山﨑裕侍のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
20年以上の長期に渡って書かれたルポタージュなので読みながらちょっと時系列が混乱する。章ごとに別の本だと思って読みました。
大事なことは全部第10章に書いてあるんだけど、この章が腹落ちするには、第9章までを読む必要があるのかも。
"償い"って辞書でひくと"埋め合わせること"とでるけど、殺人なんか埋め合わせようがないじゃんね、と思うわけです。
一方で、罪を犯し"償い"きれなくても、"更生"できるように拘禁刑の導入で国が司法や社会を変えようとしていることには希望を感じるわけです。
罪を裁くこと、刑を科すこと、赦しを与えること、いずれも、それが正しいかどうかなんて当事者でもわからないのに、私がわかるわけがないんですけど。
私にわかるのは、更生保護のPRに法務省がラヴ上等とコラボしたのは悪手だったことくらいですね。 -
Posted by ブクログ
有明高原寮で半年間を過ごした 浅草の三社祭は江戸の三代祭りの一つで 今回の裁判では弁護士費用を捻出出来ず国選弁護士がついた 歪んだ贖罪意識と拘禁反応だと思います 江東区若洲の遺体遺棄現場に立つ 求刑より判決を軽くさせる為の常套理由だ まるで控訴をしないのが前提の話ぶりだ 『報道ステーション』という全国放送の華やかな舞台から故郷の地方局へ 再犯事件で八潮市の一軒家を追われた母親は Bは異母弟妹に手を上げる事も有ったと言う 少年には可塑性が有ると言います 魚藍とは魚を入れる籠の事だ 身体の枢要部で有る後頚部を突き刺す等しており 再犯によってCの近影が烙印のようにインターネット上に深く刻まれた 海綿状血管腫とは流れの遅い海綿状に膨らんだ血管の塊が 排除では無く包摂を 受刑者の遵法精神を養い 雨に阻まれ登れなかったトムラウシ山だ 抑止効果と言うより社会の応報感情の方が強いからではないでしょうか
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Posted by ブクログ
内容が重く、読むのにエネルギーを要した本でもあるが、私たちの社会、少年の更生とは何かを知る事が出来た渾身の作品だった。
栃木県上三川町の民家で資産家の女性が事件の為に亡くなったがこれも犯人は16歳であった。
もう35年も前になる綾瀬事件も同じ16歳前後の犯行。
一人のボスがいて、その指示に背くと自分が被害にあうヒエラルキー、何か似たところがあるように感じた。
事件、殺人を起こした犯人は当然の事ながら断罪されるべきだ。
一方で非行少年の場合、親子関係がうまくいっていない、社会から孤立している事が多々ある。貧困家庭を救う、暴力を振るう両親から子供を守る、社会でケアしてゆくシステムが必要なのではないか。
このような事件を根絶する事は難しいが不幸な事件を少しでも減らしてゆく事が出来ないか。
刑務所も懲罰を与える場ではなく、社会復帰に向けた更生の機会を与える場でなければならない、さもなければ満期出所した後、また犯罪を犯し刑務所に戻ってくる事となる、これは社会全体にとって大きなマイナスではないか。
神戸連続児童殺傷事件で長女を亡くした山下京子さんの言葉が心に響いた。
罪を罪と自覚し、心の底からわき出る悔根と謝罪の思いがいっぱいにつまった、微塵のよどみもない澄み切った涙を、亡くなった二人の霊前で、苦しんだ被害者の方々の前で流すことこそ、本当の更生と信じます。 -
Posted by ブクログ
昭和64年に起きた「綾瀬女子高校生コンクリート詰め殺人事件」について、令和の時代になってもこうして新刊が出る。
Wikipedia等で何度も事件の概要を目にしてきたが、35年もの月日が経っても風化しない凄惨さに改めて慄かされる。
こうして書籍としてまとまったものを読むのは初めてだけれど、6人の加害少年たちのその後を知ってなんとも言えない気持ちになった。
加害者家族の苦悩が詳細に綴られていて、特にその側面から更生について考えさせられる。
「でも刑期が終わったあとが、本当の懲役なんですよ。世の中は受け入れてくれない。」という加害者家族の言葉が忘れられない。
服役後、加害者に"償い"の姿勢が見られるのか否かはもちろん、仮にそうなったとして社会が受け入れるのかはまた別の問題なのだと、更生の難しさを感じた。
昨年から新たに導入された〈拘禁刑〉がどのような変化をもたらし再犯防止につながるのか、社会の一員として注意深く見守っていきたい。