでしょ?
    なら、甲斐駒のルートが黒戸尾根だったように。劔だって、そういう風に山頂を目がけてダイレクトに上がっていく尾根、つまり早月尾根こそがルートだったように思うんだけどなぁー。
    そう考えると、何度も出てくる“剱岳ファーストクライムの5W1H”を推考するための「別山尾根仮説」って気がしちゃって。
    すごく嫌な言い方になっちゃうけど、それって本の構成上、後半を盛り上げるための仮説だったんじゃない?なんて思っちゃうのだ(^^ゞ


    ……と、まあ、自分の期待した内容でなかったため、文句ばかり書いてしまったが(^^ゞ
    つくづく思うのは、著者はこれ、すごく楽しかっただろうなーということだ。
    帯の満足気な笑みを見ていると、「へっへっへー。悔しかったらお前も行ってみな」と言われているようで、すんごぉ~くシャクにさわる(爆)

    0
    2022年04月06日
  • 剱岳 線の記 平安時代の初登頂ミステリーに挑む

    Posted by ブクログ

    冒険家の高橋大輔が剣岳のファーストクライマーの真相に迫る。TV番組もあったんだね。映画は見たけど、点の記も読んでみないと。

    0
    2021年01月30日
  • 剱岳 線の記 平安時代の初登頂ミステリーに挑む

    Posted by ブクログ

    劔岳の最初の登頂者は、平安時代らしいことがわかっている。その後は明治になってようやく盗聴されてその時奉納されたものが見つかった、それを周辺の地名や聴き込み、分ションの点検で解き明かしていく著者のパターン。

    0
    2020年12月25日
  • 剱岳 線の記 平安時代の初登頂ミステリーに挑む

    Posted by ブクログ

    新田次郎「劔岳 点の記」で有名なエピソード。山頂に錫杖頭と鉄剣を残した者を探る意欲作。

    明治40年測量点設置のため劔岳に¨初¨登頂した陸軍測量部の一行。彼らは山頂で古代の仏具を発見する。はるか昔、垂直に切り立った岩場を登頂した人物がいた。これが「劔岳 点の記」のあらすじ。
    本書はその人物、時代、どの経路をたどったかを探るもの。わずかばかりの事実、点を重ねた線を結んでいく。

    結論に至る過程が延々と展開されるためちょっと冗長。仏具が見つかった岩室を見つけるのが遅すぎる感あり。

    もちろん、新田次郎を読んでから本書を読んだ方がいい。

    0
    2020年11月23日