森山徹のレビュー一覧
-
- カート
-
試し読み
-
Posted by ブクログ
いきなりネタバレすると、ダンゴムシには心がある。石にも心がある。
こういう見方をすると万物に慈しみを持てる。
著者は生物の行動実験をする時には、生物ととことん付き合い、なるべく生物本来の行動ができるように、実験者が自然を提供しなければならないと言う。
著者の定義によると、心は隠れた活動部位だという。生物は自然界から受ける多くの刺激に対してさまざまな行動を発現する可能性があるが、その中から適切な一つの行動を選び取っている。著者の言う「内なるわたくし」=「心」が他の行動を抑制する事で、通常の行動が発現するのだそうだ。
人でも、心がまだ充分に育まれていな -
Posted by ブクログ
京大の某教授が勧めていたので。
面白い試みだなー、と単純に思う。
しかしながら、
こういった研究をしていない平々凡々な一般読者の視点からすると、
手放しに面白いとは言いづらい。
ある研究者が面白いと言った=一般読者が楽しめるエンターテイメント性がある、
ではないと言う事。
という点さえ受け入れれば、
地味ながら興味深い研究だと一般読者にも感じられると思う。
生物的本能に従って単純な行動をしているだけに見えるダンゴムシにも、
突き詰めると個性が見え、我々人間はそこに心を見出してしまう。
その辺の地面に蠢いているダンゴムシの行動にも奥深さが見えるようになるのだ。
人間が自分が持っていると信じ -
Posted by ブクログ
大変興味深い題名の本である。本書の冒頭で著者はまず、「心」という言葉が使われる慣用表現や自身の体験をもとに、「心」とは何かを定義する。そしてその定義に基づいて、ダンゴムシを対象に様々な実験を行い、結論として、ダンゴムシ、或いは石のような無機物にすら「心」はあると主張する。
面白く読めはしたのだが、納得はできなかった。著者は心の実体を「隠れた活動部位」と考える。私たちはある行動をとるとき、同時にその妨げになる活動を抑制している。例えば、大切な誰かに贈り物を手渡すとき、たまたま背中がむず痒かったとしても、背中を掻くという行動は通常発現しない。贈り物を渡すという目的を損ないかねないため、意識的に -
Posted by ブクログ
比較認知科学、動物行動学の専門家が、大脳を持たない動物にも心はあるとの仮説のもと、ダンゴムシに対する様々な実験によりそれを検証したものである。
まず著者は、「心」という漠然としたものを「日常的な心の概念」と「非日常的な心の概念」の二つに分け、後者を、科学の現場で一般に説明される「人間の記憶・思考・判断といった認知的活動、及び喜怒哀楽といった感情を司る部位、すなわち脳の中のその部位」を指すとし、前者を、本書で対象とする「心」の概念としている。そして、それを以下のように説明している。
◆我々は、ある行動をとっているとき、その行動とは直接結びつかない様々な思考、感情等を同時に抱きつつも、それらの発現 -
Posted by ブクログ
様々な行動実験を通して、ダンゴムシにも「心」があることを証明していく過程に、子供のようにドキドキワクワクしながら読みました。
心とは何か。ストンと腑に落ちた個所を紹介します。
「つまり、『未知の状況』における『予想外の行動の発現』こそが、隠れた活動部位としての『心の働きの現前』なのです」(P47)
これだけでは分かりにくいかもしれません。たとえば、街でばったり旧友と会って突然大泣きしてしまう。しかもなぜ大泣きしたのか原因が分からない。これは、普通はセーブされている行動が、未知の状況で抑制を解かれ、発現する機会を得たということ。つまり「心が現前」したということ。なるほどと膝を打ちました。