【感想・ネタバレ】歩くと心が軽くなるのはなぜか ――散歩の心理学のレビュー

あらすじ

受験生から哲学者まで。
頭を使う人ほど、歩いてる。

散歩とは、心の世界を耕しながら、世界と私のあいだにある微妙な“間(あわい)”を感じさせる営みです。公認心理師・臨床心理士という立場で、“心の回復”の場面に身を置いてきた著者は、さまざまな心の支援の局面において、散歩の要素が関係していることに気がつきます。散歩と心の関係をひもとく、稀有な一冊。

この本は、散歩に関心のある皆さんに、その豊かな人間回復の世界を見出していただければという願いのもとに書かれた本でもあります。いろんな時空を散歩するような気軽な気持ちで、読んでいただけると幸いです。

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【目次】
第1章 散歩という営み
第2章 散歩は時空を超える
第3章 散歩は交配する
第4章 散歩は世界と私を接続する
第5章 散歩は世界と私のあわいにある
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感情タグBEST3

Posted by ブクログ

よく食後に近くの公園を散歩している。
その時は、風が気持ちいいとか、新緑が目に眩しいとか、自然から受け取る感覚的なものが多いような気がする。
「私」を形作る世界と私とのあわいとか、あまり難しく考えたことはなかったが、そう言われると、歩くことで何か考えがまとまったり、何かいいことを思いついたりすることがある。
散歩することで、自分との対話が出来て、ちょっとでも成長できたら嬉しい。

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2026年06月12日

Posted by ブクログ

約1年前から、早朝の散歩を日課としている。
始めたきっかけは忘れたが、傘がいるほどの降雨だったり長ぐつが必要なほど積雪がある日以外は、今日まで続いている。ふしぎと、嫌だと思うことがない。
ラジオや音声配信コンテンツをお供にしているが、話題によっては自分の考えが湧いて、それを深く考える方に意識が向き、また我に返って聴くことに集中する、というゆらぎが、たった30分ほどの散歩の途中で何度も起こる。
帰るころには、何も解決してないけど、すべてが何処かに収まったような気持ちすら感じる。
また、季節の移り変わりが、視覚からはもちろん嗅覚や温度感からも体に染み入って、今日という日が今までより愛おしく、大切に思える。
すべてをとおして、私という存在と、以前より仲良くなれている気がしている。
だから、早起きするのも、嫌だと思うこともないのかなと思っている。

心に不調を感じるときは、是非短時間でもいいから散歩をしてほしい。
通勤中歩くときも、これは散歩だと思うと、少し気分は変わる。


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2026年06月06日

Posted by ブクログ

頑張り続けないといけないことはわかっているけど頑張れない時がある。散歩する。自分の生、生きている感覚を取り戻す時間。
じっとしていると気になったことが出てきたらそこに注意が固定されてしまう。リズミカルな歩きがあるとそちらに注意が分散されていまここでの感覚にぼーっと何となく寄り添うことができたりもする。注意のオンとオフが左右のリズムと共に交代している感じ。オンとオフの間を体験する営み。外もうちの間のもやもや、あわいを感じながら歩くこと。

哲学の道。歩く中で自分の外と内が一体化する。その過程で自分もよりはっきりとしてくる。西田幾太郎。

散歩は世界と私の境界を揺らぎながら歩み、そこに横たわる芳醇な質量を味わう人間関係の営みにもなりうる。

夏目漱石の道草。英文学を大学で教え、小説を執筆する私のやりたい人生の歩みを邪魔する家族親戚のしがらみや自分の過去の苦い思い出を道草として文章にした。今の自分のも道草か?その道草、ゆらぎに心が動く。
歩くことはそのリズム感覚を手がかりに間にある混乱に手綱をつけ世界との関係を穏やかに回復させる営みと言っても良いのでは。

この世界と私のテンポのズレは必ず起きる。それを感じられる感性がある。そのあわいを認めて自分のペースで散歩してほしい。あわいやどっちつかずな中途半端な境界にいて、世界と私の間を行ったり来たりするのが意義深い。夏目漱石の道草。

効率的で無駄をしないのが大事という現代教育が私たちに強烈に植え付けたメッセージ。それは受け入れるしかないのか。そういう世界もあるということで。でも、息が詰まるよ。その二つの世界を行ったり来たりする。

主体的であるためには主体的であろうとする力みからまず離れて流れに身を任せて動く、そのような体験が大事になる場合もある。散歩のように世界と私のテンポのズレを調律する営み。散歩して自分の中のリズム感覚を活性化する。

情報過剰な社会の中で生きることは受け入れた上で、自分の心や身体にどのように余白をつくり夢見るような時間空間を確保し、情報過剰なせかいとそこから離れた私のあいだを行ったり来たりする。その間の、振り子の質量を味わう感覚が重要と思います。どちらの世界にも足をおいて、その境界を歩んでいく。人類誕生以来の本質的な営み。

余裕と余白を奪われない。そのどちらの世界も感じながら生きる。気分転換。道草。

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2026年05月25日

Posted by ブクログ

あわいって散歩で日常から少し離れることなのだろうか。自分が人生行き詰まってたとき、部屋にいることができず、街中を徘徊していたのは、危機にある時、体や頭が回避を求めていたからなのだろうか。

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2026年05月17日

Posted by ブクログ

良きタイトル本。

散歩という行為?を臨床心理の観点から考えていく、という内容。

でも、具体例が受験勉強に追い込まれている学生さんが多いので、勉強に疲れている人が読んでみるのもイイかもしれない。

ウォーキングは、歩くことそのものを目的としているけれど、散歩はそういう、目的そのものがぼんやりとしている感じがする。

心の余白を意識する行為と言えるかもしれない。

何にもしない時間、無為に過ごすことに罪悪感を感じがちだけど、散歩、というワードは、そんな自分をも軽くしてくれるような気がする。

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2026年05月24日

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