元永拓郎のレビュー一覧

  • 歩くと心が軽くなるのはなぜか ――散歩の心理学

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    よく食後に近くの公園を散歩している。
    その時は、風が気持ちいいとか、新緑が目に眩しいとか、自然から受け取る感覚的なものが多いような気がする。
    「私」を形作る世界と私とのあわいとか、あまり難しく考えたことはなかったが、そう言われると、歩くことで何か考えがまとまったり、何かいいことを思いついたりすることがある。
    散歩することで、自分との対話が出来て、ちょっとでも成長できたら嬉しい。

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    2026年06月12日
  • 歩くと心が軽くなるのはなぜか ――散歩の心理学

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    約1年前から、早朝の散歩を日課としている。
    始めたきっかけは忘れたが、傘がいるほどの降雨だったり長ぐつが必要なほど積雪がある日以外は、今日まで続いている。ふしぎと、嫌だと思うことがない。
    ラジオや音声配信コンテンツをお供にしているが、話題によっては自分の考えが湧いて、それを深く考える方に意識が向き、また我に返って聴くことに集中する、というゆらぎが、たった30分ほどの散歩の途中で何度も起こる。
    帰るころには、何も解決してないけど、すべてが何処かに収まったような気持ちすら感じる。
    また、季節の移り変わりが、視覚からはもちろん嗅覚や温度感からも体に染み入って、今日という日が今までより愛おしく、大切に

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    2026年06月06日
  • 歩くと心が軽くなるのはなぜか ――散歩の心理学

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    頑張り続けないといけないことはわかっているけど頑張れない時がある。散歩する。自分の生、生きている感覚を取り戻す時間。
    じっとしていると気になったことが出てきたらそこに注意が固定されてしまう。リズミカルな歩きがあるとそちらに注意が分散されていまここでの感覚にぼーっと何となく寄り添うことができたりもする。注意のオンとオフが左右のリズムと共に交代している感じ。オンとオフの間を体験する営み。外もうちの間のもやもや、あわいを感じながら歩くこと。

    哲学の道。歩く中で自分の外と内が一体化する。その過程で自分もよりはっきりとしてくる。西田幾太郎。

    散歩は世界と私の境界を揺らぎながら歩み、そこに横たわる芳醇

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    2026年05月25日
  • 歩くと心が軽くなるのはなぜか ――散歩の心理学

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    あわいって散歩で日常から少し離れることなのだろうか。自分が人生行き詰まってたとき、部屋にいることができず、街中を徘徊していたのは、危機にある時、体や頭が回避を求めていたからなのだろうか。

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    2026年05月17日
  • 歩くと心が軽くなるのはなぜか ――散歩の心理学

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    良きタイトル本。

    散歩という行為?を臨床心理の観点から考えていく、という内容。

    でも、具体例が受験勉強に追い込まれている学生さんが多いので、勉強に疲れている人が読んでみるのもイイかもしれない。

    ウォーキングは、歩くことそのものを目的としているけれど、散歩はそういう、目的そのものがぼんやりとしている感じがする。

    心の余白を意識する行為と言えるかもしれない。

    何にもしない時間、無為に過ごすことに罪悪感を感じがちだけど、散歩、というワードは、そんな自分をも軽くしてくれるような気がする。

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    2026年05月24日